フジテレビへの抗議デモは、単なる「韓流偏重」というより、東電原発偏重体質への反感かも知れない。 | popo♪のブログ

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孔子も孫子も「治世救民」を天命として我欲のカケラもなかったそうです。「季布の一諾」が座右の銘として、孔子、孫子、老子、司馬懿に学んでいます。
ささやかながら幸運をお分けします。

韓流には余り興味がないので、当初は、スルーしようかと思った。

が、タレントがデモを非難したというので、たけし、岡村の両タレントのコメを見てみた。


TVタレントの立場を、視聴者側かTV局側かで分けるとすれば、TV局側の人種だろう。

TV局とタレントは、出演料でつながっている。

なので、タレントが、TV局を擁護するのは、なりゆきだろう。

原発で言えば、原発マネーをもらう御用学者の立場に似ている。


そのタレントの意見は、当然のことながらTV局擁護に傾いているはず。

なので、結論は読まなくても見えている。


が、今なお、抗議デモが衰えていないらしい。

なのでちょっとだけ、突っついてみた。

どうも、傲慢さが見えるとつい、突っつきたくなる悪い癖がある。

ついつい長くなってしまった。。。反省。


<たけし発言の欠陥>

 この人は、寄らば大樹の陰で、TV局を非難することはないだろうと思っていた。
 案の定、その通りだった。

「イヤなら見なけりゃいい」と言ったらしい。


この言葉は、ずいぶんと使い古された常套文句だが、ただのヤジや捨て台詞の類。
批判は、論理的でなければならないことからすると、そこまでのレベルではない。

したがって、これを批判する価値はない。


ただ、この発言には、致命的な欠陥がある。

それは、いつも言うごちゃ混ぜ論(?)。

一般の商品とTV番組を混同している点にある。


一般の商品の場合、製造から消費者の手に渡るまで、国からの特別扱いはない。

これに対し、TV局は、国からの特権をあたえられることが前提で商売が始まる。


電波は、その利用数が限られ、誰でもが、使えるわけではない。

つまり、自由競争の原理が働かない。

その結果、膨大な利益と情報操作ができる構造になっている。

# これって結構、危ないシステムなんです。


これを抑えるために、倫理的な「縛り」と法的な「縛り」とがある。

何でもかんでも、勝手に放送することはできるわけではない。


放送法の第一条二号には、原則が書いてある。

「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること。」


分かりやすくいうと、「偏った放送をしてはいけない」「事実をちゃんと国民に伝えなければならない」ということである。


フジTVに限って言えば、東電偏重の原発報道についても、疑問符がつく。

「儲かるから放送していい」というのは、放送法の趣旨に反することになる。


ちなみに電波の使用料は、1社平均年間3,900万円程度。

その売り上げは、その600倍だという。

(news-postsevenより。http://www.news-postseven.com/archives/20110810_28033.html


つまりは、東電と同じく、ぼろ儲けのシステムがここにもある。


そういう意味でも、つまり、国民に真実をありのままに伝えることの見返りに、国(=国民)から特権を与えられている商売である。


「イヤなら見なけりゃいい」という発言は、、大間違いということになる。


<岡村発言の欠陥>

 この人は、Twitter が分かっていない。

必要があってツイットする人もいれば、そうでない人もいる。

それがTwitter。実に多種多様で、創造をはるかに超える世界はどこにでもある。

「私の視野はこんなに狭いんです」と自白しているようなものだろう。


そもそも、Twitter は表現方法の1つ。

必要がなければ使わせないという、上から目線の感覚は、霞ヶ関的な思考だろう。


憲法の保障する「表現の自由」についても同じ感覚だろうと思われる。

「そんなことをネットで表現する必要があるのか」とか言いそうである。


ナイナイのせこいネタも、「表現の自由」で守られているから、受けなくても出せる。

それに気がついていないんだろうね。