震災当初、日本中の人たちの心境が一変したらしい。自分も含めて。
芸能人も多くが、被災地に出かけ、ボランティア活動に励んでいる記事も少なくなかった。
ところが、1ヶ月が経ち、2ヶ月が経ちと時が進んでいくにつれて、ボランティアに傲慢さが見られる気がする。
震災当初から、そういう意見もあるにはあったが。
例えば、被災地に送られてくる衣類。
その中には、着古したもの、虫食いのものがあったらしい。
「善意だとは思うが、売るにも売れない。正直、腹が立つ」
リーダーボランティアのコメント。
この発言は、一見、正当な考えのようにも聞こえる。
が、おかしい。
善意に上下はないはず。
中にはね要らないからと送った人もいるかもしれない。
しかし、世の中は広い。
着古した衣類や虫食いの衣類で生活している人たちもいる。
そういう人たちが、純粋に支援の品として送っていたとしたら、とても悲しい話になるだろう。
きっと、このリーダーは、恵まれた生活をしている人なのだろう。
そして、善意の意味を履き違えているのだろう。
芸能人の中にも、ボランティア活動を自負している人が結構いるらしい。
当初は、被災者の役に立ちたいという純粋な想いがあったかもしれない。
が、時が経つにつれて傲慢さが出ている人もいる。
自分も、タレントSの主催する子供中心の何とかフェスティバルに参加しようと資金集めの準備を進めたこともあった。
震災当初は、被災地の子供たちへの心配を熱く語り、現地に出かける。
彼のその行動にも強く惹かれた。
が、途中で少しズレがでてきた感があり、「ん?」と思うことがあったので、保留しておいた。
TVで見る顔も自負があるのか微妙に変化がみられた。
慈善活動を評されると「何もしない人に言われたくない」と毒づく。
被災者の言動が、わがままだとして文句を垂れる。
何とか基金というのができたらしく、お金が集まり始めたのだろう。
このまま行けば、ぼったくりと言われる○○財団法人の路線を進むのだろう。
人は、お金が集まると心変わりするという先人の戒めを思い出した。
今は、参加を見合わせて正解だったような気がする。
被害の程度も被災者によって違う。
「被災者。甘えるな」
その一言で、初心が失われ、上から目線の傲慢さが出ていることが分かる。
この人たちは、真のボランティア活動というものを理解していないのだろう。
ボランティア活動の基本は、自分のためにやる活動であるといわれる。
動機は、人情、打算。何でもいい。
ただ、「人のためにやってあげる」という意識は、ボランティア精神とは程遠いことを知らなければならない。
これに対し、杉さまのボランティアは、年季が入っている。
「自分がやりたいからとことんやる」「言いたい人には言わせておく」と徹底している。
これには脱帽するしかない。