長崎市長が、原爆の平和式典で脱原発宣言をしたという。時代の流れを弁えた表明だったんだねぇ。 | popo♪のブログ

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孔子も孫子も「治世救民」を天命として我欲のカケラもなかったそうです。「季布の一諾」が座右の銘として、孔子、孫子、老子、司馬懿に学んでいます。
ささやかながら幸運をお分けします。

長崎市長の脱原発宣言。


時の流れというか、自然の流れのような気がする。

逆に言うと、この人は、流れを弁えた人なんだろうね。


もちろん、流れに逆らう人たち-推進派-もいる。


これを非難する意見をいくつか読んでみた。


が。

どれも論理的に破綻している。

なので、取り上げて論評するには値しないものだった。


こういう類の人たちは、国が破綻しようが、人格が破綻しようが、原発推進を言い続けるんだろうね。



『長崎市長 平和宣言で“脱原発”呼び掛け

長崎は9日、被爆から66年の原爆の日を迎えた。

長崎市松山町の平和公園で市主催の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が営まれ、田上富久市長は平和宣言で「原子力にかわる再生可能エネルギーの開発を進めることが必要」と述べ、将来的に原発のない社会を目指すことを呼び掛けた。

核兵器の非人道性も強調し、原発の是非に触れなかった広島市の平和宣言よりも大きく踏み込んだ。 ・・・・・・・・・』(スポニチ)