裁判員制度は、最高裁の職務放棄-おさぼり-というのがホンネらしい。
裁判員制度に詳しいB君によると。
『裁判官の意識が、一般常識からズレているから、国民に参加させれば、文句はないだろうとね。
「文句言うなら自分でやってみろ」と露骨に開き直ったんだね。
このことは、最高裁が、法律のプロとしての誇りを捨てたと評価できるんだよ。
そもそも日本人は、人様を裁くという私刑的な意識を持ち合わせていない。いずれ行き詰るに決まっている。
そんなことさえも気づかずに裁判員制度を始めるところが、いかにも最高裁も霞ヶ関の一員だったんだね。
たしかに、裁判所の数も、裁判官の数も不足している。とにかく忙しいんだよ。裁判官は。手を抜かざるを得ないのも分かるけどね。
しかし、それでは、個人の尊厳もへったくれもないことになるよね。』
なるほど。その話は、前にも聞いたことがある。書いた?かも。
そんなに、裁判官の数が足りないなら、東電につぎ込む資金を、最高裁に回して、裁判所と裁判官を増やすといいかも知れない。
『2011年5月17日 20:44 (J-CASTニュース)
3年目迎える裁判員制度 「辞退者53%」は多いか 2009年5月21日にはじまった裁判員制度が2011年で3年目を迎える。だが、今年1月までの裁判員裁判の実施状況では、候補者のうち53%が辞退を認められていた。さらには、裁判員として刑事裁判に参加したくないという人が1年目よりも増えている。
「今年1月までの裁判員裁判の実施状況についての速報版によると、裁判員候補に選定されているにもかかわらず、辞退を認められた人の割合が53.4%であり、過半数を超えている」
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裁判員裁判で初の死刑求刑が出た時(2010年10月)、掲示板サイト「gooニュース畑」に寄せられた意見は、制度を「支持しない」が51%、「支持する」が40%、「その他」は9%だった。
「支持しない」という意見には「一般市民は『有罪』か『無罪』かを判断し、量刑はプロの裁判官が判断すべき」「広く、色々な人の意見を取り入れるという観点では賛成だが、裁判員に選ばれた人の精神的負担が大きい」「素人が司法判断をしなければならないのかが全く理解できない」。
反対に、「支持する」という意見には「市民感情に近い判決が出ることに期待」「裁判官というのは法律のプロではあっても一般市民の価値観や考え方からは少しズレていることが多々あるから」などとなっている。』(msn news)
http://topics.jp.msn.com/wadai/j-cast/article.aspx?articleid=585104