津波の中、宮城県南三陸町の町役場で避難を呼びかけた大和撫子は、遠藤未季さん(25)だった。 | popo♪のブログ

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孔子も孫子も「治世救民」を天命として我欲のカケラもなかったそうです。「季布の一諾」が座右の銘として、孔子、孫子、老子、司馬懿に学んでいます。
ささやかながら幸運をお分けします。

いつだったか。津波の映像が流れる中、避難勧告の防災無線の女性の声が流れていた。

てっきり、緊急時に自動的に流れる録音テープだと思っていた。


D君から借りたDVDを見たところ、それが生の声で、津波が押し寄せる中、呼びかけ続けている。

途中で、声がしなくなった。

瞬時に、その時の映像が頭に浮かぶ。

もちろん想像でしかないが。。。

いまも、彼女は行方不明という。


が、しかし、自分の職責を全うし、天命を全うし、多くの人々の命を救った大和撫子。

多くの人にとって生涯忘れられない存在となったことは間違いないだろう。

すくなくとも、自分の中ではそういえる。


安否の分からない今、ご両親、そして婚約者の方の想いは、想像を遥かに超えるだろう。


ただ、生死をさまよった知人の話を思い出した。

「『お前には、まだやることがある』と帰された」という。


今度だけは、その話を信じたい。


『東日本大震災:「早く逃げて」命かけた防災無線…南三陸 毎日JP
・・・ 「早く逃げてください」--。・・・多くの町職員や警察官、消防職員が行方不明となったが、その中に津波に襲われるまで防災無線放送で住民に避難を呼びかけた女性職員がいた。

 「娘は最後まで声を振り絞ったと思う」。同町の遠藤美恵子さん(53)は、避難先の県志津川高校で涙を浮かべた。娘の未希(みき)さん(25)は町危機管理課職員。地震後も役場別館の防災対策庁舎(3階建て)に残り、無線放送を続けた。

 難を逃れた町職員(33)によると、地震から約30分後、高さ10メートル以上の津波が町役場を襲った。助かったのは10人。庁舎屋上の無線用鉄塔にしがみついていた。その中に未希さんはいなかった。

・・・ 高台から見下ろす街は濁流にのみ込まれていた。』 2011.3.13 毎日新聞