もし訴訟がなかったら、記事はそのままで謝罪なしってこと? | popo♪のブログ

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孔子も孫子も「治世救民」を天命として我欲のカケラもなかったそうです。「季布の一諾」が座右の銘として、孔子、孫子、老子、司馬懿に学んでいます。
ささやかながら幸運をお分けします。

 最近は、ジャーナリズム精神がほとんど崩れてしまっているような気がする。
『「週刊現代」、今田耕司さんに550万円支払い和解 「性行為強要」の記事で誤り認める 2009.11.13 17:32 このニュースのトピックス:メディア倫理- 週刊現代が「女性に性行為を強要した」と報じたことにより名誉を傷付けられたとして、タレントの今田耕司さん(43)らが発行元の講談社に計5500万円の損害賠償と謝罪広告の掲載を求め、東京地裁に提訴していた訴訟で、講談社側が記事の誤りを認めて謝罪広告を掲載し、今田さん側に550万円を支払ったことで和解が成立。・・・今田さんは自ら出廷し「記事は事実無根」などと反論していた。同社側は「事実関係が確認できなかった」として記事の誤りを認め、同誌の今年11月7日号で謝罪広告を掲載、今月6日に賠償金を支払った。』(産経news)
 記事に載せたあとに「事実関係が確認できなかった」とはどういうことだろう。事実関係の確認は、記事にする前にやるべきことではないのだろうか。週刊誌は、週一ペースのあわただしい取材と編集に押され、検証するための時間的余裕がないようにも思えるが、それなら正面から堂々と、「この記事については、事実関係の確認はやっておりません」とか但し書きを添えるが正道のような気がする。真っ当な記者なら、新聞、雑誌を問わず、せめて自分の書いた記事には責任を持って欲しいと思う。でなければ、徹底しておチャラけるとか。。。