報道の自由はいい。が、空気読まなきゃいけないときも。。。 | popo♪のブログ

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孔子も孫子も「治世救民」を天命として我欲のカケラもなかったそうです。「季布の一諾」が座右の銘として、孔子、孫子、老子、司馬懿に学んでいます。
ささやかながら幸運をお分けします。

 大相撲は嫌いではない。が、実のところ、八百長かどうかは、あまり関心がない。

 『週刊現代「八百長」報道、相撲協会側が勝訴-11月9日15時22分配信 読売新聞- 大相撲で八百長が行われたかのような週刊現代の記事で名誉を傷つけられたとして、日本相撲協会の北の湖前理事長と同協会が、発行元の講談社と記事を執筆したフリージャーナリストの武田頼政氏らに計1億1000万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決が9日、東京地裁であった。・・・』(YahooNews)
 いまさらプロレスが八百長などと書くマスコミはない。これと同じとは言わないが、国技と言えど、全部がガチンコなら力士の身体はボロボロに・・・と考えると、まあいいんじゃないの国技だから。と余韻を残しておくのが、大人のルールのような気もする。そんなことより、要は、見ていて楽しめるかどうかだろう。
 そうでなくとも日本人力士のなり手が少ない現代。国技をいかに存続させるかの方が問題のように思う。それとは別に、庶民感として「八百長だった」という結論だけは、聞きたくないとも思う。

 東京地裁の判事さんもどうしたものかと悩んだに違いない。お笑いの"ものいい"なら「空気ヨメヤ」ってオチがつくのかも。。。