アンディラウの「三国志」。確かに現代的視線での描写はリアル! | popo♪のブログ

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孔子も孫子も「治世救民」を天命として我欲のカケラもなかったそうです。「季布の一諾」が座右の銘として、孔子、孫子、老子、司馬懿に学んでいます。
ささやかながら幸運をお分けします。

 今度の映画「三国志~趙雲」について、印象を書いてみた。
 アンディラウの「三国志」をみた。Gackt君は、レッドクリフを超える名作だと高い評価を下している。確かに、アンディラウの演技もさることながら、人間「趙雲子龍」を等身大にえがいたドキュメンタリー風の映画としては成功しているかも知れない。が、個人的好みで言えば、今ひとつ、娯楽作品としての迫力というゲスな視点で見ると物足りない気がする。
 以下は趙雲将軍についての個人的な印象。司馬遼太郎氏の「三国志」にある程度にしか知らないが。まず、武術の腕前や武功は、関羽、張飛に勝るとも劣らない。が、その地位は低く、地位、名誉、財産にはこだわらなかったらしい。次に、その人となりとしては、「顔立ちが立派で、性格は重厚、質実にして勇猛果敢。私欲なく、全身、肝玉の塊。」といわれる。勇猛果敢でありながら五虎大将軍の中で最後まで生き残っている。ということは、ただの猛将ではなく頭脳明晰であったと推察される。
 私ごとながら、この趙雲子龍将軍こそ中国数千年の歴史の中で、季布将軍とならぶ最も魅力ある武将として敬服にあたいする人物だと思う。
 中国本土では、超メジャーな伝説的人物なので、映画では、ちょっと指向を変えて等身大で描きたかったという作者の意図も分からないでもない。が、やはり伝説の将軍として劇的に描いて欲しかった気がする。
 今度は、趙雲将軍にモッコリもこみち、孔明に小栗、関羽に武藤敬司、張飛に小島聡あたりを抜擢して、重厚なイケメン三国志を作ると案外ぶっ飛び映画になるかも知れない。黒チャン級の監督じゃないとぶち壊しになるかもねえ。