『波打ち際の蛍』 島本理生 著 | 今日もこむらがえり - 本と映画とお楽しみの記録 -

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備忘録としての読書日記。主に小説がメインです。その他、見た映画や美術展に関するメモなど。

 

 

島本理生さんお得意の、心にトラウマを抱える女性の

壊れそうな感受性を透明感のある筆致で紡いだ恋愛小説。

島本さんの恋愛小説のヒロインは、精神的に不安定だった

り心に強い不安や恐怖感を抱えた、情緒不安定な若い女性

が本当によく登場します。なんだかズドーンとダークな方面

に引きずり込まれそうな設定なのに、陰湿にはならず、底に

秘めた強さや純粋さが透けて見えるので、宝物を大事に、

大切に抱えているような儚さと透明感が漂うから不思議です。

ラムネのビンの中で光を反射して輝きながら転がるビー玉

を眺めるような気持になります。

 

幸か不幸か、たいへん図太い神経の持ち主である私は、

彼女らのように神経症やトラウマに苛まれる経験がほとんど

ないため、まるっきり未知の世界を覗き見るような気持も

あり、ある種異国の物語世界を旅するような感覚で

非日常に浸りたい気分の時には島本さんを選びがちです。

精神的なトラウマに悩む話を非日常として楽しむ・・・なんて

いう風に解釈されてしまうと何だか不謹慎ですが、そうでは

なくて、ディテールが問題なのではなく、透明感と儚さと強さ

の同居する、自分の内部には無い属性の島本さんの

世界観というvagueなもの全体を指しています。

 

さて、主人公の麻由は前の恋人から受けたDVDが原因

で強いPTSDを抱えており、カウンセリングに通院する

クリニックで植村蛍という年上で理知的な男性と出会い、

惹かれ始めます。事情はわからずとも強いトラウマを

抱えているらしい麻由に優しい理解を示し、辛抱強く、

包み込むように接してくれる蛍の気持ちに応えたい、

側にいたいと強く思うようになっても、身体が触れあった

瞬間に、DVDの記憶がフラッシュバックして意思とは無関係

に体が拒絶反応を示してしまう麻由。

 

蛍や、DVD彼氏のところから力づくで救い出して一か月間

同居して支えてくれた従妹のさとる君や、明るくて気遣い

上手の蛍の古い友人の紗依子らにも励まされサポート

されながら、徐々に日常を自信を取り戻し始める麻由で

すが男性に対する恐怖心を克服するのは難しく、苦しくて、

麻由と蛍がどうなるのか、最後までハラハラしながら読みま

した。うまくいって欲しい、という思いと、そんな簡単に切替

えられるはずもない、どうせダメになるんじゃないかという

不安と、麻由にもっと自信もって勇気を出して欲しいと願う

もどかしさに、自分自身、どんな結末だったら納得いくんだ

ろうか、、、?と考えながら。

 

ラストは・・・明確な答えは提示されないままで、どうにでも

解釈が成り立つので「えぇー。どうなるのか教えてー(>_<)」

と思う反面、実際は、この小説に相応しい終わり方のよう

に思います。私は、麻由も蛍も、一筋の光を見つけ、それ

を目指して新しく一歩を踏み出すんだろう、これからも

まだまだ大変なことは沢山あるけれど、いつか「ここまで」

という壁にぶつかったとしても少なくとも後悔はしない強さ

と覚悟を二人は手に入れたんだな、と理解しました。

 

蛍はとても魅力的な男性に見えますが、あくまでもひとまわ

り近く年の離れた、社会経験もごくわずかな麻由からすれ

ば、そう見えて当然という印象で、蛍が実際どんな人間性

なのか、かなりモテて常に恋人は途切れないようなのに

蛍にだけなぜそんなに一生懸命になるのか、年齢の

アドバンテージによる包容力だけなのか本当に深い許容力

を持っているのかについてが曖昧で実像としてつかみどころ

がないのは若干消化不良ですが、あくまでも麻由目線で

紡がれた世界と思えば、まぁいいのかな。

 

サブキャラの二人は活き活きといて魅力的です。紗依子

もですが、さとる君のナイスガイっぷりが半端ない。

ものすごぉく魅力的な男子ですが、しかし恋人や夫という

よりは、やはり麻由が「さとる君はやっぱり従兄妹だから

いいんだ」というように、私もさとる君みたいな兄弟か

近しい親戚、あるいは親友が欲しいです(笑)。