永い言い訳 | 今日もこむらがえり - 本と映画とお楽しみの記録 -

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備忘録としての読書日記。主に小説がメインです。その他、見た映画や美術展に関するメモなど。

2016年 日本

西川美和 監督

 

原作本も買ってあるんですが、映画が先になりました。

静かで、丁寧で、美しい映画でした。ピアノメインの音楽

も映画の雰囲気にすごく合っていて、優しいんだけれど

切ない感じが溢れていました。

 

本木雅弘さん演じる衣笠幸夫は、クイズ番組などタレント

的な活動も多い人気作家ですが、自意識過剰でちょっと

思いあがっていて、ゆがんだ自尊心を抱えている、

突き放した言い方をすると「ウザくて痛い中年男」。20年

連れ添っている妻の夏子(深津絵里)との関係も冷め

切ってきて、まともに心の通い合う会話も思いやりも

もはや存在しない状態。すれ違う会話、幸夫のぞんざいな

態度をやんわりかわす夏子、そんな夏子にますます

八つ当たりをする幸夫。他人事なのにため息が漏れそう

になります。

 

ある日、夏子が高校時代からの親友のゆき(堀内敬子)

とバス旅行に出かけることに。幸夫はこれ幸いと不倫関係

にある出版社の女性(黒田華)を自宅に連れ込み、妻の

ベッドで不貞行為にふけっていたその頃、夏子とゆきを

乗せたバスは転落事故を起こし、乗客全員が帰らぬ人と

なってしまいます。

 

妻が死んでも悲しめない夫。でも有名人故世間の注目

が集まり、カメラの前で「愛する妻を失い心を痛める夫」役

を演じる幸夫。夏子が消え、途端に破たんする日常生活。

そんな中、ゆきの残された家族、夫の陽一(竹原ピストル)と

二人の子供、真平と灯たちと出会い、ひょんなことから

付き合いが深まっていく中で、少しづつ妻と過ごした20年

の日々について考え、妻の存在と向き合い始める幸夫。

そんな時に、夏子の遺品の携帯に未送信のままの幸夫

宛のメールを発見しますが、そこに書かれていたのは・・・。

 

人生には、”取り返しのつかない”ことばかりだと、再認識

させられます。劇中の台詞、「生きている時間をなめては

いけない」が心に刺さります。やり直しがきかないからこそ、

1日1日を、大切な他者を、自分を、きちんと大事にして

生きなければならない。って思っていても失敗してしまうのが

人間。そんなダメな人間ですが、監督の目はあくまでも

暖かくて、失敗も含めて人を愛おしく思っているのを感じます。

純粋さの塊のような陽一と、未来と希望の象徴のような

子供たち、真平と灯の存在が失敗だらけの幸夫を照らします。

 

ところで私は、インテリ二枚目の正統派ハンサム役も少し

神経質な美青年役も見事にハマる一方で、軽薄で情けない

ダメ男をやらせても天下一品で、かつまったく下卑ないこと

ではヒュー・グラント様(←思わず、の「様」。(笑))をおいて

世界で右に出るものはない、と昔より厚く信望しているので

すが、モッくんこと本木雅弘さんのこの映画でのダメ男っぷり

は惚れ惚れするほどでした。もはや和製ヒュー・グラントの

地位を獲得なるか(笑)。

 

出番は少ないのに深津絵里さんもすごい。旅行に出る前の、

幸夫の髪を散髪しながらの会話だけで、夫婦の20年に及ぶ

関係性やすれ違いの状況が全部伝わるし、バスに乗ってい

る時の表情は、うますぎてゾクっとしました。”夏子はこういう

人だった”とか”夏子がこう言っていた”とか、具体的な夏子像

が語られる描写は少ないのに、映画を見ながら、夏子が

どういう女性だったのか、20年の間にどんなことがあって、

どんなことを感じたのか・・・様々なことが思いめぐらされます。

 

陽一役の竹原ピストルさん、インパクトのあるお名前なのに

初めて認識する役者さんだなぁと思ったら、本職ミュージシャン

なんですね。演技なのか本人そのままなのか区別がつかない

ほど、まっすぐでピュアで粗野な陽一そのものでした。

子供たちも、すばらしかったです。きかん気が強くて可愛い

妹と、ナイーブで責任感の強いお兄ちゃん。映画は1年をかけて

撮影されたそうで、四季の移り変わりの変化と妻(母)を失った

後の生活の変化、子供たちの成長や手入れしてくれる相手が

いなくて髪がどんどん伸びる様などが、リアルでラストみんなが

こざっぱりと散髪して新しい制服で笑顔を見せているのが

より一層グっときます。幸夫の浮気相手役の黒田華ちゃんも、

幸夫のマネージャー?役の池松壮亮くんも抜群の存在感でした。

 

割と最初の方ではあるんですが、塾から戻るお兄ちゃんを

お迎えに行くけど一緒に行く?お留守番してる?と聞かれた灯

ちゃんがちょっと考えてから「行く」と答えた時の、幸夫の

思わずちょっとほっとして嬉しそうな顔になるシーンが、好きです。

映画の余韻が消えないうちに、原作も読みたいなと思います。