出産してから、2週間以上がたつんだけど、


いまだに出産の時のエピソードから進めないワタシ。


本当は、生まれてきた赤ちゃんのことを書きたいのだけれど、


なんだかんだ忙しくてパソコンに向かっていられない!


まだ、ベイビーだけは入院中。


赤ちゃんの退院の条件が

①2500グラム以上

②38週以上


ということで、体重はクリアしているのだけど週数がまだなので


未だ入院中。


今週、20日にやっと退院!


ワタシは、自分が退院した翌日から毎日病院に通って授乳している。


家で搾乳した冷凍おっぱいを運び、病院で授乳するという毎日。


なかなかハード…


だからブログの更新もなかなか難しく…(言い訳)


3月末に決まったダンナの遠隔地への移動のおかげで、


ばたばたと引越し、部屋もまだダンボールだらけ…


だからブログの更新もなかなか難しく…(言い訳)



そんなわけでのんびり更新しています。



赤ちゃんはとても元気!


後から生まれた子たちが(学年では1コ下になる子達なのに)


新生児室をどんどん卒業していく中(たいていはお母さんと一緒に退院だもん)


うちの子はお局様です。


体重もどんどん増えています。


一日平均40~50グラムの勢いで増えています。


「ほっぺがふっくらしたわね~」


と、看護師さんに言われます。


もうかわいくてたまりません!!





子どもが退院して家にいるようになれば、


パソコンに向かう時間ができると思うのでまとめて更新しま~す☆



***3月29日  21:00  ***


陣痛促進剤を点滴し始めると、陣痛はだんだんと強くなっていった。


軽い生理痛程度だったものが、重い生理痛になった。


それでも子宮口がなかなか開いていかないので、(3センチ程度)


陣痛促進剤の量が増やされた。



***3月30日  0:00***


日付が変わり、それでも子宮口はなかなか開いていかない。


でも陣痛は痛い…


陣痛促進剤の量を増やす…と、痛みが増す… その繰り返し。


でもまだこのときは、ダンナと


「生まれてくる赤ちゃんのための痛さだよね!」


と、ポジティブなことを考えながら陣痛の痛さを乗り越えていた。


でも痛くて眠ることはできず、陣痛と陣痛の合間にウトウトしながら朝を迎える。


ダンナもワタシと一緒にいてくれた。




***3月30日  8:00  ***


朝ごはんはまったく食べられないほど陣痛は激しくなっていた。


でも、子宮口は3センチから開かず…


陣痛促進剤の量はまた増やされ…痛みは倍増し…


そればかり繰り返していた。


痛さはもう表現できないほどの痛さで、


何時間もそれと付き合ってきたワタシはとうとう限界を超えてしまった。


陣痛を逃せなくなってきて、ポジティブな考えなんてどこへやら。


とにかく痛い。


この痛さから逃れたい。


そんなことしか考えられなくなっていた。


いつまで続くのか、これからどうなるのか、


この痛さは何なんだ!?



そう、パニック。





つづく…




***3月29日 AM 2:30  ***


病院に到着して、診察を受けた。


子宮口は1センチくらいしか開いていないとのこと。


赤ちゃんの推定体重は、2200グラム。


少ない!


「う~ん、大きい病院に行った方がいいね。」


ということで、紹介状を持って市内の総合病院へ行くことになった。


総合病院まで約20分。


産科へ案内され、看護士さんに車いすで診察室に連れていってもらった。


先生が丁寧に丁寧に超音波で赤ちゃんを調べる。


何度も何度も大きさを計って、推定体重は…


「2500グラムぐらいありそうだよ。」


と、先生。


それを聞いてちょっとホッとしたワタシ。


その後、内診を受けたり、血液をとったり、いろいろ調べられて、即入院することになった。


時間は午前3時半を過ぎていた。


陣痛はまだなく、ダンナと話をしながらこの日の夜はなんとなく眠ることができた。



***3月29日  8時  ***

朝ご飯もおいしく食べ、まだ余裕だった。

軽い生理痛のような痛さはあった。



***3月29日  12時 ***


昼ご飯(カレー)もおいしく食べ、まだ余裕だった。

やや重い生理痛程度の痛み。

***3月29日  14時 ***


子宮口が開いていかないので、子宮口に海藻の棒を入れるという話になる…


しかも6~7本。


棒!?


その海藻(寒天?)の棒が羊水を吸って膨張することで子宮口を開かせるという…

棒を入れる????



*** 3月29日 17:00 *** 


棒を入れた…


痛かった。痛かった。


内診台に乗って、棒を…


棒がどんなモノか見させてもらえず、(見せてくれと言わなかったけど)


ワタシの想像は膨らみ、余計恐怖を増長させた。


怖くて、痛くて、内診台の上でジタバタしてしまい、


看護師さんに優しくなだめられた。


でも、本当に怖くて痛くてたまらなかったんだってば。


棒を入れたまま陣痛室へ戻る…


これでしばらく様子を見て、それでも子宮口が開かなければ


陣痛促進剤を使いましょうということになった。



つづく…





あれは、3月28日火曜日…



ダンナの移動が決まり、引っ越しをすることとなり、


ただでさえ忙しい年度末なのに、何重にも輪をかけて忙しい年度末だった。


前日の27日は学校に行って仕事をしていた。


切迫早産ということで、早めに休みに入ってしまったのでやり残したことが気になり、


安静も解除されたことだし…と、学校に行って片付けてきた。




引っ越しは、ワタシは妊婦で戦力外なので引っ越し屋に梱包から頼んでしまおうということで、


28日はダックの人たちが梱包に来ていた。


手際よく梱包をしていくダックの人に感動し、お昼はイタリアンランチバイキングをダンナと食べに行き、


引っ越し手続きをいろいろと済ませ、ぽかぽかと暖かく、良い一日だった。


荷物の運び出しは、2日後の30日。


「引っ越しが終われば少しは落ち着くねぇ」とダンナと話していた。





夜。そろそろ入院準備をしようと、気まぐれに洗面用具なんかを準備し、


テレビを見ながら入院準備品(パジャマや産褥パンツ)をネット注文し、


「4月中旬には届いて、入院準備も完了だなぁ。よしよし。」


なんて思っていた。


で、いつものようにお風呂に入り、ダンナと「腹、でかいよねぇ~」なんて話し、


いつものようにストレッチをし、


いつものように布団に入り、横になって少しボーッとしていた。



すると。


午前1時15分。


「パンッ」


と、下腹部で風船が割れたような音(実際には体の中で感じた衝撃なのか?)がして、


ドクドクドクドク…と水が出てきたのだ。


ドクドク…いや、ダバダバ…


「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「!!!水が でてきたんだけど…!」


これは破水だ、とわかったけれど怖くて動けない。


クッションも布団もびしょびしょ。



ダンナもびっくり。


ダンナの実家にいたので、母を呼びに行くダンナ。


母が病院に電話をして、ワタシに替わる。


病院へ行くこととなり、バタバタと準備をする。


たまたま、昼間きまぐれで準備した入院準備品を持ち、


たまたま、大切なモノ(母子手帳とか財布とかその他諸々)がまとまって入っていたバックを持ち、


病院へ向かった。



このときは、まだ 「産む」 なんていう頭は全然なくて、


破水しちゃったけど、お腹の赤ちゃんは大丈夫なのか??という不安しかなかった。


どうなるんだ?どうなるんだ?と、ただただ不安だった。




つづく…





大変ご無沙汰しております。


それにはワケがありまして…


って、前回もそんなことを書いていたんですが。



前回も大変ショッキングなできごとだったんですが、


今回も大変ショッキングなできごとが起きたんですよ。


これは、みなさんオドロキ!





な、なななんと。


産まれちゃいましたーーーー!!!


あはは。


赤ちゃん、産まれちゃったんですよ。




妊娠35週0日! 早産です。


予定日は、5月4日でした。


予定日よりも1ヶ月1週早い出産でした。


早産でしたが、2514グラムもあり、特に問題もなく、元気な女の子☆


良かったー!


だからこんなにも明るくご報告☆


養護学校の教師という仕事柄もあり、いろいろと心配していたのですが、


まったく問題なーし!


母子共に健康!


おっぱいもよく飲んでくれています。


ただ、早産なので38週までは病院に入院しなくてはいけないという決まりがあるようで


(赤ちゃん退院の条件が、

1.38週以上であること

2.体重が2500グラム以上であること

だそうです。どこもそうかはわかりませんが。)


昨晩ワタシだけ先に退院。(出産後5日間の入院をし、問題なく回復。)


赤ちゃんはまだ38週までは入院。


その間、ワタシは毎日冷凍母乳を病院へ運び、授乳をしに行くのです。




ひとまず、今日はご報告ということで。


明日から、突然の出産ネタを書いていこうと思います。





お久しぶりです。


お久しぶりにはわけがありまして。




義父が突然亡くなってしまったのです。


ダンナの父さんなんですが、ワタシにとっても本当の父さんのような存在の人でした。



同じ職業をしていたのでとても尊敬していた父で、


実の父以上にワタシを気遣ってくれていた父で、


初孫の誕生をそれはもう楽しみにしてくれていた父で、


とてもワタシをかわいがってくれた父で。





それが12日のできごとでした。


それはあまりにも突然でした。


それからバタバタと時間が流れ、今に至ります。




ダンナの実家はとても良い家族で、


お義母さんとワタシも、とても仲良しなんです。


ワタシは幼い頃に母を亡くしているので、本当の母のようです。


ダンナの兄夫婦も、妹も、ワタシもダンナもみんな仲良しなんです。


だから良かった。


みんなで仲良く、頑張っていける家族で良かった。


お義父さんが残した大切な家族です。








出た!


とうとう出た!


ちょっと距離を置いていたラキソベロンと再びタッグを組んでヤツに勝利した。




ヤツを出すためにラキソベロンを飲むのではなくて


どんなにたまっていても、柔らかくスムーズに出すために飲めばいいのだとわかった。(ワタシの場合)




体重も1キロ減。


それだけ入っていたのだ。


恐ろしい…





救世主に思えた便秘薬、「ラキソベロン」であったが、


その効果は目に見えて落ちていった。


飲んでもでない。


気配すらない。


飲むと翌日期待してしまい、出ないことが大変なストレスとなる。




そこで。


ラキソベロンに頼らないことにした。


倦怠期になってきたようなので、少し距離を置こうと決めた。


そして、私の便を放っておいてみた。


今まで通り食事等で気をつけて生活をして、放っておいてみた。


おしてばかりいないで、ひいてみたのだ。




出なければ出ないでいいや。


出ないからって、食べないなんてことはしないぜ。


がっつり食ってヤツを押し出してやる!


と、食事量も多くした。





………ちきしょう。


出ない。5日たっても出ない。


押してダメなら引いてみろってんで、引いてみたら、ヤツも引いている。


おいおい。


ワタシの腹のどこにヤツはいるのだ。


子どもとヤツと。


ぎゅうぎゅうになっているに違いなにのに。


ヤツはまだ中に居続けようとしている。





食物繊維作戦。


ヤツは動かない。



水分作戦。


ヤツは動かない。



がっつり食って押し出し作戦。


ヤツは動かない。


それどころか、体重が激増で返り討ち。




これではヤツの思うツボだ。





ラキソベロンがワタシを見つめている…


もう一度タッグを組まないかと言っている…


どうする!?ワタシ!!









☆9ヶ月目突入☆ 



久々の更新。


ネットの調子が悪くてずっとつながらず。


ついでに自分も調子が悪くてイマイチ気分が乗らず。


久々にネットがつながって、調子も上向きになって、そして今日で9ヶ月目。


9ヶ月目かぁ。やっとここまできたな。


あと2ヶ月。


あと2ヶ月。




私の周りの先輩ママ(職場や保護者)が、みんな口をそろえて


「でてきたら遊んでられないから、今のうちにダンナと二人の時間を楽しみな」


と言う。


確かに。と、思ってワタシ達二人はここ数ヶ月、何かにつけて


「しばらくできなくなるから」


と言っては贅沢をしている。


食費に糸目をつけず、毎週飲みに行ったり、ちょっと高いご飯を食べに行ったりしている。


子どもが産まれたら、飲み屋も行けないし(というか、行かない)、お高いご飯を食べに行くのは無理だし、


子ども中心になるし。


だから今のうち。


今だけ贅沢に。


まだワタシの体の中に納まっているうちに。



あと2ヶ月。


あと2ヶ月。




先日の検診は、ダンナも一緒だったので


病院の設備を見学させてほしいと頼んでみた。


もう少したったら、母親学級でワタシは見ることができるんだけど、


せっかくだからダンナにも見せたいと思ったのだ。




個室や相部屋、LDR等を見せてもらった。



個室は全部で7部屋。相部屋は4人部屋が1部屋。


個室を使う人は少ないように思えた。

(かつて、ツワリで点滴通院していたときに相部屋のベットを使わせてもらった。

その時も、誰もいなかったし。)


料金も、個室と相部屋では2500円の差しかない。


だったら個室にするよなぁとワタシは思った。


個室には、クローゼット、テレビ、冷蔵庫完備。もちろん広~いトイレや洗面所も。


入院中のアメニティグッズ(ハブラシやタオル)もそろっているとのこと。


小綺麗なビジネスホテル的な雰囲気だった。


7部屋もあるから、よっぽどお産ラッシュにならない限り個室が使えるのではないかな。




そして、LDR。


陣痛から分娩後までを一部屋で過ごせる部屋。


陣痛が始まった、この部屋に移動して子宮口が開いていくのを待ち、分娩し、


その後数時間その部屋でお休みできる。


家族も出入り自由。


ずっと一つのベッドで一連の流れを過ごせるらしい。


陣痛に耐えながら、分娩室へ移動をしなくていいらしい。




部屋は個室部屋のような雰囲気で、ベッドにもベッドカバーがかけられ、


ソファーなんかも置いてあって、天井にはテレビが。

(分娩時には、リラックスできる映像や音楽が流れるらしい。ソフロロジー法での分娩なので。)


普通の部屋で産むような雰囲気になっていた。




一通り見せてもらって、話を聞いて、ダンナは


「なんだか楽しみだね。」


と言っていた。


確かに。


雰囲気って、あるなぁ。大切かも。


初めての出産だし、少しでも不安がなくなればいいもんな。




そして、出産後はダンナと2人でお祝い膳を食すらしい…


これが、フランス料理で専属のシェフが作るらしい…


これがまた、おいしいらしい…


なんと言ってもこれが一番の楽しみ。


ふふふ。




今苦しくても頑張ろう!と、思った単純なワタシであった。