まさか、シューベルト自身がそう名付けた訳ではあるまい。
未完成品ではあるが、人気があり、かつてレコードではベートーベンの運命と組み合わされる事が多く、業界ではドル箱などと表現されることがあったらしい。
題名から受ける印象は、中途半端な、漠然としたイメージだ。
何かしら理由があり、完成しなかったのだろう。
曲自体の素晴らしさとは別にして、どうしても漠とした感じは免れ得ない。
シューベルトという、大家だから未完成でも充分魅力があるのだろう。
逆に作品にかえって彩りを与えている位かも知れない。
私が小学校の時に、怠けて未完成にしてしまった工作の作品は、全く意味が無いけど。
ところが、未完成だからこそ意味があるものがある。
生きるということ。
人は生きている間は未完成だ。
生成途中であり、道半ば。
あるとすれば、方向性だけ。はたらきだけ。
たどり着いた場所は、常にスタート地点。
人のもつ限りなく無限な側面。
一方、時間という側面から見れば、有限だ。
目的は、完成すること、そのものの中には無い。
今日一日、大切に過ごそう。
完成したその日に、
生まれてきて本当に良かった。そう思える為に