金のりんご | えむちゃん

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時宜にかなって語られる言葉は、銀細工に付けられた金のりんご。

旧約聖書   箴言25:11

これはユダ王国において、次代の若者達に対して、人生をより良く生き抜く為に書かれたソロモンの箴言の中の言葉。

時を得て相応しく語られる言葉は、受けとる個人にとって、具体的で素晴らしい働きがある。
大量生産では得られない丁寧な逸品であり、金のりんごのようなものだそうだ。

聖書において金のりんごは、キリストの愛の言葉。

先日、聖書研究会でそう学んだ。

読み上げられた時、ふいに嬉しい気持ちがした。
み言葉自身も、素晴らしいけれども、たまたま前日にその言葉を読んでいたからだ。

ちょっと意味違うかもしれないけど、まさに時宜にかなって?
なんて阿呆な事を思ってしまう。

言葉以外にも。
ささやかながら素敵な巡り合わせ。
日常においては、偶然起きることが時折あって。
ちょっとした喜びだ。

例えば、試験の当日にたまたま読んだ新聞記事が、試験にそのまま出ていて、喜んでみたり。

こんなささやかな事以外にも、これって私の人生に大きな意味があるのかしら?なんて非日常的な出来事までいろいろあって、楽しい。

ばらばらに起きる様々な事象が、私のなかで意味付けされ、関連付けされる

当然の事ではあるが、生きていると、自分の意思、行動によって得られる以外にも、様々な事に出会う。

善いことなのか、それとも?

深く理性的に考え始めると、分からなくなってしまうのだけど。

私は、第一印象嬉しいことは、神様からの贈り物と思う事にしている。

公言しないけど、私の中にこれって、素敵な巡り合わせ?的な事があって。

確信は無いけど、大切にしたい。

さて、具体的にどうするか?
それは、一歩一歩何かしら形にしていくより他にない。

その足跡が私の宝物。