「これからどうするの?」
「今までのように皆さんと拘りを持って新しいものを作って楽しく生きたいです!」
数日後崎浜さんにまた飲みに誘われた。
ゴヤ十字路近くの今はなき「村さき」という居酒屋だった。
まずは乾杯をし、いつもの様にビールをぐぅーっと飲む。
そして崎浜さんから、「タスク!お前のデザイン決まったから!」
と突然言われた。
「はい???」
と僕が聞き返すと、
「この前話してた、みんなで色々楽しくやるためのブランドをデザインしてきた!」
と一枚の紙を渡された。
そこに
+9
PLUS NINE
(プラスナイン)と書かれていた。
正直僕はピンときてなかった(笑)
HPで続きは書いてます!
ぜひ読んでみてください!
僕のルーツがわかると思います。
職人さんたちから学んだこだりや想いから生まれたブランドなのです!
FC岐阜の大変だった時を共に過ごした、フロントスタッフ仲間が沖縄にきました!
現在は、プロサッカーチームではなく、プロバスケットボールチームに場所を移し頑張っているとのことなんですが、色々話を聞くうちに本当に勉強になったので少し書きたいと思います。
この方は、クラブの”お金”を触っていた方なのですが、やはりどの競技のクラブに行っても、しっかりお金・数字を見ること、経営の視点を持つことの大切さを改めて感じました。
まだまだリーグが一つになってクラブ経営にも様々な違いがあるのが当たり前だと思いますし、これからどんどん盛り上がってくるバスケット界だと思いますが、まだまだやはりクラブ運営が抜け切れておらず、クラブ経営という視点で業務を行っているスタッフも業界全体では少なそうな印象を受けました。
しかしこの方は、常に数字を観てクラブの状況を把握してきた方なので、その数字の出し方、数字の管理の仕方、その辺りが本当に徹底している。
すでにクラブでも信頼を受けてもっとも重要なところの数字を見ることになったそうなのですが、スポーツの競技は違っても、いや業種は違っても、やはり経営の視点で考えた時にどう数字を見るか、どう使うか、何を表しているのか、この辺りは変わらないことのようです。
○○×△△+□□=☆☆
単純にこの結果の☆☆を見るのではなく、この式が何を表しているのか?
なぜ=☆☆になってしまうのか?
常に一つ一つなぜ?という視点で観なくてはいけません。
私が人事を少ししていた時も、
「学生時代ずっとサッカーしてました!」
「大学で体育・スポーツを先攻してました!」
という学生がよく来ますが、正直こちらからは全く興味がありません。
クラブと行っても会社です。もちろん根性で根気よく頑張ります!
という人も来て欲しいですが、経済・経営・気象・IT・様々な視点からクラブ経営を行える仲間に来て欲しいのです。
いつまでたってもスポーツOB、どこどこ大学です!
という人がプロクラブの経営を行っていては、成長はないと思います。
これは地域クラブにも当てはまると思います。
早めに経営の視点を持ったクラブが今後も続いていくと思います。
そのためにも地域クラブは、指導者に限らず様々な人材を集めることを頑張ってください!
では今日はこの辺で・・・
P,S,スガキヤラーメン美味しかった〜
※エイプリフールとかの類ではありません!そんなクソみたいな冗談と一緒にしないでください。っていうかなんでこんな新年度の心新たにやろうって日がエイプリルーフなの?まあいいか。
2017年4月1日やっと情報を解禁できます。
まさに人生をかけて僕が達成するべきことをお話しできます。
2014年から琉球代表として活動しておりますが、新たに「Ryukyu Football Association」を設立し、ConiFA(Confederation of Independent Football Associations)https://ja.wikipedia.org/wiki/独立サッカー連盟 に加盟し、活動していくことを宣言いたします。
この為だけに事務所を借りて、電話線を引いて、借金をし、HPを作り、この数ヶ月バタバタ動いてきました。
昨年末ConiFAの理事であるドイツ人のイェンス氏も来沖し、沖縄での活動をバックアップすることをお約束頂きました。
思いの丈は、下記URLでぜひ皆さんに読んで頂きたいのですが、ここまでくるのに気持ちの部分で結構色々ありました。
しかし、当初このConiFAとの関係をつないでくれた、実川さんや木村さんとの約束、同じ日本で頑張っているFCコリアの皆さん、そして共に夢を見ている兄貴との約束を胸に大きな決意をしました。
沖縄でConiFAワールドフットボールカップを必ず開催する!そしてまだ出場すらかなっていない、琉球代表のワールドフットボールカップ出場と優勝!これを必ず果たしたいと思います。
世界中で純粋にサッカーする喜びを感じている人たち、この人たちのサッカーの喜びを沖縄に持ってきたいと思います。
世界中に広がるウチナーンチュをサッカーがつなぐ、琉球代表で祖国を感じてもらう。
そんな思いでサッカーができたら幸せだと思います。
僕はその為にもっと世界中行って勉強しなくてはいけないと思っています。
琉球代表というサッカーの意義を今後もこのHPやブログで語っていきたいと思います。
こんないきなり大きなこと言って〜と笑う人もいるかもしれません。
でも日本でそれを達成するのはそんなに難しいことではないと思います。
ConiFA加盟国にはもっと悲惨な状況からサッカーを取り返した人々がいるのだから。
ぜひ読んでみてください。
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あなたは何故今そこに住んでいるのですか?
そこに生まれたから?
仕事に便利だから?
なんとなく?
僕は沖縄に生まれ沖縄で育ちました。海がいつも近くにあって、毎年何度も大きな台風が襲ってきて、焦げるくらい暑くて、基地があって、観光客が多くて、家族がいる。
あなたもそんな故郷があると思います。
大好きだけど嫌なところもあって、なんか退屈だけど大好きな仲間がいる。
そんな故郷。
僕は、4年前に仕事で3年間住んだ岐阜県から沖縄に戻ってきた。
世界中旅はしてきたが、家を借りて住民票を移して長く住んだのは、沖縄以外で初めてのことだった。
岐阜県も本当にいいところだった。川が綺麗で、自然豊かで、歴史的にも面白い。そして何より皆さん本当によくして頂いた。
岐阜県に住んで気付いたことは、自分が海が好きなんだということ。
岐阜県には海がない。行く前はそんなこと気にも留めなかった。だけどどこに行っても海が見えない。道が開けて海が見えないから、森の中に閉じ込められた感覚になったことすらあった。
時折沖縄に戻ると、必ず海を眺めに行った。
沖縄の人は海で泳がない(笑)
海を眺めながらオリオンビールを飲む!ただそれだけだ(笑
もっと帰ったら海で遊ぼう!海を満喫しよう!帰る前はそんなことをずっと思っていた。
2013年2月沖縄に帰ってきた。
海を眺めるのは最初だけ(笑)
1年も経てば、車を走らせたらすぐに海が見えてくる沖縄が、だんだん狭く感じるようになってきた。
あの雪に追われた静かな山、疲れを癒してくれた温泉、川に映るおぼろ月、美味しい水からできる美味しい農作物、岐阜のそれが懐かしくなった。
沖縄も岐阜もどちらもいいところがある。
どちらにも本当に素敵な家族のような存在がいる。
そしてどこにいてもちょっぴり辛い。
思い描く理想の場所はこの世にはないのかもしれない。
ブラジルに行っても、タイに行っても台湾に行っても、ジャマイカに行っても、ロシアに行っても良いところもあったし、嫌なところもあった。
じゃ問題は、場所じゃないんじゃないか?
自分がどう生きるか?その生き方を実行できる場所こそが自分が住む町なのではないか?
自分がその町に根を下ろして、自分が楽しい住まいを食事を衣服をコミュニティを人生かけて築いていけば、そこが自分の住む場所になるのではないか?
僕には大切な故郷が2つある。沖縄と岐阜。今の時代すぐにでも飛行機に乗って里帰りすることができる。SNSでは、いた頃よりスムーズに仲間たちの行動を把握できる。
僕は4月から宮崎県都農町に行きます。
人生第3の町。
と言っても、妻と子供はしばらく沖縄にいるので、まだ仮入部?プチ移住?みたいな物だ(笑)
月の半分は、今までのように沖縄でも仕事がある。
琉球フットボール協会、総合型クラブ、そして自分の会社と、世界中どこにいながらでもできる仕事と、沖縄にいなければ出来ない仕事を計画的に実行していくことに変わりはない。
でも新たな楽しみと使命が生まれた。
それは宮崎県都農町という町を活性化すること。そのために皆さんご存知「蹴-1GP」をはじめ様々なイベントを行うこと。やるべきことはいっぱいある。
だけど僕は何故この町に住むんだろう?
僕は大好きなスポーツで町を作っていくこの都農町に住んでみたい。できたら地元の人たちみんなで何かを成し遂げたい。
その何か・・・
僕は都農町にスタジアムを作りたい。
なんか勝手に行く前からこんなこと言ってると地元の人に怒られそうだが、勝手に開発をしたい!と言っているわけではない。
町が推進するスポーツによる町おこしに賛同し、町民が集まれる手作りのコミュニティの場所を作りたい!それが夢のスタジアムだ。
内気な僕がここまで宣言できるには理由がある。
この1年何度も何度も都農町に足を運んだが、きっと都農の皆さんはそんなこと考えてもいないかもしれない。しかし、蹴-1GPをはじめ多くのイベントで盛り上がり始めたこの町は、その盛り上がりをブームで終わらせるわけにはいかない!そのためには、常に盛り上がりを表現出来る場所が必要だと思うのだ。
そして都農の人はどんな困難でも笑ってふきとばせる勇気がある。
都農町は、移住定住促進で町外からも多くの人が移住してきている。ということはそこに新しい仲間たちのパワーも加わるということだ。
そんな仲間となら、新しい町を作っていくお手伝いができるでのはないかと思います。
都農町の皆さんとどんな町に住みたいか?どんなものを次世代に残したいか?どんな経済活動を営み自立したいか?ということを話し合い、スタジアムのある町を作り、そこに住みたいと思っています!
僕もまだまだ仮入部!移住したい!とお考えの方、毎週僕もみなさんに情報をお送りしますんで様子を見てみてください!あなたと一緒に作っていきたいです!


