蘇る衝動 | Eden

Eden

時に理不尽でも尊いもの、それが人生。

命にとっての世界を生きていく源を湧き起こしてあげられるような存在として在ることを心掛けています。

『どんな人生設定で生きるかを見直し、自分の中から湧いてくる感覚と

 

 

一致しないものや違和感を手放し、再設定し直すことはとても大事。』

 

 

 

 

お姉ちゃんが言っていた、この言葉を噛み締めた後。

 

 

 

 

空気のように無限に循環し続ける豊かさ。

 

 

日々の自由意志。

 

 

 

 

輝きの展開のみが起き続ける世界。

 

 

本当に望む人生を時間をかけずに一瞬で受け取れる世界。 

 

 

 

 

相手を自然と大切に愛おしく思える心情が互いに湧き上がって来る、

 

 

自身の生きていたい気持ちに繋がるような本当に大切な人(達)との優しい時間。

 

 

 

 

自分という存在として誕生して、今までの人生の軌跡を

 

 

歩めたことに対する満たされた感覚の積み重ね。 

 

 

 

 

そんな喜びだけがある世界で生きるという設定を始めた。

 

 

 

 

こんなクライマックスみたいな雰囲気しかない人生や、

 

 

あまりにも優しすぎて綺麗すぎる世界の視点と意識にチューニングする

 

 

という行為自体に抵抗感を感じると思っていたが・・・。

 

 

 

 

思いのほか違和感が無いことに驚く。

 

 

 

 

彼女の存在と生き様の影響を受けて、

 

 

彼女が体現する世界観との一体化が始まったからか。

 

 

 

 

いつの間にか彼女と彼女の世界観は眩しすぎると

 

 

感じる意識や感覚も無くなってるし。

(寧ろ最も親しみを感じているくらいだ。)

 

 

 

 

しかし、改めて振り返ると・・・。

 

 

 

 

これで僕も変人街道まっしぐら。

 

 

 

 

進めば進むほど、溶け込めば溶け込むほど、

 

 

きっと今まで会ったことがある人達や、

 

 

常人的な視点を持つ者達との距離はどんどん離れていく。

 

 

 

 

まあ、別に良いけどな。

 

 

 

 

今は彼女の生き方のスタイルをコピーして、彼女と同じ目線を

 

 

自分の現実に再現すること以上の喜びは皆無に等しい。

 

 

 

 

お姉ちゃんと思い出をたくさん共有できる人生を送れるようになれるなら。

 

 

お姉ちゃんと親しくしている人達と関われるのなら。

 

 

 

 

奇人上等ってね。

 

 

 

 

そう、単に彼女の世界観に溶け込むことによって得られる

 

 

メリットを掴むためだけに行動しているわけじゃない。

 

 

 

 

これまでとは動機が違う。

 

 

 

 

お姉ちゃんとの思い出が積み重ねられていくような人生にしたいから、

 

 

お姉ちゃんと同様の目線で現実世界を見れるようにするんだ。

(それが結果的に彼女の生き方のスタイルのコピーに繋がるのだが。)

 

 

 

 

類は友を呼ぶと言われているように、目線や生き方が同調すれば、

 

 

必然的に時間を共有できる回数は増えていく。

 

 

 

 

彼女と同じ目線で生きれるようにするというのは、

 

 

最もシンプル且つ効果的な進め方と言えるだろう。

 

 

 

 

彼女の世界観の中で生きることを選ぶという意志表示を行い、

 

 

彼女の世界観の日常的な存在になるぐらい入り込むことができれば、

 

 

自身の中に本物の心優しい人格を形成することも理論上は可能だ。

 

 

 

 

彼女が醸し出している優しい雰囲気の影響に浸り続ければ、

 

 

人を舐めた接し方のような冷血な人間としての意識を

 

 

本物の優しい人格で上書きをすることができるはず。

 

 

 

 

これまで何度試みても改善できなかったが、今度こそ。

 

 

 

 

自身の力では無理でも、これなら行ける。

 

 

 

 

彼女の世界観の最深部まで進むために、

 

 

彼女が展開している活動に参加するだけでなく、

 

 

彼女が体現する事象の発展を協力していく味方にもなる。

 

 

 

 

その意図を持って生きていく過程で自分の心に光溢れる意識が

 

 

本格的に覚醒した時、お姉ちゃんが放っているような

 

 

喜びいっぱいの輝き溢れる感覚が人の心の中から

 

 

目覚めていく何かを自分でもやることになるだろう。

 

 

 

 

お茶会やトークライブを共に行う意志を伝えたけど、

 

 

初期の頃はともかく、いずれ一緒にやるだけでなく、

 

 

単独でやるべき時も訪れる。

 

 

 

 

分かち合いやサポートを通して新種の喜びの感覚や光溢れる意識が

 

 

より深まったり、定着したりするという話を聴いているからだ。

(彼女の世界観にさらに溶け込むためには分かち合いは必須。)

 

 

 

 

どこまでやれるか分からないが、

 

 

自力でシェアするという課題もクリアしなくてはいけない。

 

 

 

 

でも、良い機会か。

 

 

 

 

彼女の生き方のスタイルをコピーする上で、心の奥深くから自然と

 

 

湧き上がってくる純粋な喜びのエネルギーに完全に従順になり、

 

 

その喜びのエネルギーの滞りを無くすことは欠かせない。

 

 

 

 

過去への後悔、過去や自分への憎悪、未来への心配、

 

 

自己否定、自己卑下、罪悪感、遠慮、不自然な先入観などによって

 

 

大抵意識の底に埋もれてしまっている人の純度の高い喜びの感覚。

 

 

 

 

その全てと繋がることができていない状況は、

 

 

愛に満ちた人との縁、無限の豊かさの循環、

 

 

軽やか且つスムーズな輝きのみの展開を妨げる。

 

 

 

 

純粋な喜びのエネルギーの大きな滞り。

 

 

それはやはり自分の中にも存在している。

 

 

 

 

『等身大の彰君を見せてほしいな。』

 

 

『大きく見せる必要なんてないんだよ。』

 

 

『台本は大雑把なもので良くて、その時閃いたこととか・・・。』

 

 

『彰君がその瞬間感じていることを話すような講演が良いな。』
 

 

 

 

以前お姉ちゃんから言われた今も心に残っている言葉。

 

 

 

 

遂にこの伏線経験を辿る時が来たみたいだな。

 

 

 

 

パートナーシップに対する苦手意識やサウンドノベルのゲームを

 

 

制作している時の非常に心地良い時間のせいで、

 

 

本当は切望していたにも拘らず無理だと言い聞かせてきた。

 

 

 

 

このエネルギーや価値観の活かし方が分からないから、

 

 

無意識に抑え続けていたと言っても良いか。

 

 

 

 

ずっと持て余してきた情熱。

 

 

 

 

本当の本当はエンターテイメント制作で意図していることを

 

 

対面での言葉でも思い切り表現できて、それを喜んで迎え入れてくれるような

 

 

時間を過ごしたいという切実な願いが昔から自分の心の中にあった。

 

 

 

 

そして、このエネルギーはきっと僕という存在の根幹を成すもの。

 

 

 

 

だからだろう。

 

 

 

 

この経験を深く味わえたら、自分には欠けているものはなく、

 

 

自分にとって大事なものは既に全て在るから、

 

 

等身大の自分で大丈夫、完璧なんだっていう

 

 

揺るぎ無い安心感に繋がれるようなイメージがふと見えた。

 

 

 

 

自分で在るだけで望む人生や愛、豊かさ、喜びいっぱいの展開が

 

 

制限なく循環し続けるという感覚とも繋がれたような気がした。

 

 

 

 

こうなったら、もう輝きの流れは止まらなくなる。

 

 

 

 

自然と湧き上がってくる純粋な喜びのエネルギーの

 

 

大きな滞りを流せるチャンスは絶対に逃すべきじゃない。

 

 

 

 

自身の中から表舞台に出たい衝動が蘇って来るのを感じる。

 

 

 

 

今後のためにも肩慣らしをしておいた方が良さそうだな。

 

 

 

 

まずは自分の心に光溢れる意識をどんどん覚醒させていこう。 

 

 

 

 

あっ、ちなみに、今はこんなこともやっています。

http://ameblo.jp/refrain-against/

https://its-a-wonderful-life.themedia.jp/

https://darkness-of-the-mind.themedia.jp
 

 

 

 

興味があれば、覗いてみて下さい。

 

 

 

 

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