東北の国から
昨日、とっても嬉しい出来事がありました。
実家(宮城県仙台市)の姉と、久しぶりに電話で話をしたのです。
姉は2つ違いなのですが、私の一番の理解者であり、親友でもあります。
先日、姉より小包と手紙が届き、私がその手紙に返信をし、その際に絵本を送ったのですが、そのお礼で昨日メールがきたんです。私は即刻、折り返し電話をしてしまいました!
最近の姉の近況、家族の近況、実家で営む店の様子・・・・
色んなことを話しましたが、話す度、未だにホームシックになってしまいます。(笑)
私も旦那も、最近仕事で上達した日本語で、半分緊張した面持ちでしたが嬉しそうに、姉と話をしていました。
昨日の話でよく出てきた話が、うちの両親が営む店のことでした。
私が高校卒業までの間に知り合った仙台の仲間は皆知っていますが、私の両親は、宮城県仙台市青葉区の繁華街 国分町(コクブンチョウ)で、中華そば家を営んでいます。
シンプルに言えば、「ラーメン屋」なんですが、父のこだわりで「ラーメンと呼ぶな!」ということなので、中華そば屋、と人には言うようにしています。
東京に来てからも、事あるごとに人に宣伝していたので、このブログを読んでる人で知らない人はいないかもしれません。が、念のため、ちょっと紹介させてください★
(自分のブログっていいですね。好きなことが言えて。w)

【これがうちの店の外観です。ブログに書いてくださった方がいらっしゃったので、思わずパクってしまいました。】
私は、
「世界一好きな食べ物は?」
と訊かれたら、いつも答えは決まっています。
「うちの店の支那そばと餃子」
です。中学か高校か忘れましたが、「アドレス帳」ってありましたよね?
名前、住所、趣味とかランキングとか、年賀状の時期によく女の子が皆に「書いて!」って頼むやつ。
それによく「好きな食べ物は?」っていう項目があって、私は迷わず、
「うちの支那そばと餃子」
って答えてました。そして、今もそう答えてます。それぐらい、大好きです。
↓こんな感じです。↓
もう写真見てるだけで、私なんかはよだれ出てきてますからね、今。(笑)
餃子の写真は今ありませんので、食べたい人は、仙台へ(笑)!!!!

仙台は、ビジネスでも行く人は少ないかもしれませんが、両親が長年守ってきた味なので、是非、多くの皆さんに食べて欲しいな!と思います。ちゃっかり、住所や電話番号も載せちゃいますね。
住所: 〒980-0803 宮城県仙台市青葉区国分町2丁目11-11
電話: 022-265-9851
地図: 地図
正直、私は、今の仕事よりも、うちの店を守っていく方に熱意がいっているのですが、お客さんありきなので、仙台へ行く際は、是非、お立ち寄りください!!!!損はしないですから!!
仙台もいいところなので、ついでに観光でゆっくりしてきてくださいな♪♪
実家(宮城県仙台市)の姉と、久しぶりに電話で話をしたのです。
姉は2つ違いなのですが、私の一番の理解者であり、親友でもあります。
先日、姉より小包と手紙が届き、私がその手紙に返信をし、その際に絵本を送ったのですが、そのお礼で昨日メールがきたんです。私は即刻、折り返し電話をしてしまいました!
最近の姉の近況、家族の近況、実家で営む店の様子・・・・
色んなことを話しましたが、話す度、未だにホームシックになってしまいます。(笑)
私も旦那も、最近仕事で上達した日本語で、半分緊張した面持ちでしたが嬉しそうに、姉と話をしていました。
昨日の話でよく出てきた話が、うちの両親が営む店のことでした。
私が高校卒業までの間に知り合った仙台の仲間は皆知っていますが、私の両親は、宮城県仙台市青葉区の繁華街 国分町(コクブンチョウ)で、中華そば家を営んでいます。
シンプルに言えば、「ラーメン屋」なんですが、父のこだわりで「ラーメンと呼ぶな!」ということなので、中華そば屋、と人には言うようにしています。
東京に来てからも、事あるごとに人に宣伝していたので、このブログを読んでる人で知らない人はいないかもしれません。が、念のため、ちょっと紹介させてください★
(自分のブログっていいですね。好きなことが言えて。w)

【これがうちの店の外観です。ブログに書いてくださった方がいらっしゃったので、思わずパクってしまいました。】
私は、
「世界一好きな食べ物は?」
と訊かれたら、いつも答えは決まっています。
「うちの店の支那そばと餃子」
です。中学か高校か忘れましたが、「アドレス帳」ってありましたよね?
名前、住所、趣味とかランキングとか、年賀状の時期によく女の子が皆に「書いて!」って頼むやつ。
それによく「好きな食べ物は?」っていう項目があって、私は迷わず、
「うちの支那そばと餃子」
って答えてました。そして、今もそう答えてます。それぐらい、大好きです。
↓こんな感じです。↓
もう写真見てるだけで、私なんかはよだれ出てきてますからね、今。(笑)
餃子の写真は今ありませんので、食べたい人は、仙台へ(笑)!!!!

仙台は、ビジネスでも行く人は少ないかもしれませんが、両親が長年守ってきた味なので、是非、多くの皆さんに食べて欲しいな!と思います。ちゃっかり、住所や電話番号も載せちゃいますね。
住所: 〒980-0803 宮城県仙台市青葉区国分町2丁目11-11
電話: 022-265-9851
地図: 地図
正直、私は、今の仕事よりも、うちの店を守っていく方に熱意がいっているのですが、お客さんありきなので、仙台へ行く際は、是非、お立ち寄りください!!!!損はしないですから!!
仙台もいいところなので、ついでに観光でゆっくりしてきてくださいな♪♪
いいことしかアウトプットしない、という習慣。
最近、会社にいるとふと悲しくなる時があります。
どういう時に悲しくなるのかというと、他のスタッフの不平・不満、社員の悪口、お客様への文句が聞こえてきた時です。
業務中にそういうことを話している人が、社員の一部にいるのですが、周りへの影響も、その人達自身へもたらされる影響を考えても、全くいいことがありません。
むしろ、
「会社、仕事がつまらない」
「私たちは働いた分だけの報酬ももらえていない」
という思いだけが大きくなり、毎日はつまらないものになるだけです。
私が前の会社に勤めている時も、成績が思うように上がらず、口から出るのは、自分への劣等感に関すること、会社への不満ばかりでした。
結果、何が生まれたのか?何も生まれませんでした。
高いお金を払い、セミナーに参加したり、色んな食事会へ出向き、ポジティブな人の考えを聞き、自分の人生がもっと豊かになるよう、とにかく行動を起こすのみでした。
そこで感じたことは、「成功している人は、発言がポジティブである」ということ。
そういう習慣が幸せを引き寄せているのだな、と思いました。
毎日読んでいるあるメルマガに、こんなことが書いてありました。
下記に抜粋しますので、気晴らしに読んでみてください。
///////////
昨日は、文章を書くときに
【 いいことしか書かないと決める 】
ことをご提案しました。
というのも、「いいことしか書かない」と決めた瞬間、
なにかいいことを書くために
「いいこと探し」をしなければならなくなります。
するとアンテナが立ち、それまで見逃していた
「いいこと」がどんどん見つかるようになるのです。
■日々の「いいこと」の量自体は、以前と変化がないかも
しれません。
しかし、アンテナに引っかかってくる数が増えるので、
あたかも人生に「いいこと」が多くなったように
思えてくるのです。
そして実際、人生が豊かになってきます。
■昨日はこれについて、「書くこと」に限定して話を
しましたが、
じつは、話をする際も一緒。
【 口を開くときには、いい言葉しか発しない 】
と心に決め、徹底して実践していると、まったく同じ
現象が起きてきます。
■たとえば、みなさんのなかには朝礼でスピーチされる人も
あるでしょう。
また会議で発言する機会のある人、
あるいは同僚、もしくは社外の友達と飲みに行って
ざっくばらんに意見交換をしたり、
それはどんな機会でもいいのですが、
そういった場で話をするとき、
「いいこと」「いいもの」「いい人」「いい出来事」しか
口にしないようにするよう心がけてみて下さい。
■あれが不満だ、ここがイヤだと、不平ばかり口をつくのが
悲しいかな人間というものの習性ですが、
そんな、口に出しても何の役にも立たないマイナス要素は一切
封印して、「いいこと」しか言わないようにしていると、
これも文章を書くときと同様、
「いいことを言わなければ」
と、ネタを探すために、常にアンテナが立つように
なります。
■あしたの朝礼でいいことを話そう、
とアンテナを立てることで、
「いいこと」「いいもの」「いい人」「いい出来事」が
優先的に認識に乗ってくるようになってきます。
いいことが見つかったから人に話す、のでは
ないのですね。
それは順番が逆なのです。
■この点も文章を書くのと一緒で、いいことをアウトプットする
と決めたからこそ、
いいことがインプットされるようになる。
そして、入ってきたものは出す。
出すから、また入ってくる、
という「美しい循環」が回りはじめるのです。
■私がいま興味を持って学んでいる学問分野の一つに
脳科学があるのですが、
「いいことを書く」、「いいことを話す」ことは、
それに則っても妥当性、正当性のある成功方法のようです。
■いいことしかアウトプットしないと、いまここで
決めましょう。
決めた瞬間、いいものがインプットされるようになり、
結果として人生が心地よくなり、豊かになり、幸せに
なってきます。
///////////////
『適当教典』
久しぶりに読んだ本、これです。(笑)
ウケるでしょ。(笑)
友達から借りたんですが、内容は「適当」で、人生楽しくなっちゃいました。
でも、下ネタだらけなので、そういうネタを受け付けない方からは、大分批判を浴びそうな内容ですね、オススメできません。(笑)
この本は、皆さんご存知の高田純次が、一般の人達から寄せられた質問に、ひたすら適当に答えていくもの。
例えば、3~5歳ぐらいの子供が、
「おっぱいの中には何が入ってるの?」
という質問をすれば、高田さんは、
「おっぱいの中には、希望が入っているんだ」
といった具合です。(笑)
大体がこういう調子で進んでいくのですが、中には思わずメモをとりたくなってしまうような言葉もありましたよ。
私が感じたことですが、この本はただふざけたことを言ってるだけではなく、今まで下積み時代から苦労してやってきた高田純次さんが、なぜ今BIGになったのか、というのを象徴している内容にも思えます。
「もう俺はダメかもしれない・・・」とか、そんなマイナスは空気はこの本からは微塵も感じませんし、高田さんはこうやって、自分の人生を自分で楽しく考えて生きてきたから、今コメディアンとしても事務所の社長としても、成功されてるんだな、と感じます。
何も考えないで、とりあえず読んでみてください!
人生、何でもありだなーなんて思っちゃうと思いますよ。
![]() | 適当教典 (河出文庫) (2007/06) 高田 純次 商品詳細を見る |
ウケるでしょ。(笑)
友達から借りたんですが、内容は「適当」で、人生楽しくなっちゃいました。
でも、下ネタだらけなので、そういうネタを受け付けない方からは、大分批判を浴びそうな内容ですね、オススメできません。(笑)
この本は、皆さんご存知の高田純次が、一般の人達から寄せられた質問に、ひたすら適当に答えていくもの。
例えば、3~5歳ぐらいの子供が、
「おっぱいの中には何が入ってるの?」
という質問をすれば、高田さんは、
「おっぱいの中には、希望が入っているんだ」
といった具合です。(笑)
大体がこういう調子で進んでいくのですが、中には思わずメモをとりたくなってしまうような言葉もありましたよ。
私が感じたことですが、この本はただふざけたことを言ってるだけではなく、今まで下積み時代から苦労してやってきた高田純次さんが、なぜ今BIGになったのか、というのを象徴している内容にも思えます。
「もう俺はダメかもしれない・・・」とか、そんなマイナスは空気はこの本からは微塵も感じませんし、高田さんはこうやって、自分の人生を自分で楽しく考えて生きてきたから、今コメディアンとしても事務所の社長としても、成功されてるんだな、と感じます。
何も考えないで、とりあえず読んでみてください!
人生、何でもありだなーなんて思っちゃうと思いますよ。
「祈る」という習慣
おはようございま~す。
最近いい天気よかったのに、今日は雨ですね………
さてさて、いきなりですが、最近私はキリスト教徒の旦那を見て、起床前、就寝前にお祈りをしています。朝は時間がない場合は、夜だけですが。
神様への感謝の気持ちを言葉にし、1日を迎え、終えるわけですが、祈りを言葉にすることは、心にはとてもいいことだ、と感じています。
私が通っていた幼稚園はカトリック系だったので、「祈る」という行為には違和感はありません。
でも、一般的に無宗教の私達日本人には、「祈る」というのは、初詣でワンコインお賽銭を入れて行う、とても非日常的なものかと思います。
でも、最近祈りの時間を設けるようになった私の意見では、祈る時間が1日の中のどこかにあれば、それは思いをアウトプットするという意味で、すごいいい習慣ではないか、と感じます。
このブログと同じです。
いつも私達が神様へ感謝する内容ですが、とても小さなことです。
就寝前の祈りでは、例えばこんなことに感謝します。
・1日健康で元気に過ごせたこと
・無事帰宅できたこと
・1日いい天気に恵まれたこと
・美味しい食事ができたこと
・生きるための空気があること
こんなことです。
これを読んで、「コイツ頭おかしいのか?」と思った人もいるかもしれません。
ですが、こういう当たり前のことは日本以外の国では当たり前ではなかったりします。
例えば、私の旦那の祖国では、治安が悪く、帰り道で襲われ、命を落とすことがよくあるそうです。
日本はまだまだ安全なので考え難いですが、彼らは1日元気に無事で過ごせたことが、神様への感謝に値するのです。
そういう、小さなことにも感謝できるようになると、もっと毎日が楽しくなり、意味があるものになるんではないでしょうか。
(何かしらの勧誘、販売をする新興宗教を除き)神様というのは、正直誰でもいいか思います。
重要なのは、毎日起こる全てに感謝をすること、そして毎日素晴らしいもんだと感じることではないでしょーかー。
「祈り」という行為は、その上でも、感謝を言語化するという意味で、いい習慣になるかと。
暇なら皆さんもやってみてくださーい★
最近いい天気よかったのに、今日は雨ですね………
さてさて、いきなりですが、最近私はキリスト教徒の旦那を見て、起床前、就寝前にお祈りをしています。朝は時間がない場合は、夜だけですが。
神様への感謝の気持ちを言葉にし、1日を迎え、終えるわけですが、祈りを言葉にすることは、心にはとてもいいことだ、と感じています。
私が通っていた幼稚園はカトリック系だったので、「祈る」という行為には違和感はありません。
でも、一般的に無宗教の私達日本人には、「祈る」というのは、初詣でワンコインお賽銭を入れて行う、とても非日常的なものかと思います。
でも、最近祈りの時間を設けるようになった私の意見では、祈る時間が1日の中のどこかにあれば、それは思いをアウトプットするという意味で、すごいいい習慣ではないか、と感じます。
このブログと同じです。
いつも私達が神様へ感謝する内容ですが、とても小さなことです。
就寝前の祈りでは、例えばこんなことに感謝します。
・1日健康で元気に過ごせたこと
・無事帰宅できたこと
・1日いい天気に恵まれたこと
・美味しい食事ができたこと
・生きるための空気があること
こんなことです。
これを読んで、「コイツ頭おかしいのか?」と思った人もいるかもしれません。
ですが、こういう当たり前のことは日本以外の国では当たり前ではなかったりします。
例えば、私の旦那の祖国では、治安が悪く、帰り道で襲われ、命を落とすことがよくあるそうです。
日本はまだまだ安全なので考え難いですが、彼らは1日元気に無事で過ごせたことが、神様への感謝に値するのです。
そういう、小さなことにも感謝できるようになると、もっと毎日が楽しくなり、意味があるものになるんではないでしょうか。
(何かしらの勧誘、販売をする新興宗教を除き)神様というのは、正直誰でもいいか思います。
重要なのは、毎日起こる全てに感謝をすること、そして毎日素晴らしいもんだと感じることではないでしょーかー。
「祈り」という行為は、その上でも、感謝を言語化するという意味で、いい習慣になるかと。
暇なら皆さんもやってみてくださーい★
「みんなやってるよ」

おはようございます。いい天気で気持ちいいですね。
昨日、帰りの電車で、すごく恥ずかしい光景を目の当たりにしました。
中年男性が、優先席付近で携帯をいじっている若いスーツ姿の男性に、携帯の電源を切るよう注意。
若者は一旦は止めたのですが、数分してまたポケットから携帯を取り出し、また使い始めます。
おじさんはまた注意します。
すると若者は……………
「隣の人も携帯いじってますよ」と。
すかさずおじさんは応戦。
「君、ここに優先席付近では携帯電源切るように書いてあるだろ?読めないのか?隣の人が使ってるから自分も使うのか?」
若者は一言、
「はい、そうです。」
つまり、「電車の優先席付近にしてある注意のラベルは関係なく、自分の隣にいる人も携帯いじってるから、自分もいいだろ」と言うんです。
おじさん、
「それじゃ幼稚園児以下だな。ちっ………」
以上。
その後、若者は窓に反射したおじさんの姿を睨みつけながら、自分が降りる駅まで舌打ちしながら行くわけです。
若気のいたりだな、と感じましたが、猛烈に恥ずかしくなりました。
「みんなやってるから、自分もやる」
という感覚は日本的な考え方だな、って思います。
ある有名な話で、日本人を説得する上で一番有効な言葉は、
「みんなやってますよ」。
米国人へ効く言葉は、
「これをすればヒーローになれますよ」
だそうです。
私の意見では、電車内でペースメーカーをつけてる人がいるかなんてわかりませんが、ルールはルールなので、そこは守らない人が注意されたら、それはルール違反した人の落ち度だと思います。
「みんなやってますよ」
は言い訳にならないかと。。。
日本人はそういう自分で自覚を持って判断できる人が少ない、と感じました。
せめて、大人として、自分の意見を持って自覚ある行動をしたいですね。
さぁ、駅着きました。
今日も1日頑張ろう。
