《白夜の向日葵》 -2ページ目

《白夜の向日葵》

I'll face her 24/7.
That's like "a sunflower in white night".

「人の気持ちは否定するな」


これはぼくが信条としていることなんですが、理由が2つあります。


1つは人によって感じ取り方が違うためにその否定が論理的でないから。


一人ひとりが触れてきた経験、育ってきた環境が違うために同じものを与えられた時の反応は違うし、同じことを口にしようとも微妙に違う。


だから「みんなこう思ってるはずだ」みたいなのは好きじゃない、データを一つの側面からしか捉えられない発言に他ならない。


もう1つは論理的でない故に否定されて単に腹が立つから。


あくまであなたの中の「違う」であって、賛同者を増やすごとに「同レベル」を作り出してるだけだと気づいてほしい。


だからぼくは気持ちそのものを否定しないし、誰かの人を否定する発言を見て同じような気持ちになっても、一旦「なぜそんな気持ちになったのか」を考える。


共感できなくても「なぜそんな気持ちになったのか」を考える。



さて、前置きはこのくらいにして。


こんな前置きを書いたのは、

これから書く気持ちのほとんどが理解されないものだと思っているから保険をかけただけです。


悲しいことを言うと、理解されないと思う。


部分的にでも理解してくれる人がいたら嬉しいけど、ブログに書く以上はあくまで自分が思っていることを綴っているだけなので、理解されなくてもいいと思いながら書きます。


読んで気分が悪くなる人も中にはいると思う。


だから最初に断りを入れた上で謝っておきます。


申し訳ありません。



本題。


今回、金曜、土曜、日曜の各1公演計3公演の朗読活劇がありました。


ぼくの最推し、相良茉優さんが出演する朗読活劇です。


声や歌声、ダンス以外で動き、表情、掛け合いを見せる有観客イベントは、本人にとっては初の仕事でした。



金曜は個人的な事情ですが、発表時から参加する選択肢はありませんでした。


勤務日、有給使用不可の時期の上、転職引越しの及び今後今までの水準でイベントに参加する環境に飛び込む見積もりがその期間で立たなかったからです。


未だ動いていない俺が悪い。


そこは他の人が何を言おうと自分の中で納得できる水準での選択なので説明の上置いておきます。



土曜、日曜参加する予定でチケットを購入しました。


今回参加したのは日曜だけです。


土曜のチケットは同担に譲渡しました(連番枠なので)。


理由は「生活費が底を突き破ったから」です。


冷静になれば理由としては当たり前だけど「そんなこと」で推しの初舞台を見届ける機会を手放した自分が腹立たしくてならない。


終演後にずっとそう思うほどまでに、


相良茉優さんの演技は素晴らしかった。


当初土曜日は宇都宮にプラオレ!のお渡し会に1部だけ参加してすぐ秋葉原に戻る予定でしたが、予約購入していて2部に追加費用がかからないためにお渡し会の2部に参加しました。


この話は一旦置いておきます。



今回の朗読活劇は先に述べたとおり、相良茉優さんにとって初の挑戦。


写真集の感想で本人に「いろんな表情出せるようになったよね」と伝え、「舞台や朗読劇で感情演技しているところを見たいって伝えたかった」と後から伝えた手前、どうしても行きたいと本当に楽しみにしていた朗読活劇でした。


ただ、やはり初めての仕事。


「合うだろう」というぼくの感覚と「本人の今までの経験」とはまた別で。


冷静に考えていて「今までにそういう仕事をしてきていないから、できる範囲は限られているだろう、多くは望まないように最低限すべきことができていたらそれで十分だろう」とたかを括っていました。


今になって思えば、勝手に期待して自分が傷つきたくなかっただけなんだろうなと思います。



結果見せられたのはなんだったんだろうか。


思い描いていた最大限の出来を遥かに超える非の打ち所がない素晴らしい演技でした。


本当に朗読活劇は "初めてなんだろうか。


いくら養成所時代に感情演技の練習があったとしても(代ゼミとかはあるからたぶんある)、仕事としてそれを磨く機会はなかったはずだった。


その役の声を作れていたら、掛け合いができていたらそれで十分だろう。


噛んでも気にせずすぐ持ち直せたら問題ないだろう。


そんなもんじゃなかった。


そこを当たり前のようにやり遂げた上で、


語り・張扇の使い方、


セリフ中の表情、


共演者の語りに合わせた表情、


セリフ前後の息遣い、


場面に合った声の出し方、


全てが自分の想定の遥か上だった。



語り・張扇の使い方。


通常の読み聞かせと異なり緊迫したシーンを演出する必要がある今回の朗読活劇では、講談と同じく普段以上の緩急と張扇を使ったテンポ作り、転換が必要だったのに対し、全てできている。



セリフ中の表情。


朗読活劇が朗読である以上、「台本を読めばいい」ところを玉の役で緊迫したシーンが特に印象的だが、セリフ中に台本に目を落としていない、あくまで観客の方向に物語の対象を浮かべ喋っている。



共演者の語りに合わせた表情。


自分が声を発していないときに「どう動くのが自然か」を理解した上での動きをしている、語りの内容とシンクロした演技をしている。



セリフ前後の息遣い。


普段収録では余程のことがない限り入れない、「通常ならばノイズにしかならない、磨かない部分」のはずである息遣い、完全に必要な箇所で意図的に乗せている。



場面に合った声の出し方。


首元に槍を突きつけられたとき、目の前で娘が息を引き取ったとき、自らが息を引き取るとき、今までやったことないような場面の声をこなしている。



これら全てが、


「通常アニメーションのアフレコやナレーションというステレオタイプ的な意味での "声優に必要のないスキル」

もしくは

「今まで相良茉優さんが仕事で磨くことのなかったスキル」


であって、


それを数週間前に「初めてだからどうやって練習したらいいかわからない、覚えられない」と発言していた本人が、


他の仕事や自分の番組など立て込んでいて自分の趣味の時間も作りながら生活している中、


僅か数週間でそのどれもを非の打ち所のない演技として本番で披露してみせたことが、


例える言葉を探してもどれも役不足なほど、


声優・相良茉優はこんなにもすごいんだとぼくに突きつけるには十分だった。



特に目を見張ったのは信長が本能寺で立ち回る際の語りと冒頭、玉の役での演技だった。


「ぼくが知っている相良茉優」がどこにもいない。


本能寺の語りは先述のとおりで割愛するが玉の演技。


目を見張る、息を呑む、

そんな慣用句があったが使い所としては十分だろう。


セリフを聴きながらどこか懐かしい気持ちになったが、今までそんな役をしている姿を見たことはない。


自分が思い描いていた


「こんな役が似合いそう」


「こんな演技が映えそう」


そのものが伝えもせずそこに現れた、意図しない解釈一致に他ならない。


『解釈一致』とは今まで見聞きしたものから外れない範囲からくるものだからこそ、

そんなレベルのものじゃなかった。


ぼくがただ独りいつかみたいと心に秘めていた相良茉優の姿そのものだった。



この言葉を、


この気持ちを、


終演後にすぐに周りの同担と語れなかったのは自分の不甲斐なさと後ろめたさのせい。


たぶん演技が「想定の範囲内」だったらこんなことは思ってなかっただろうし、「そうであってほしかった」と考えそうになる自分もいる。


悔しかった。


土曜に行くのをやめた理由にも理由はあるがそこはぼくのぼくに課した最低限のルールになると、気にしてほしくないところだから割愛。


「想定の最大限を遥かに超えるもの」


を推しに持ってこられて


「自分で課したルールの最低限しか守れていない」


自分に恥じている。


推しはこんなにも頑張っているのに自分はなんでこんなにも情けないのかと。


言い訳するぐらいならとどうしてそうなったか、どうすれば回避できたかを考えている。


何をのうのうと私生活含め他で贅沢しているのかと。



と、そんな気持ちになるほどに心が満たされた公演でした。


今後そこまで感じる機会はほとんどないと思います。


本当に素敵な時間だった。



自分勝手で自分基準の、あくまで自分に対しての気持ちなので、そこだけ理解してほしいです。


「当たり前じゃないから、お仕事で返していきたい」


と言い、その姿を存分に見せてくれた推しに対して応えないのは不義理この上ないので、もっと何かできることを増やしていきながら自分なりの応援を続けていきたい。


そんな気持ちです。


誰かに自己満と言われるならせめて、自分を満足させられるぐらいにはやりたい。


まだ足りない。


与えられるものがそれほど大きい。


誰に表明するわけでもなく、自分の気持ちの記録として遺しておきます。



大好きだからこそ、この気持ちは忘れずにいたい。


応援してきて良かった。


これに尽きる。

人にとって馬鹿馬鹿しいと思われそうなこと、思われることほど自分にとっては大切で、適当に笑って誤魔化して、ある程度正確に答えるけどその根拠となる核心には触れない。


お互い本音を吐ける場所がないのは辛いことですよね。


いつか誰かが「人に隠してそうで隠してないように見える」と言ってたけど、たぶんお互い様で、ぼくは何も知らないし相手から漏れ出した程度のことしか知らないし、それが本音なのかもわからない。




ぼくが今の推しに注目し始めて3年と11ヶ月、初めて対面してから2年と8ヶ月が経過しました。


3年目のジンクスというのは割とどこにでも当てはまることで、それは転職であったり、恋仲の別れであったり、推し変であったりと、決まった理由やきっかけなんか無くて単純に数字が顕著に出てるからなんだろうなと思います。


記事に書いたか手紙に書いたか何に書いたか覚えてないですけど、ファン層が変わったなって話もしました。


当時28人いた同担たちも今は4、5人くらい。


元々いた人たちも今いる人たちも他のイベントにもたくさん参加しているところを見ると、自分の楽しみ方が他の人のそれとは違うんじゃないかなって思えてくる。


人それぞれだから正解不正解の話じゃないですが、大きく外れてるんだろうなと。


その人たちが推しを現地にまで足を運んで推す理由がわからなくて、何かしらをきっかけに他の声優のイベントに足を運ぶなど真似事をしてみるも、楽しく感じつつもどこかぽっかり穴が空いたような感覚に悩まされる。


ぼくがたびたび言う「こういうところが好き」という話に当時みんな首を縦に振って、あるいは「その上でこうしているところが好き」と口を弾ませて楽しんでいたそれはたぶん嘘じゃない。


他によりリソースを割きたくなる好きなものができたか、あるいは「こう思ってたけど違った、変わっていった」のどちらかだと思う。




声優アーティストやTwitterでバズった声優などを除いて、声優を推し始めるきっかけの大半はアニメ等のコンテンツがきっかけだと思う。


かく言うぼくもそう。


好きな作品のキャラクターの声を演じている、好きなキャラクターの声を演じている。


画面の向こうの隠れた裏方が、あまりにも人間臭く共感を煽ってきたかと思えば、数万人の前のステージの上に立ってファンを魅了する。


わかりやすい例を選んでみると、こんな感じなんだろうなと。


しかし、たとえば画面やステージに顔を出すのが1度切り、昨今のようにラジオや生放送、2.5次元ライブなんかがほぼ行われない、ほとんどキャラを通してかナレーションなどでしか存在がわからないような状況ならどうだろう。


今ほどの声優人気はないと思う。


そういうときに名前を出しながら「この声優さんが好き」と言える人が、"声優" が好きなんだろうなと思う。




そういう視点で見ても、ぼくは "声優" そのものに興味があるわけではない。


コンテンツが好きで、声優ブームに則ってたまたま声優という役職の個人に惹かれただけだと思う。


声優を推してる他の人が、なんか楽しそうだったからいろんな現場に参加してみた程度。


アニメラブライブ!にハマったときに同じ学科の後輩から「ライブ楽しいんで行ってみてくださいよ」と言われて「でもキャラが踊ってるわけじゃないんでしょ?」と答えつつ、押しに負けて行ったラブライブ4th LIVE。


「現場が楽しいから」って全く観てなかったアニメWUGを映画から2期まで布教されて行ったグリフェス。


「オタクみんな行くでしょ」ってノリで地元のオタクに誘われて行ったアニサマ2018。


"なんか楽しそうだったから" 行った伊波さん、逢田さんのソロイベント。


斉藤さんと久保さんは当時自分が行きたかったから行ったイベントだと思う。


声優だからじゃなくて、単純にかわいいとか曲が好きとか、そんなイメージだった気がする。


声優であることはあくまできっかけでしかなかったし、今もそう。


初めて自分で行こうと思って応募したお渡し会も、当時は「相手がファンが誰かもわからずに話すのに30秒、そのために関東まで出かけるのなんでだろう」と心なしか思ってた節はある。


しかしこの有様である。


最初の数十秒で人間性に惹かれ、人柄を好きになってしまったからこそ、こうしてたびたびイベントに向かってる。


冷静になったらたった数十秒話しただけで、画面の向こうで仕事してる人の姿を見ただけで、その人の何がわかるんだと思う。


あるのは「この人がこのときこうした」という事実のみで、「だからこの人はこういう人だ」とすぐには結びつかない。


3年追いかけてみてもそれは変わらない。


ただ、自身がレッテル貼りを嫌いつつ、人の言葉や行動を個別に評価しても人そのものを決めつけたくない性格のくせに、「ファンを大切にする推しが好き」という勝手で抽象的で偶像的な気持ちを3年変わらず芯に置いているのはなぜなんだろうと。


推しが、昔アイドルにそうされて嬉しかったからとか、今までそうしてきて自分のためにもファンのためにもなったからとか、少なからずそういう理由で「ファンを大切にする言動」を続けてるところはあるんだろうなと思う。


ただぼくがそう思っていることを裏切られたくないから、口癖のように「ファンを大切にするところが好き」と言ってるだけで、勝手に求めてる水準に届いてないもあるし、そんなときは「やろうとしてるけど抜けることだってある」なんて、自分に対して言い訳しかしない。




嫌われたくないからって否定する線を消そうとしてるだけの弱虫なんですよね。


追いかけているうちに他の声優を前線で追っているオタクたちと関わるようになって何度言われたことか。


「他界して他のところに行った方が幸せになれますよ」なんて。


ヘラヘラしながら「そうかもしれんね笑 でも——」って続けて理由を探してるフリをして当たり障りない言葉返してその場限りの納得をさせて。


いや、そもそも "そう" じゃないんだ。


そんな理由なら「最初から売れてる声優に行く」「ファンサがいいところに移っていく」「地下アイドルを推す」「彼女を作る」そんな風にするんだわ。


大切なものが違うんだ、だから何一つ響かない。


善意かもしれないけど、ただ聞くの辛いだけなんだ。


「でも」


"でも" じゃないんだ、価値観の違いを納得し切れないまま自分に当てはめないでくれ。


『私は あなた ではない』


俺だって日常が満ち足りていよう周りの人たちが決して安くない趣味にそこまで時間と金をかけられるのはわからないんだ。


わからないけど、それを否定するつもりは毛頭ない。


友達であれ恋人であれ親戚であれ、好きな人を堕とされてその理由に納得ができて情報として仕入れることができようとも、それを感情が理解することとは違うだろう。


わかったようなことを


と思いつつも、推しに対して "わかったようなこと" しか言っていないぼくは同じように無意識のうちに傷つけてないかなとか、思わなくもない。


これだから思ったことを口になんてしたくない。


だからあらゆるオタクに「生きづらそう」なんて後ろ指差されてんのウケる。




声優の話に戻そう。


ぼくがたびたび "声優" としての仕事をしてほしい、と言うのは前述のとおり "声優" そのものに興味があるわけではなく、ただ好きな人が周りの声優オタクに声優として批判されるのが嫌だからという理由に他ならない。


もちろん興味がないわけではない。


新しくメインを張るアニメが出たらそれだけで見たいし、舞台(はちょっと声優から離れるか)や朗読劇なんかでどんな風に表現するのか見てみたい。


この間のMEET 門脇の動画も、たまにキャラ貼り付いてるなと思いつつも、声の温度(表情とはまた別の、適切な表現が見つからないから "温度" と表します)を感じられて良かったなとも感じている。


接近イベントでもいい、声優ユニットライブでもいい、ただいろんなところで活躍してほしいと思う中で "声優" の話をしたのも、


「ラブライブ!声優やってたら不自由なく生活できる程度稼げるだろうし他で頑張る必要ないから自己トレとかしないでしょ。僕だってしないですよ」


「Discordでコミュニティあって毎月安定した収入入ってくるんだから、声の仕事する必要ないでしょ」


とか、言われるから。


気にしなければいい話なんですけどね。


そんな自分が嫌だなんて勝手な気持ちで、「どういう風に活躍してほしい」自体が全て勝手な気持ちではあるけども「それが見たい」が本意ではないくせに、


「"声優" としての仕事をしてほしい」


なんて勝手極まりない。


他のオタクより稼ぎに貢献しているわけでもない、消費者の端くれなのによくそんなことが言えるなと。


コスパ悪いファンであることを自覚して嫌になる。


ボイトレ通ってるか自宅で頑張ってるかしてるよ、結果を出せばいいから「今日はこんなこと頑張ったよ」なんて言わないんだよと、自分に言い聞かせることしかできない。


「こんなこと頑張った」なんて言うとそれ相応の結果を求められるから言わない、だから言うとしてもほんの一部、軽く、「これだけ頑張ってみた」って出してみて、実際にはもう少し頑張っているのに言わずに、でも自分が必要だと思うほどは足りないからそう言って誤魔化す。


……というのはぼくのやり方だけども、人に値踏みされたくない人はやりがちかもしれない。




外部的な仕事であればどんな仕事でも喜ぶのに "声の仕事をしてほしい" と宣ったり、ファンを平等に大事にしてくれる推しが好きなくせに周りに嫉妬したり、周りの言葉は気にしなければいいと言うのに周りの声に敏感だったり、レッテル貼りやわかった風なこと言われるのが嫌なくせに推しについてわかった風なこと言ったり。


こんな自分に嫌気が差す。


それを、外から "あらぬこと" を言われたくないから「自分が弱いのが悪い」としか評したくないし、実際そう。


気持ちで飯が喰えるのかよ。


いっつも言い聞かせてる。


直接的な消費は最低限、広告宣伝効果は薄い。


ファンを数えられても名乗るなと、何度も言い聞かせる。




普段からこうではないし、むしろここまで文字にまとめて起こしたのは初めてではある。


見せたいとか見せたくないとかじゃなくて、よくある「人の目に触れる文字に起こして自分の気持ちを整理する」ことをしたかったんだと思う。


整理しないと自分でもわからなくなるほどぐちゃぐちゃに押し込めてたのかもしれない。




推しの何が好きかじゃなくて


推しが好きなんです。




で、


これを、


失礼を承知で言うが他の声優に当てはめて同じことを言えると思わないでほしい。


こんな小さいオタクにそんなキャパはない。

太陽を見失った向日葵はどこを向いて咲けばいいの。




ご無沙汰してます、もっきぃです。


タイトル、これと言って深い意味は全くなくて、『白夜の向日葵』とか『極夜の向日葵』とかそういうフレーズが好きなだけです。


ポエマーなので。




さてさて、今日はオタク特有の自分語り的なやつやります。


大半のオタクがTwitterとかブログとかのSNSやるの、商業的宣伝の意味なんかごく僅かで、言いたいこと言うためだけの掃き溜めであったり共感を得るための受信発信の場だったりするんですよね。


所謂ストレス発散と寂しさを紛らわせるためのものです、声優とか芸能人とかの「見せる職」じゃなけりゃ何やっててもそれに興味を持つか持たないか、それが人単位か発言単位か、それが人によって違うぐらいで。


引用して自分の意見を述べる人もいればわざわざ非難する人もいる。


いや後者は関わることのない人間になにわざわざ疲れてるんだろうとは思う。




いつもどおり前置きから長いんですが本題に。


今日は推し始めから今までの話です。


わざわざ書くのはなんでかって言うと、


最近寂しいからです。




ぼくが最初に気になり始めたのは虹ヶ咲のキャスト発表のときなんですけど、ぶっちゃけそのときビジュアルだけで言うと楠木さんかわいい〜だったんですよ。


まゆちに関しては「この子がかすみん(ぼく普段スクスタのあなたを意識して "かすみちゃん" って呼ぶんですけど時系列合わせるためにあえて "かすみん" って表現してます、面倒くさいオタクなので)のキャストか〜、推しのキャストだし気になるから適度に追ってみよ」って感じでした。


この後から公録だったりいろいろリアルイベントがあったんですけど、実は一切追ってないんですよね。


リアルイベントの、特にトークイベントのために、配信があるのになんでわざわざ高い交通費払って行くんだろうって。


まぁ普通小規模イベントって交通費って度外視されるものなんですけど。


当初本人Twitterやってなかったし、電撃組とかウルトラゲームスIMG決定戦とかたまに見るぐらいでめちゃくちゃ本気で追ってたわけじゃなかったんですよ。


ただ、初めて見たときよりは「ぁー、なんか楽しそうにする子だな、負けず嫌いなんだな、子どもっぽいんだな」っていうところが見えてきて気になってはきてたんですよね。


前述の理由でお台場のときランお披露目のときも干して少し前で言うニジガサキャー(結局公式に近い呼称なかったよね、ラブライバーとかサンシャイナーとかリエラーとかあるけど。いや全部ラブライバーで良くね?)最古参勢とはこの頃全く接点なかったんですよ。


そんなこんなで単純接触効果もあってか、あと惹かれる傾向にあるタイプが割とまゆちが大半満たしてたこともあって、何もないなりに徐々に気になりつつあって日々「Twitter開設はよ」って言ってたんですよね。


事あるごとに(なくても)言ってました。


なんなら2018年の4月1日にはエイプリルフールネタで言ってました。


そしたら2018年11月1日に開設したんですよね。




まぁテンション上がりまして。


毎回リプ送ってた気がする。


リプ欄見ていつも同じオタクいるなぁって楽しんでたり。


そのオタクの層や数が変わったことは前の記事とか手紙とかで書いたので割愛。




そんで12月7日、ぼくの28歳の誕生日なんですが全国TOKIMEKIリレー中須かすみお渡し会の当選メールが届いて。


ほぼ人生初のお渡し会だったからめちゃくちゃ緊張してたんですよね。かわいいオタクすぎる。


内容は「かすみんに一生懸命なとこが好き」とか「かすみんの声でこれ言ってください」とか(レギュなかったので頼めた)。






ファンじゃん。


自分なんだけども。


そんで終わった翌日、大学の後輩の楠木さん推しに「ぼくフラスタ出すわ」って言ったの今でも覚えてる。


そういえばずっとやってるなぁって。


増えるといいよね。




2019年3月30日開催のKMFまで3ヶ月という期間の中、TwiPla立てて、いつもどおり前置きが長すぎて、「30000字を超えています。字数を少なくしてください」とか出てくるからスクショして記事を画像化してとかやってたの懐かしい。


想い溢れすぎだろ。


しかも一番最初のフラスタ企画で「モチーフデコ(花で型作るやつ)」「協賛フラスタ」「イラスト依頼」「創作系直筆ショートメッセージ」「電飾」「アクキー企画」っていう、無名初挑戦の割にやりたいことのオンパレードで。


さすがに今その気概はない(かなり無茶した)。


今だから言うんですけど当初協賛者、初めての割に多くの方が協賛してくださってたんだけど、コスト掛かりすぎてでも他に出す人いなかったら「中須かすみちゃんのフラスタだけ他の子と比べて……」って思われるだろうし、推しの顔に泥塗りたくなかったから全部叶えるために同額ぐらい実費で出してたんですよね。


みなさんのお陰で今でこそそこまでやる必要はなくなりましたが。


ちなみに金額負担も全部自分でやれば多少グレード落としても集金や連絡がなくなる分だいぶ楽になるにはなるんですけど、当初からのコンセプトが「これだけの人がまゆちのために実費負担して応援している」っていうのを前面に押し出すのと「みんなで作り上げたもの」っていうのを本人が気に入ってくれそうなところ(これはFFFのコミュニティが答え合わせだと思ってる)を踏まえて「協賛」の形は変えないつもりです。




KMF本編は普通に良かった。


1曲目のシルエット見た瞬間に叫んだよね。


かわいいオタクだったらしい。


なおその叫び声がBDに収録されてしまったのは反省しかしてない。




さてここからだいぶ空くんですが(なんならフェスは行かなかったりで虹ヶ咲関連は9ヶ月後の1st Liveまで持越し)、次が2019年7月21日のこえずか×温泉むすめのトークショー。


ちなみにこの辺まで何もなかった期間何でモチベーション保ってたかと言うと


ルミカリ。


いやなかなかよかったですよ、

顔見えず声の表情だけで楽しそうに配信してたの。


その距離感。


この翌年6月に終了しましたが。


さてトークショーですね。


いやぼく、この日現場にいなかったんですよ。


抽選外したわけじゃなくて、イベントの発表前に身内のオタクから

「大阪に楠木さんのライブ観に行きません?」

って誘われてて車出すことにもなってたのと当初「トークイベントのために高い交通費を払って現地に行く」感覚が一切なかったからなんですよね。


で、なんでそんな行ってないイベントのこと書いたかと言うと、この日フラスタだけ贈ってるんですよ。


そしてこの頃、ラブライブ!関連じゃないコンテンツで相良茉優さんを推してる人、或いは温泉むすめで溢れんばかりのキャラがいる中で芦原小梅ちゃんを推してる人がどれだけいるか、

更に言えばその中でフラスタに協賛してくれる人がどれだけいるかって考えたらまぁそんなに多くはないわけで。


それを見越して協賛者を先着15名に絞ったんですよ。


公式のあわら温泉MAP風の協賛ボードを作ろうと踏んで。


募集したらあと2名、あと1名ぐらいのところで停滞して。


たしかこのときだったと思う、

「到達しなかったら企画倒します」

って言ったの。


そしたら期限ギリギリで他担のオタクが協賛してくれて。


それでなんとか贈れたフラスタだったんですよね。


今でこそたくさんの人が協賛してくれてるけど、当時は本当に保証なんてなくて、その数を自分の力不足で申し訳ないとさえ思って。


自責を感じるのは「協賛フラスタが1基のみの場合、その協賛者数がアクティブフォロワーの指標になる」と考えてるので、自分の人望で推しに迷惑かけたくないからです(だからMAP風にして "15名" の理由を作ったんですが)。


そんなこんなで出したフラスタ、このときたった2回目だけど初めてまゆちが写真撮って一緒に上げてくれてて。




それが嬉しくて楠木さんのライブの帰り運転してたんだけど事故りそうになったよね(同乗者ごめんの気持ち)。


割とこのときから心臓掴まれて離されない感覚だった。


後から考えると、ぼくが行かなかったから上げたのかもしれないとか考えてる。




そして2019年9月21日。


この日だけは一生忘れない。


スクフェス感謝祭2019初日。


運良く当選のみならず、最前を引いていた。


まぁたった1回お渡し会で会っただけのぼくのことを覚えてるわけもなかろうと思いつつ、若干の期待はしてまして。


パーカー内側のTシャツに「かすみんTシャツ(自作絵・アイコン)」着て気づいてもらおうと必死だったんだろうなと今なら思う。




内心そんなことあるわけとか思いつつ、ひさびさに距離僅か数mで見る推しは可愛くて。


スクスタの発表なのにボード見ずにまゆちの顔前傾姿勢でじーーーっと覗き込んでるんですよ。


そしたらめっちゃ目が合って。


ん???と思ったんですけどまゆち、そのまま何事もなかったように視線外しまして。


あっ、これがオタク特有の勘違いか〜〜〜恥ずかし〜〜〜とか思ってたんですよ。


と言いつつも、不自然な表情と目の合い方に期待をしないわけもなく。


同じように覗き込んでたらまた目が合って覗き込んできて、まゆちが自分の顔指差して「わたし?わたし?」って口パクしてきたんです。


頭が混乱しつつも2回ほど頷いて。


そしたら「もっきぃさん?」って口パクで聞いてきて。


何を考えるまでもなく頭が3回ほど頷いてて。


そしたら満面の笑顔で手ぇ振ってきたんですよ。


思考回路が最短ルートで感情より先に理解して手を振りかえして、そこから頭抱えて俯きました。


これだけでお腹いっぱいなんですけどあと3回ありまして(?)


トークテーマがRTキャンペーンか何かでアクリルスタンドとかiPadとか当たる企画の話になったときのこと。


まゆち「A賞当たった人いる!?A賞!?さすがにいないかぁ」


ぼく、胸の前で手で "D" を作る(なおAmazonギフトカード賞)。


前田さん「まぁA賞だもんね〜。あっ!(カンペ見る)D賞?D賞当たった?えっすごーい😆👏」


まゆち「あっ。D賞すごーい👏(なぜか棒)」


あとは最後の挨拶のときに推しの名前呼んだら「ありがとうございま〜す笑」って前向いて言ったあとこっち向いて苦笑いしてきたっていうのが2回。


トークイベントって「推しとトークするイベント」ではないんだけれどもこの日は会話してました。


『トークは接近』という言葉が生まれたのもこの日です。




そして2ヶ月後、怒涛のイベントラッシュ(前述のとおり相良茉優さんのイベントは少ないので当社比というやつ)。


2019年11月15日、アニソン!プレミアム!Fes.。


心優しい友人が連番枠に入れてくれて、なんとか参加することができたイベント。


目的はアニプレ!Stars☆(後のPrima Porta)一択。


前から12列目、毎回最前というわけもなく、まぁそわそわしながら登場を待って。


ようやく現れた5人はNHK向けに無難に綺麗な衣装を纏ってステージ端の席に座って話してた。


少し余裕を持とうという雰囲気と若干の緊張を表情から感じ、まぁ前座とまでは言わんけどそれを目的に来る人って少ないわなと思いつつ。


ステージに5人それぞれ横並びで間隔空けて立った後に、まゆちの方を見ると2階席の方見て手を振ってて。


「へぇ、まゆちの推しいたんだ……ここまで観に来てたんだ……」って思いながら、少し嫉妬したのを覚えてる。


双眼鏡片手に「もしかしたら手を振ったら気づいてくれるんじゃないか」という軽い気持ちで、まゆちを見ながら小さく横に手を振ってみる。


そしたらこっちに気づいたのか、さっきまでは見せなかった満面の笑顔でこっちに手を振ってくる。


さすがに頭を抱えたし、隣のオタクに「もう帰っていい?」って聞いた(帰らなかった)。


もしかしたらさっきまで空に手を振ってたんじゃないかとか、自分のファンが来てくれたのって声優にとって相当嬉しいことなんじゃないかとか、そんなことを考えながら初披露の『☆トリルで始まっちゃう!』を聴きながら楽しんだ。




そして2019年11月17日。


Kleissis Resonance〜with 温泉むすめ。


Kleissisと温泉むすめの2マンライブ。


そもそもKleissisも温泉むすめも知らないぼく、推しがいるから行ってみていろいろ曲聴けたらいいなぁのノリ。


第1部はスタンディング(4列目以降オルスタ)、第2部は席あり最前を引き、スク感の再来に胸を躍らせてた。


のも束の間。


「そろそろまゆちの推しも増えてきたことだろうし、ぼくが知らないところでフラワースタンド出してるだろう」


ちょうどそんなことを考え始めてた時期。


会場建物内に入ってみるとそこにはKleissis、小原さん、澤田さんのフラワースタンドがずらりと。


「今日はKleissisのライブにお邪魔する形だから温泉むすめのフラスタはないだろう」


「フォロワー数からして、他2人のフラスタがあればまゆちのフラスタもあるだろう」


2回見た。


まゆちのフラスタはどこにもなかった。


1部の内容は細かく覚えてない。


曲が楽しかったことだけ覚えてる。


(ぁ、でもAnother Sky Resonanceの落ちサビもっちゃんパートで両膝ついて上半身全体使ってケチャしてたまゆち見てくっっっっっそ笑ったことは覚えてる)


1部終了後、「なんでフラスタがないかって、他にファンがいないからだよ……」ってそのころ一緒にいた同担に、自分の不甲斐なさにキレながら話し、近くに花屋がないかを調べてなけなしのお金を払ってプリザーブドフラワーを購入、みんなにメッセージ書いてもらってプレゼントBOX(今思えば懐かしい響きですよね)の中に投入。




そして2部会場入り。


——の前に物販コーナーで物販スタッフ(バイトじゃない温むすのスタッフらしい)に「お兄ちゃんそのTシャツ芦原小梅ちゃんですよね!」「相良茉優ちゃん水色のタオル振りますよ!」と気さくに声をかけられたので気持ちよくなって「買うか〜」ってなって水色のタオルを購入。


満を辞して入場、"最前上手" 。


「さいぜんじょうず」じゃなくて「さいぜんかみて」です。「さいぜんじょうず」になりたい。


1部はKleissisパート→温むすパート→合同だったのが2部は2グループの順番が入れ替わったらしく、温むすパート→Kleissisパート→合同の順に。


初っ端から青春サイダー。


「まゆちが振るらしい水色のタオル」を片手にそわそわしてたときにまゆちがイントロで掲げたのは


ピ ン ク 色 の タ オ ル 。


ちなみに水色振ってたのは澤田さん。


初手で澤田さんのことを知らないまま澤田さんのオタクの顔つきしながら真顔で水色のタオル振り回してました。


ちなみに1曲目終了後、さっきタオル売ってくれたお兄さんが小走りでぼくの席まできてピンク色のタオルを渡してくれました。


後でお代払おうと思ったら「お代はいいです、間違えちゃって本当に申し訳ありません」って言ってくださいました。感謝🙏


ちなみにこのピンク色のタオルで合同パートの最終盤面でブーストが掛かる。


さて置き、2曲ほど終わったところで自己紹介タイム。


1部では「こんなことも知らないなんて、温むす失格なんじゃないかしら。日頃からしっかり心がけていれば、説明しなくても理解できるはずよ」と、ホームページのサンプルボイスその1を披露してたため、同じものが来るだろうと、自作Tシャツを着たまま待機。



しかし、2部では「あん……っもうっ!仕方ないわね!私が手取り足取り徹底的に教えてあげるわ!覚悟しなさい♡」というサンプルボイスその2だったため、Tシャツは敢えなく真価を発揮せず。


ただそのセリフ直後、隣のオタク(連番者)が「はいっ!!」って返事、ぼくは「ありがとうございます!!」って返事してた。


そのときのまゆちのくそわろてる顔が今でも忘れられない。(地下現場?)


そして曲開始。


1部とセトリは同じだったため普通に楽しんでた。


『追伸、ありがとう』では隣のオタクと一緒に静かに涙流してた。


ちなみにその隣のオタク、トーク中にまゆちが水飲みに来たときぼくのTシャツ指差してレスもらってた。


水飲みながら「んー!」って目を見開いて「すごい!」みたいなリアクションするまゆちが可愛かった。


温むすの出番が終わって捌けるときに2人で前屈みになって手をちっさく振ると「ありがとう笑」って苦笑いしながら出て行くまゆち。直後2人で抱き合う。


Kleissisパートが終わり、いよいよ最後、合同パート。


『青春サイダー』。


ここでようやく、まゆちと同じ色のピンク色のタオルを振って盛り上がる。


すると1番後半のサビ4小節分、まゆちがぼくの目の前わずか1mの距離の壇上から顔を合わせながらタオルを振りまわし続けてくれた。


時間にしてわずか8秒。


お渡し会の会話時間より短い、しかしたしかにその8秒間、その青春は存在してた。


これが後に言う『8秒間の青春サイダー』である。


そんなこんなで、お花の後悔や飛び切りの想い出を抱え、複雑な心境で終演を迎えたKleissis Resonance〜Kleissis×温泉むすめ 2マンライブ〜。


と思いきや。



このツイート。

いや、「お花」って、飾られてなかったじゃん。

こっちは何もできてないのに、側から見てわからないのに、なんでそんな細かいところに触れてくれるの。

まゆちの顔に泥を塗ったことに対する申し訳なさでいっぱいなのに。

そんな1日だった。

そしてこの日、シクレ・フェス以外は必ずお花を贈ることを心に誓った。



ぼくがお花を贈り続けている理由はここにある。

たぶん、今なら「誰かがやってくれる」と思う。

よく見るファンを見ても、「この人ならやってくれそう」とか「この人は自分からみんなに声をかけそう」とか、信頼して思うことができる。

それをしないことが悪いわけではなくて、そういう雰囲気ができあがってきてることが素敵なことで。

この日を除いてぼくは最低限、フラスタに関しては防波堤の役割として、今までやってこれたんじゃないかなと思う。

目に見えるファンとして、まゆちにも共演者にも同担にも他担にも、「ファンはたしかにいる」ことを連名で示してこれたと思ってる。

今やそんな必要もなくなって。

お渡し会は高倍率、お話し会は600人超。

元々の「感謝と応援」を伝えることで精一杯になったぼくのフラスタ。

少し寂しくもありつつ、ホッとしてるのも正直なところ。

もし、まゆちが少しでも楽しみにしてくれているなら、これからも贈っていきたい。

なんならいろんな人が贈ってほしい。

変わったと、わかるのは目に見える結果だけでしか判断されなくて。

それはパフォーマンスも同じだし、花の数、お便りの数、プレゼントの数、Discordのサーバー登録者数、イベントの倍率もそう。

随分と立派になったけど、その立派たらしめてるのは本人の努力とそれに呼応するファン一人ひとりなわけで。

パフォーマンスは本人の努力が大半だけど、それ以下は全てファンが行動するかしないかであって。

言葉にしないと気持ちは届かない。

目に見える物がないと人には伝わらない。

Discordのサーバー登録者数、ほんの数日前は1,000人超えてて、今日は968人。

ライブ後の配信やお話し会効果はあってもそれが継続的なものかはその人次第で。

安心はしてるけど、無責任に信頼してるわけじゃなくて、以前と比較的という意味で、少なくともまゆちにはファンがいてこその声優(ここで声優と使ったのは肩書きが声優だからというだけです)だと思うからこそ、できる範囲でファンで支えていきたいなと。

それは商品の購入であっても、エールであっても、宣伝であっても、手紙・プレゼントであっても、お花であっても。

続くこと、増えることがあの子にとって何よりも嬉しいことだと思うから、ずっと、少しずつでも、そうなっていくといいなと思う。



長々と書いたけどこれで前編終了です。

ぼくの個人的な想い出が大半だけど、これによって何が言いたいかと言うと、あの子本当にファンに優しいんですよ。

もちろん本人がライブ後とかに話すように、ファンを大事にしていきたいという言葉に嘘偽りはないんですが、その実態がちゃんとあることを保証しますという意味です。

今でこそファンが増えてだいぶ減ったんですが、それで寂しさを感じる程度にはいろいろ与えてくれるんです。

そんなわけで、これからも相良茉優さんをどうぞよろしくお願いします。



あの子を独りにしないでほしい。

というのがぼくの我儘で切な願いです。
女性声優の結婚報告に敏感になってしまったみなさまこんばんは。

テレビの芸能ニュースにも取り上げられないのに、なんでこんなに一喜一憂するようになっちゃったんでしょうか。

そういえばもう少しで、昔の同級生から苗字変わった状態の年賀状や表が家族の連名式になった年賀状が届いたりする時期ですね。

ぼくは女性声優2人と女性アーティスト1人に年賀状を出しました。

この差はどこで生まれたんでしょうか。



さて、そんなこんなで2020年も終わりです。

タイトルにあるぼくの推し、相良茉優さんなんですが、気になり始めて3年、現場に足を運び始めて2年が経ちました。

Twitterを始める前から「Twitter垢開設はよ」とか言ってて、Twitter始めたらテンション上がって毎度のようにリプして、初めて接近イベントに行って落ちて、毎回のようにお花やプレゼント企画準備して、通うたびに新しい何かをもらってきて、いつのまにか自分の気持ちがうまく言い表せなくなって、時には喜んだり、時には落ち込んだり、時には前向きな意味でも後向きな意味でもファンをやめようかと思ったり。

そんなこんなしてたらこんなに時間が経っていました。

そんなこんなしてる内に、相良茉優さん目線で見える周りにいる人、ファンが大きく変わりました。

新しく相良茉優さんを推す人が単純に数として増えてきたのもそう、接近や配信企画であの子が認識し出してる部分もそう、逆に元々近くにいた人たちがいつの間にか一歩引いてたりいろんな別の道を進み始めたのもそう。

ぼくが肌で感じるレベルでわかるから、あの子はダイレクトにわかってるんじゃないかなと思う。

「いけません!茉優お嬢さま!」第1回放送で放った「推し変はあるものですから」という彼女の一言、それを思うとあの子には今のぼくはどう見えるんだろうとふと思う。



推し変って本当に仕方ないものだと思うんですよ。

結果としていなくなったファンがいたり、逆に最近になって増えてきたファンがいたり、これが推し変の結果やはじまり(推しがいなければ関係ないですが)ですし。

飽きたから、追えなくなってきたから、雰囲気に馴染めないから、自分が応援してる方向性と違うから、なかなか芽が出ないから、供給が少ないから、他の趣味ができたから、他に推してて楽しい人ができたから。

他界の原因ってたくさんあると思います。

ずっと応援し続けるのって難しいんですよ、自分の許容範囲で一定速度で供給を受け続けないといけないですし、それが「当たり前」になってしまった瞬間求めるのは「次」ですし。



「これからもずっと応援します」と、ぼく2回あの子に伝えてるんですけど、本当に呪いの言葉で、保証がないんですよ、家電の方が信用できます。

「一生○○推し!」って言ってたオタクのアイコンや@以下が変わることってよくあるじゃないですか。

だって趣味だし、そこに責任なんてないですし。

責任とか、推されてる側からしたらそんなん感じてほしくないですよ重いですし、楽しんでほしいのに苦しそうだって。

自分が素直に楽しいところにいけばいいんですよ。

そういえば演者からの「いつもありがとうね」は具体的な目的語のない呪いの言葉だってよく言われますが、「ずっと応援します」と「いつもありがとうね」って言葉の性質とてもよく似てますね。

継続性があるのに保証がないところが。



なのになんでそんなこと言ったかっていうと、1回目は感謝の意を込めて咄嗟に「当たり前だと思ってたから」で、2回目は推し続けることの難しさを考える中「心のどこかで沈んでるのを励ましたいからあえて」です。

1回目は昨年2月15日のぷりぽお渡し会の5周目です、たぶん一番楽しんでた時期の最後。

2回目は昨年9月22日の声パラお渡し会、虹ヶ咲2nd LIVEの直後です。

1回目は勢いなんですが、2回目は伝える内容まで考えに考えた上で言ったんです。

これ当時のツイートにも書いたんですが、本当は適当な話したり気になってること聞き出したり詰まってるところ自分目線で置き換えて指摘したりとかしたかったんですが、2nd LIVEの直後、いろんなところの意見見ながら他のオタクからの意見聞きながらずっと思ってたのが

「最悪の場合辞めるかもしれない」

だったんですよ。

いや、なんでそんなこと言うのかって感情になる気持ちわかるんですけど、本人が言及したとおり本当に精度高くエゴサしてるなら「気が滅入る」なんて軽い表現じゃ済まないですよ普通の心臓してたら。

あえて書かないですけど上の「最悪の場合〜」は "役を" とか "仕事を" とか言ってないですからね。

ちなみにぼくは1週間病み続けました、記憶に新しい人もいるんじゃないでしょうか。

失敗って怖いんですよ。ヘイト溜まりやすいから。ここぞとばかりに付け込む隙になるから。

いつ離れてもおかしくないですし、その瞬間は離れなくても導線に火が点くことだってありますし。

そんな中でぼくがかけられる言葉ってなんだろうって考えた結果が、嘘偽りない「自分が良かったと思う部分」で、「これからもずっと応援します」だったんです。

普段から他推しのオタクから彼女のウィークポイント聞いてる上それをよく理解できるからこそ、軽はずみにできてないところを「できてる」と言えないんですよね。

でもそれは彼女を全否定する理由にはならなくて、じゃあなんで自分が追ってるか考えたらちゃんとあったんですよね、理由が。

それが以前の「女性声優の "女性" の部分」であったり、意識して冷静に見て自分が「好き」だと思えるポイントだったりします。

能力・技量ばかりが全てじゃないんですよね。能力・技量は高めてほしいですが。

結局、継続的に優先的に推してきたぼくがかける言葉であの子に少しでも安心してほしかっただけなんです。

もっと言えたことありますし、もっと指摘できたこともあります。

でも、至福を肥すためにあの子を推してるわけではないし、直接的な指摘をあの局面でするわけにはいかなかったので。



さて、そんなぼくですが、去年の終わりごろに2度ファンを辞めかけてます。

なんでそんなこと書くのかって、大事なことには嘘つけない性格なので。

1度目はFFFできた頃です。

なんででしょうね、たぶん寂しくなったからです。

良いことなんですよ、本人の仕事が増えることって。

これ以上ないことだと思います。

今まででは考えられないような供給が急にドンッッッときて、嬉しい反面今までの時間ってなんだったんだろう?って少し思ったのは本音です。

ぁ、これぼくの身勝手なので事務所や彼女が悪いなんてことは一切ないです、念のため。

なんなら悪く言うつもりはないし、大成するためならたった一人のぼくなんて切り捨ててしまえぐらいの気持ちです。

ここからは、一番悪く穿った見方をした時の所感です。

FFF、ぼくからしたら一番悪いように例えるとバスターコールなんですよ。

今と比べて供給も仕事も少なく、なかなか直接声や居ることで応援の気持ちを届けられなかったころ、行けるところは可能な限り必ずと足を運んできて、みんなで一緒に楽しく応援したい、一人で推すのって長続きしないからモチベーションを保つためにも同じ気持ちの人が集まる場所を確保したい、そういう気持ちで「まゆちーむ」という非公式応援グループを運営し、それこそモチベーションの差で離れないよう誕生日やクリスマスのような有事の時だけ動かすようにしてきました。

それを包括して仕事としてできてしまうのが、FFFです。

銘打ってないですが、あれは、あの体は公式のファンクラブそのものです。

もうちーむも必要ないかなって思ったこともあります。

でも、それはぼくの勝手な解釈ですし、間違ってはないと思いますが、あの子の中で思い入れがあるのはおそらく間違いないので、それを辞めるのは本当に身勝手だなと思ったのでそれは考えないことにしました。

それを抜きにして、少しでもあの子の中で心の支えになるファンでいたいとは思っていたので、FFFの「トップダウンの基によるボトムアップ思考」がぼくの中で完全に「近すぎると思っちゃうかもだけどここまでは来ていいよ、でもここまでね」になっちゃったんです。

「裏面出題範囲外出しちゃったから裏面みんな全部丸にしとくね」になっちゃったんです。

RANK100になった翌日「RANK100まで経験値10倍アップキャンペーン」きたみたいな感じです。

でもこれ何が悪いかっていうと、経営上一番有効な手を打ってると理解しておきながら自分勝手にそれを寂しく思ってるユーザーが悪いんです。

だって不利益になり得ないもの。

なんなら推しが良い方向に向かってるもの。

気持ちはさて置き受け入れられないまでになるとそれはもう消費者でありファンじゃないですよ。

ファンって fanatic が語源ですし。

周りで推しが大成しつつあるオタクを何人も見てるので、彼らを思うと結果辞める理由にはなりませんでした。

言い換えたらまだスタートラインですしね、競技前にサポート辞めてどうするんだって話。



どちらかと言うと大きかったのは年末最後のFFF。

「この番組『相良茉優のFUN!FAN!FACTORY!』、「ファンと "楽しい" を一緒に作る工場」のような意味かなと考えていますが、ファンを大切にするまゆちは番組に限らず、ファンとどんなことをしたいですか?既にあるものから外れてもいいので、まゆちがやりたいことや理想の形を聞きたいです。」

この質問を取り上げてもらって返ってきた答えが完全に解釈一致で。

「自分がしたいことはもちろんだけど、みんながしたいことも一緒にやりたい。みんな平等に、みんなが楽しめる場所にしたい。月曜日をそういう日にしたい。新規古参はどうでもいい。新規の人も気軽に意見言えるような、そういう場所にしたい」

まんまなんですよ。

ぷりぽ1stで「みんなに楽しんでほしいし、私自身も楽しみたい、っていうか楽しい」と言っていたり、番組タイトルが『FUN!FAN!FACTORY!』だったり、彼女自身がアイドルを追いかけていてもらったものを含めて考えると彼女の根幹が「ファンと一緒に楽しみたい」であり、それは「ファンに私で楽しんでもらいたい」「ファンと一緒に私も楽しみたい」「ファン同士も私を通して楽しく過ごしてほしい」という先日放った答えそのものなんです。

それで、答えをわかってた上でその考えが正しかったと認識できたぼくがなんで「ファンを辞めようと思った」かというと、

わかってても彼女の理想のファンになれない、むしろ邪魔するかもしれないと思ったからです。

前述の通り、他推しのファンから彼女の冷静な評価やウィークポイントを聞かされている手前、手放しで受け取った全てを褒めることができないんです。

2つ理由があって、1つは単純に「推しに対して思ってもないことを口にしたくないから」。

ぼくが好きなポイントは冷静に見たときにちゃんと存在するので、そこに絞って伝わるように投げかけるようにしています。

もう1つは「界隈外から「相良推しは推しのことをちゃんと見ていない」と評価されたくないから」。

これに関してはぼくは防波堤になるつもりでそういう「手放しに褒めない」スタイルを貫いています、調べて聞いている上で自分に何ができるかを考えた結果なので。

でも、前述の彼女の理想を思うと、あの子がほしいのは「新規が入りやすい、そして居心地のいい環境」であって、それが何を表すかというと「混じり気のない素直な感想、特に楽しいという雰囲気がわかる感想、発信」であって。

未来のファンが「なんか楽しそう!」って思うきっかけみたいな存在であって。

それをぼくは上記2つの理由でできないんです。

それをするにはぼく自身が大きく変わらないといけないんですが、でも寂しくないですか?

他にいるいない関係なしに、自分のことをなるべくわかろうとして、その上で支えてくれる人の存在が一人減るのって。

だから変わることはできないし、それだとあの子の望む「ファン」の姿にはなれないし、古参(虹初期やアイメモ、青ガル勢を考えれば言うほどでもない)として邪魔するだけになるぐらいなら、本人のことを思うと辞めた方がいいかなって。



そう思ってたんです。



でも昨夜、1人のファン(名前伏せます)から、
「もっきぃさんみたいな人がいるから新規も歓迎される暖かい雰囲気があってファン同士が楽しく絡んでいけるから感謝してる」
という旨のメッセージをいただいて、自分の中で燻っていた悩みや不安が一気に消し飛びました。

正直泣きました()

そう在れるようにいたいなって思っていろいろやってきたので。

もちろん、中にはぼくのこと邪魔だなって思ってる人いるんじゃないかなって疑っていますし、そうならないようにはしていきたいなって思います。

ぼくがちーむの運営続けてる理由はそれですし、本人が楽しい場所を目指している以上、そこは細心の注意払いたいなって思います。

あくまで可能な限りですし、人は誰しも人を疎むものですし、ただそれが必要最低限にはしたいなって話。



そんな感じで、2020年下半期は自分の中で本当にいろいろ悩んだり立ち止まったり振り返ったりする期間でした。

こんな穿った考え方してるのぼくくらいなので、たぶん「面倒くさいなこいつ」って思ってると思います。

周りのみんなも運営側も。

表に出さないとわからないことありますし、ならせめてぼくは手放しで信頼して上裸になります。

みんなが気にしないところで一喜一憂する、まるで痛風のような脆い心を曝け出すのは仲良くしたい気持ちの現れと受け取っていただけると幸いです。

在ったことを無かったことにはできないので。



というわけで新年早々長ったらしい自分の気持ち整理のために握った筆を置きます。

他推しのみなさま、今年もいろいろよろしくお願いします、曇りない目は時に一番有効な課題提案になります。

同担改めさがらーのみなさま、こんなオタクですがよろしくお願いします、普段めちゃくちゃフランクなので適当に絡めたらいいなって思います、ってかイベントあったら打上げいこ。

2021年も楽しむぞ〜。

そういえばこれ、書き始めまだ2020年で年内に執筆終わる予定だったのに遅れた。

こんなやつです。

よろしくお願いします。

中須かすみちゃんみたいな女の子に心くすぐられたい人生だった。


どうも、もっきぃです。


どうして現実はこうも現実的なんでしょうか。




さて、先日『無敵級*ビリーバー』が発売されましたね。



①2019年10月9日

アニメーションPV付きシングル総選挙投票開始日


②2019年10月13日

アニメーションPV付きシングル総選挙中間発表


③2019年11月30日

アニメーションPV付きシングル総選挙結果発表


④2020年4月12日

『無敵級*ビリーバー』タイトル発表


⑤2020年6月9日

『無敵級*ビリーバー』試聴動画投稿


⑥2020年7月29日

『無敵級*ビリーバー』発売



戦いの火蓋が切られてからおよそ9ヶ月と3週間、


結果発表からおよそ8ヶ月という長い期間でした。


それに対して投票期間は2019年10月9日から同月23日というわずか15日という短い期間。


しかし、当然ながらキャラの人気が(言わずもがなキャストの人気も)影響する「投票」というシステムの性質上、戦いは最初のマンスリーランキングからずっと続いていたと言っても過言ではありません。


特にコンセプトのない『アニメーションPV付きシングル総選挙』。


そんな選挙で優勝した中須かすみちゃんはこの時期の1番人気だったのでしょうか?


今日は時系列順に④のタイトル発表までお話しします。


(⑤、⑥話したくて書き始めたのに書いてる途中前置き書きたくなって「ぁ、分けよ」って思いました)




①2019年10月9日

アニメーションPV付きシングル総選挙投票開始日


「かすみちゃんに1位を取らせてあげたい」

「また1位は取れないのかもしれない」


選挙について知った当初、思ったことはこの2つです。


おそらく他の大半のキャラのファンもそう思っていたと思いますが、そう思うに至る理由が今となってはなくなってしまった「マンスリーランキング」です。



※マンスリーランキングに関しては推しと一緒にキャラを応援できる、推しとファンが一体となった「1対1対1対1対1対1対1対1対1の競争コンテンツ」だと思っていて、毎日推しと一緒に投票しながら同じ方向を向いて楽しんでいたので、なくなったことは非常に寂しく思いますが、話が相当逸れるので割愛します。※



さて、ここで中須かすみのマンスリーランキングの順位遷移を見てみましょう。



2017年(7〜12月度)

3→7→4→4→4→4(平均4.3位)


2018年(1〜12月度)

6→4→3→3→2→4→7→4→4→1→3→6(平均3.9位)


2019年(1〜12月度)

6→7→6→5→6→4→6→6→6→4→3→7(平均5.5位)


平均4.6位

中央値4位(実は3年まとめると後半6位多いだけで6位じゃないです)



全30回中1位と2位が1回ずつ、8位9位は取ったことがない、4位前後が多いという「やや上の中位層」というのが9人の中の「中須かすみ」の立ち位置です。


しかし、今回の「シングル総選挙」の投票時期に絞ってみるとどうでしょう?


9ヶ月中6ヶ月が6位、更に言えば3ヶ月連続6位。


「また6位か」と自分も周りも嘆くような立ち位置でした。


スクスタや無敵級などの影響で今でこそ理解できますが、当時の頃に言われる「中須かすみは人気キャラだから」の意味が全くわかりませんでした。


たぶんぼくと違うものを見てるんだろうなって。



そんな中のシングル総選挙。


「絶対に1位にさせてやるぞ!!」


ではなく


「なったらいいのにな」


だったことが、少しでも知ってもらえると違う見え方になるかもしれません。



ぁ、マンスリーランキングのこと書いてますが前置きです、今回は「アニメーションPV付きシングル総選挙」の話です。




②2019年10月13日

アニメーションPV付きシングル総選挙中間発表


1位 優木せつ菜

2位 中須かすみ

3位 上原歩夢

4位 朝香果林

5位 近江彼方

6位 宮下愛

7位 天王寺璃奈

8位 桜坂しずく

9位 エマ・ヴェルデ



2018年5月度振りの2位。


2018年10月度振りの1位を、狙えるかもしれない立ち位置で内心沸沸と湧き上がるものがありました。


その逆、懸念すべき点が3点。


絶対的な人気を誇っていた「優木せつ菜の首位独走」。


2018年下期から人気を獲得していった「上原歩夢の追い上げ」。


一時の人気は落ちたもののなお底知れぬ人気を誇る「朝香果林の復帰」。


もちろん逆に、中須かすみがこの3人のファンからも脅威に思われていたかもしれません。



そしてこの「中間発表」というシステム。


ラブライブ!シリーズでは前からあって批判も少なくないこのシステム。


簡単に言うと、これなかったら最終結果が中間発表のものが保証されやすかったんです。


今回は感情的な話は置いておきます。


なにが言いたいかというと、これがあったから中須かすみが1位に輝き、これがなかったら中須かすみは1位にならなかったんです(相当な僅差で投票がブレない限り)。



めちゃくちゃ当たり前の話をしますが、中間発表を経たときの気持ちが

「このまま推しに投票し続けるぞ」

という人ばかりなら順位も得票差も変わりません。


中間発表を経て1位は望めないかもしれないとわかったキャラに投票する予定だった一部の人が今後の票を有効な票(有効票でなく)にするように中間上位層に投票するようになるから変わるんです。


元々推しが複数、例えば2人いて、交互に入れてた人が上位に残った方だけに入れるようになったり。


もちろん中間下位層だろうと最後まで一推しに入れる人もいますが、それはそれで無効票ではなくちゃんと票数増やす行為に違いないのでいいと思います。


じゃあ中間上位層に票数が集まるとしてそこで順位が変動する、要するに中間上位層の追加得票率に偏りが生じる原因はなんなのか。



それが「二推し」「曲推し」の存在です。


一推しが逆転1位を望めないから二推しに投票する、曲が好きなキャラに投票する。


後者は元々曲で投票してる可能性もありますが、そうでない場合は十分に順位変動の要因になり得ます。


そこでキャラ立ちが豊富でわかりやすく、曲も楽しめるものが揃う「中須かすみ」に追加票が比較的多く集まったんじゃないかなと思います。


実際の得票数がわからないので「正確に得票数1位だったのか」はわかりませんが、キリがないのと保証もない上、戦ってきた全ての相手に失礼なのでここでは議論しないことにします。



今まで話した通り、中間発表あるから順位変動が起きる、だから快く思わない人もいます。


ぼくでも中須かすみが中間1位で最終1位じゃなくなってたら「中間発表がなかったら」って思います。


ただ、「一推しに選ぶファンの数」以外でポイントを測ろうと思えば、先に述べた理由で中間発表は有効な手だとは思います。


元々強制2人投票にするという方法もありますが、1票を一推しのみ、もう1票を満遍なくとすれば2票目がより無効になるのであまり意味はありませんし。


投票1回制限にするとあの時期だと総票数が少なくなるのでできませんし。


まぁ中間発表自体は「二推し」「曲推し」を含めたポイント数で競えるから決して「順位をかき乱すためのもの」ではないと思いますって話です。



ただ投票期間15日中わずか4日で1回切りの中間発表をしたのは、まぁそういうことなんだろうと思いますしさすがに——。




③2019年11月30日

アニメーションPV付きシングル総選挙結果発表


中間発表で2位だった中須かすみが最終結果で1位に輝きました。


先ほど散々気にかかることを匂わせましたが、それでも単純に結果は大変嬉しかったです。


今までマンスリーランキングという選挙で一度しか1位を取ったことなかった中須かすみが1位を取ったから。


心の底では取れないと思っていた中須かすみが1位を勝ち取ったから。


2回目のマンスリーランキングからずっと投票してきた中須かすみが1位に輝いたから。


まゆちとファンと一緒に中須かすみを1位にしてあげられたから。



1位以外を「負け」と表現するなら、一度だけの勝ちを他所にずっと負け続けてきた中、一番取りたいところでようやく勝利を収めることができた。


「かすみんって人気だよね」という、素直に肯定できない言葉を周りから耳にしながら孤独に戦ってきた日々に、一握りの実感を得ることができたんです。


※ちなみにシングル総選挙と同時に投票を受け付けていたマンスリーランキング2019年10月度はなぜか4位でした、やはり曲推しという層がいるか普段マンスリーランキングに投票しない層が多いかどちらかあるみたいですね※




④2020年4月12日

『無敵級*ビリーバー』タイトル発表


前置きはこれぐらいにしましょう。


さて、タイトルが発表されました。


『無敵級*ビリーバー』。


「中須かすみの曲」として作られたこの曲に対してのこのタイトル。


どういう意味を含んでいるんでしょうか。


歌詞や映像を含めた紐解きは(後編)でやります。


素直に今まで見てきた中須かすみを基にタイトルを見て感じたこと、考えたことを書きます。



さて、「信じる者は救われる」と昔から言いますが、「自信」はかすみちゃんにとっての大きな武器です。


「かわいいだけは、絶対、負けるわけにはいかないから…!」。


ダイアモンドの「一番可愛いでしょ?だって最強!」という歌詞にも現れている通り、かすみちゃんの絶対的な自信である「私は一番可愛い」。


ビリーバーに込められた表立った意味はこれが全てです。


同好会メンバーの何人かは、それぞれ何かにおいて自信がありますが、性格はそれぞれ違う。


かすみちゃんの自信の裏づけってなんでしょう?


果林先輩やせつ菜先輩みたいに得意分野において「いじられない」ほどの強さはありません。


考えた可愛さもたびたび失敗します。


かすみちゃん本人も気づいてるんです。


「違うかも」と。


でも迷ってたらそれは発揮できない。


だから信じるんです。


だからビリーバーなんです。


だからみんなの前やステージでは泣かない、後ろを向かない、笑顔をみんなに向けるんです。


彼女が彼女を奮い立たせるための「自信」なんです。



では「無敵級」とはなにか。


もしかすみちゃんが陰で自分のことを振り返ったり、へこんだりしなかったら言い方は悪いですが彼女はただのおバカだったかもしれない。


ピエロで終わってしまう。


普段いじられるのになぜステージ上では可愛さを存分に振りまき、真価を発揮できるのか。


それは「彼女が自分の弱さを自覚しているから」です。


だからこそ、ステージ上では「それを見せまい」という意識を持ってライブに臨むことができる。


「弱さを自覚した自信は『無敵』」なんです。


そしてライブ中に後ろを振り向かず自分を信じ抜き、全力のパフォーマンスを発揮する姿勢こそが「無敵級*ビリーバー」なんです。



後はみんなに対する余談であり、しかしぼくのこのタイトルに感じた一番の想いです。


最初にお話しした通り、かすみちゃん実は2018年10月度のMRで一度1位を取ったきり、投票企画での1位は取っていませんでした。


後半なんて大体6位です。


上位層にも下位層にもなかなか現れませんでした。


シングル総選挙で1位を取るぐらい人気なんですけどね。


それだけ人気なのに、担当声優さんも9人の中では人気な方かというと、MRと同じような勢いです。


Twitterアカウント開設前からずっと推してました。


周りのかすみちゃん推し、まゆち推しもぼくと一緒にいつも言うんです。


「次こそは1位取りましょう」と。


2018年10月以来、ようやく取ることができました。


中の人もユニットの結成や生放送の獲得など、少しずつですが仕事が増えていっています。


こんなとき思うんです。


「あぁ、推してて良かったな」って。


実績があるから推すんじゃないんです。


好きだから、いつか花開くと思ってるから推すんです。


「信じてるから」推すんです。


誰から否定されようと、なかなか実らなかろうと。


言わんとすることはもう察しがつくと思いますが、多くの中須かすみ推しは『無敵級*ビリーバー』の正体に触れているんですよ。


勝つまで、成功するまで、実績が伴うまで信じて信じて信じ抜く。


何回負けようとも信じ続けて、いつか勝てば勝ちなんです。


実らない期間は負けじゃない、勝つそのときまでの布石です。


勝つまで戦えば勝てる、という言葉がありますがまさにその通りです。


そういったファンの姿こそが一つの『無敵級*ビリーバー』なんです。




と、考察でもなんでもない当たり障りのない想いを述べたところでどちらかというと心理的な面から見た『無敵級*ビリーバー』の紐解きをした前編は終わりです。


後編は中身を聴いて、観た上で気づいたこと、感じ取ったところを書きます。



「読んでもらうために書いてる」ようになってなくてごめんなさい。


「99%わからんけどこの部分だけわかる」とか「この部分だけは気付かされた」とかみたいなのが誰か一人にでもあったらいいなぐらいの気持ちで書いてるんで、「あっ、こいつはこういう風に思ってるんだ」ぐらいに流してください。


金魚のフンに負けず劣らずキレが悪く長いですが。


それでは。




ぁ、自分の好きなものくらいは信じたいですよね。