ファンである我々にとって関係あるようでまるで関係ないニュースが一部ファンを賑わせる今日この頃。
みなさんいかがお過ごしでしょうか。
今日、1人同じ現場に通っていたであろうオタクが他界しました。(同担ではないです)
他界そのものはどこにでもある話だろうと思いますが、そのオタクは「どんなに頑張っても手に届くものではないと確信したらもうやっていけないと思」ったと言っていました。
個人的には読んだ瞬間、「手に入れるために推していたのだろうか」と思いました(否定しているわけではありません)。
もちろん彼(?)も最初からそういうつもりで推していたわけではないでしょうし、直前までそんなつもりで推してなかったと思います。
自覚して推してたらもっと早くに他界してるはずだからです。
何かしら考えるきっかけがあり、それによって自分の潜在的な気持ちに気づいてしまったのでしょう。
さて、ぼくたちオタクの多くは20、30、40代だと思います(一部中高生もいますが)。
大半が中学・高校、一部学生生活を経験し、男女間の距離感や現実と理想との折り合いをつかんできた立派な成人、大人なわけですが、なぜあろうことか「芸能人にも似た立場の違いがある声優」を人として好きになってしまうのでしょうか。
ここの「好き」が「恋愛的なもの」かどうかは一旦置いておきます。
おかしいと思うのが普通なんだろうと思うから議題に挙げたわけですが、冷静に考えたらパーソナルスペースを共有して過ごす機会なんてお渡し会の数秒間しかないので、その人柄が好きだろうと嫌いだろうと関係ないですし、声の聴こえ方に全く影響ないんですよね。
事もあろうか、そのお渡し会などの接近が人柄を気にする一因、好きになる一因なんです。
たとえば殆どの芸能人は古くからの友人や行きつけのお店の人以外に殆どプライベートで一般人と関わる機会はないでしょう。
逆に言えば我々が意図的に接する機会はほぼありません。
つまり、我々が芸能人をテレビや会場内から遠目で眺めることはあっても、芸能人が我々を見ることはないんです。
それに対して声優はどうでしょう。
お便りに始まり、SNSの私的な使い方・事務所や番組を挟まない私生活の報告による距離感の錯覚、お渡し会での会話。
芸能人とはできない「交流」がいとも簡単にできてしまいます。
それだけならコンカフェや地下アイドル、キャバクラ、もっと言えば先に述べたような古くからの友人や行きつけのお店の人でいいでしょう。
なぜ「声優」なのか。
わかりやすく「好き」を「恋愛的なもの」に絞ります。
1つ、関係を1から作り上げるのに相当な体力と時間がいるから。
出会わないといけない。話題をつくらないといけない。部分的な成果さえわからないものにお金をかけ続けないといけない。
面倒くさいんです。
その点声優はどうでしょう。
話題があるからお渡し会も開かれますし、仕事だから簡単に言葉を返してくれます。
お金を出せば会いたい人に会えます。
2つ、憧れからの恋心という悪魔の変遷のため。
声優にある種の線引きをしてる人が陥りやすいパターンです。
コンカフェや地下アイドルが「すごい」かというと、倍率もそうですがそれ以前に業種的にそもそも別の話なので、このパターンには当てはまりません(まぁ行ったら落ちる人は落ちるんでしょうが)。
じゃあメジャーアイドルは?と言ったときにまぁほぼ同じなんですが、「アニメ等から入る声優」とは客層が違うのと、「この役の芸能人」や「このキャラの声優」という種類の偶像化が(ほぼ)ないので「憧れ」という対象とは外れます。
それに対して声優。
アニメを見る、声優さんを知る、ライブで憧れる、ラジオ・生放送・トークイベント等で人柄を知る、そして接近イベントで話す、回数を重ねる、話すことが当たり前化してくる。
好きにならない方がおかしいとは言いませんが、好きになること、人をプロセスとして否定できないんです。
なるならないは推し方や見方、見る側の性格によるのでまちまちですが。
だから声優なんです。
おかしいんですよ、テレビやゲームの中がメインの仕事(としときますね他にもたくさんありますが)の人とその距離感で接することが、というよりその距離感で接することができることが。
芸能人とか自分の人生に関わらない人ならどうでもいいと思うんですよ、みんな大人ですし、多少意外だなぁとか驚いたなぁとか悲しいなぁくらいで。
とあるオタクが言っていました、声優はずるいんですと。
アイドルじゃないから恋愛禁止とかそもそも言われるのがおかしいじゃないですかって言わせてしまえばその通りでなにも言えなくなると。
たくさんの人に声を届けてみんなに同じように笑顔を向けているのに、あくまでアイドルを求められるわけではないからと言い訳ができてしまうのがずるいと。
その通りですね。
でも、別に声優にアイドルのような振る舞い、過ごし方、生き方を課すつもりはありません。
自由にしたらいいと思います。人間ですし。
規約があってそれを納得した上で事務所に所属したなら従えばいいですが。
まぁこっそり破るのも自由です。直接の不利益を我々が被るわけではないですし。
その代わり我々も自由なんです。
否定しようが他界しようが後悔しようが。
あくまでも「推してたら」ですが。
推してないのに上っ面だけで言うの格好悪いですし。
「ぼく野次馬です」の自己紹介お疲れさまですよ。
夢見たっていいじゃないですか。
好きになったっていいじゃないですか。
あくまで「好きになった人の職業が声優だった」だけなんです。
他人に否定されるのがよほど嫌ですか。
世間体を大事にしないといけないほど声優より有名ですか。
誰のために生きてるんですか、趣味続けてるんですか。
好かれてなくて終わってるなら最初から終わってますよ、というか始まってない。
どうせ死ぬんです、できることやってやりたいことやって死ねばいいじゃないですか。
レッテルを貼る他人がなにかしてくれますか?
そこを気にしたらなにかいいことはありますか?
収入が減りますか?休日が減りますか?仕事が増えますか?
なにも変わらないです。見なけりゃいいんです。
見えても気にしなけりゃいいんです。
誰のためにオタクやってるんですか、自分のためですよ。
自分のためにならない趣味なら別のものを探せばいい。
それと、「好き」を否定して盛り上がれるのは「お前あいつのこと好きなん?www」っていう中学生が全盛期です。
叶わなくたっていいじゃないですか。
恋愛って叶わないまでのその過程が楽しいんですから。
まぁ叶ったことないんですけどね。
夜更かしは良くないので寝ましょう。
自分の趣味と時間は大事にしましょうね。
言いたいこと書き殴って頭の中整理したかっただけです。
おやすみなさい。