何が好きなのか | 《白夜の向日葵》

《白夜の向日葵》

I'll face her 24/7.
That's like "a sunflower in white night".

人にとって馬鹿馬鹿しいと思われそうなこと、思われることほど自分にとっては大切で、適当に笑って誤魔化して、ある程度正確に答えるけどその根拠となる核心には触れない。


お互い本音を吐ける場所がないのは辛いことですよね。


いつか誰かが「人に隠してそうで隠してないように見える」と言ってたけど、たぶんお互い様で、ぼくは何も知らないし相手から漏れ出した程度のことしか知らないし、それが本音なのかもわからない。




ぼくが今の推しに注目し始めて3年と11ヶ月、初めて対面してから2年と8ヶ月が経過しました。


3年目のジンクスというのは割とどこにでも当てはまることで、それは転職であったり、恋仲の別れであったり、推し変であったりと、決まった理由やきっかけなんか無くて単純に数字が顕著に出てるからなんだろうなと思います。


記事に書いたか手紙に書いたか何に書いたか覚えてないですけど、ファン層が変わったなって話もしました。


当時28人いた同担たちも今は4、5人くらい。


元々いた人たちも今いる人たちも他のイベントにもたくさん参加しているところを見ると、自分の楽しみ方が他の人のそれとは違うんじゃないかなって思えてくる。


人それぞれだから正解不正解の話じゃないですが、大きく外れてるんだろうなと。


その人たちが推しを現地にまで足を運んで推す理由がわからなくて、何かしらをきっかけに他の声優のイベントに足を運ぶなど真似事をしてみるも、楽しく感じつつもどこかぽっかり穴が空いたような感覚に悩まされる。


ぼくがたびたび言う「こういうところが好き」という話に当時みんな首を縦に振って、あるいは「その上でこうしているところが好き」と口を弾ませて楽しんでいたそれはたぶん嘘じゃない。


他によりリソースを割きたくなる好きなものができたか、あるいは「こう思ってたけど違った、変わっていった」のどちらかだと思う。




声優アーティストやTwitterでバズった声優などを除いて、声優を推し始めるきっかけの大半はアニメ等のコンテンツがきっかけだと思う。


かく言うぼくもそう。


好きな作品のキャラクターの声を演じている、好きなキャラクターの声を演じている。


画面の向こうの隠れた裏方が、あまりにも人間臭く共感を煽ってきたかと思えば、数万人の前のステージの上に立ってファンを魅了する。


わかりやすい例を選んでみると、こんな感じなんだろうなと。


しかし、たとえば画面やステージに顔を出すのが1度切り、昨今のようにラジオや生放送、2.5次元ライブなんかがほぼ行われない、ほとんどキャラを通してかナレーションなどでしか存在がわからないような状況ならどうだろう。


今ほどの声優人気はないと思う。


そういうときに名前を出しながら「この声優さんが好き」と言える人が、"声優" が好きなんだろうなと思う。




そういう視点で見ても、ぼくは "声優" そのものに興味があるわけではない。


コンテンツが好きで、声優ブームに則ってたまたま声優という役職の個人に惹かれただけだと思う。


声優を推してる他の人が、なんか楽しそうだったからいろんな現場に参加してみた程度。


アニメラブライブ!にハマったときに同じ学科の後輩から「ライブ楽しいんで行ってみてくださいよ」と言われて「でもキャラが踊ってるわけじゃないんでしょ?」と答えつつ、押しに負けて行ったラブライブ4th LIVE。


「現場が楽しいから」って全く観てなかったアニメWUGを映画から2期まで布教されて行ったグリフェス。


「オタクみんな行くでしょ」ってノリで地元のオタクに誘われて行ったアニサマ2018。


"なんか楽しそうだったから" 行った伊波さん、逢田さんのソロイベント。


斉藤さんと久保さんは当時自分が行きたかったから行ったイベントだと思う。


声優だからじゃなくて、単純にかわいいとか曲が好きとか、そんなイメージだった気がする。


声優であることはあくまできっかけでしかなかったし、今もそう。


初めて自分で行こうと思って応募したお渡し会も、当時は「相手がファンが誰かもわからずに話すのに30秒、そのために関東まで出かけるのなんでだろう」と心なしか思ってた節はある。


しかしこの有様である。


最初の数十秒で人間性に惹かれ、人柄を好きになってしまったからこそ、こうしてたびたびイベントに向かってる。


冷静になったらたった数十秒話しただけで、画面の向こうで仕事してる人の姿を見ただけで、その人の何がわかるんだと思う。


あるのは「この人がこのときこうした」という事実のみで、「だからこの人はこういう人だ」とすぐには結びつかない。


3年追いかけてみてもそれは変わらない。


ただ、自身がレッテル貼りを嫌いつつ、人の言葉や行動を個別に評価しても人そのものを決めつけたくない性格のくせに、「ファンを大切にする推しが好き」という勝手で抽象的で偶像的な気持ちを3年変わらず芯に置いているのはなぜなんだろうと。


推しが、昔アイドルにそうされて嬉しかったからとか、今までそうしてきて自分のためにもファンのためにもなったからとか、少なからずそういう理由で「ファンを大切にする言動」を続けてるところはあるんだろうなと思う。


ただぼくがそう思っていることを裏切られたくないから、口癖のように「ファンを大切にするところが好き」と言ってるだけで、勝手に求めてる水準に届いてないもあるし、そんなときは「やろうとしてるけど抜けることだってある」なんて、自分に対して言い訳しかしない。




嫌われたくないからって否定する線を消そうとしてるだけの弱虫なんですよね。


追いかけているうちに他の声優を前線で追っているオタクたちと関わるようになって何度言われたことか。


「他界して他のところに行った方が幸せになれますよ」なんて。


ヘラヘラしながら「そうかもしれんね笑 でも——」って続けて理由を探してるフリをして当たり障りない言葉返してその場限りの納得をさせて。


いや、そもそも "そう" じゃないんだ。


そんな理由なら「最初から売れてる声優に行く」「ファンサがいいところに移っていく」「地下アイドルを推す」「彼女を作る」そんな風にするんだわ。


大切なものが違うんだ、だから何一つ響かない。


善意かもしれないけど、ただ聞くの辛いだけなんだ。


「でも」


"でも" じゃないんだ、価値観の違いを納得し切れないまま自分に当てはめないでくれ。


『私は あなた ではない』


俺だって日常が満ち足りていよう周りの人たちが決して安くない趣味にそこまで時間と金をかけられるのはわからないんだ。


わからないけど、それを否定するつもりは毛頭ない。


友達であれ恋人であれ親戚であれ、好きな人を堕とされてその理由に納得ができて情報として仕入れることができようとも、それを感情が理解することとは違うだろう。


わかったようなことを


と思いつつも、推しに対して "わかったようなこと" しか言っていないぼくは同じように無意識のうちに傷つけてないかなとか、思わなくもない。


これだから思ったことを口になんてしたくない。


だからあらゆるオタクに「生きづらそう」なんて後ろ指差されてんのウケる。




声優の話に戻そう。


ぼくがたびたび "声優" としての仕事をしてほしい、と言うのは前述のとおり "声優" そのものに興味があるわけではなく、ただ好きな人が周りの声優オタクに声優として批判されるのが嫌だからという理由に他ならない。


もちろん興味がないわけではない。


新しくメインを張るアニメが出たらそれだけで見たいし、舞台(はちょっと声優から離れるか)や朗読劇なんかでどんな風に表現するのか見てみたい。


この間のMEET 門脇の動画も、たまにキャラ貼り付いてるなと思いつつも、声の温度(表情とはまた別の、適切な表現が見つからないから "温度" と表します)を感じられて良かったなとも感じている。


接近イベントでもいい、声優ユニットライブでもいい、ただいろんなところで活躍してほしいと思う中で "声優" の話をしたのも、


「ラブライブ!声優やってたら不自由なく生活できる程度稼げるだろうし他で頑張る必要ないから自己トレとかしないでしょ。僕だってしないですよ」


「Discordでコミュニティあって毎月安定した収入入ってくるんだから、声の仕事する必要ないでしょ」


とか、言われるから。


気にしなければいい話なんですけどね。


そんな自分が嫌だなんて勝手な気持ちで、「どういう風に活躍してほしい」自体が全て勝手な気持ちではあるけども「それが見たい」が本意ではないくせに、


「"声優" としての仕事をしてほしい」


なんて勝手極まりない。


他のオタクより稼ぎに貢献しているわけでもない、消費者の端くれなのによくそんなことが言えるなと。


コスパ悪いファンであることを自覚して嫌になる。


ボイトレ通ってるか自宅で頑張ってるかしてるよ、結果を出せばいいから「今日はこんなこと頑張ったよ」なんて言わないんだよと、自分に言い聞かせることしかできない。


「こんなこと頑張った」なんて言うとそれ相応の結果を求められるから言わない、だから言うとしてもほんの一部、軽く、「これだけ頑張ってみた」って出してみて、実際にはもう少し頑張っているのに言わずに、でも自分が必要だと思うほどは足りないからそう言って誤魔化す。


……というのはぼくのやり方だけども、人に値踏みされたくない人はやりがちかもしれない。




外部的な仕事であればどんな仕事でも喜ぶのに "声の仕事をしてほしい" と宣ったり、ファンを平等に大事にしてくれる推しが好きなくせに周りに嫉妬したり、周りの言葉は気にしなければいいと言うのに周りの声に敏感だったり、レッテル貼りやわかった風なこと言われるのが嫌なくせに推しについてわかった風なこと言ったり。


こんな自分に嫌気が差す。


それを、外から "あらぬこと" を言われたくないから「自分が弱いのが悪い」としか評したくないし、実際そう。


気持ちで飯が喰えるのかよ。


いっつも言い聞かせてる。


直接的な消費は最低限、広告宣伝効果は薄い。


ファンを数えられても名乗るなと、何度も言い聞かせる。




普段からこうではないし、むしろここまで文字にまとめて起こしたのは初めてではある。


見せたいとか見せたくないとかじゃなくて、よくある「人の目に触れる文字に起こして自分の気持ちを整理する」ことをしたかったんだと思う。


整理しないと自分でもわからなくなるほどぐちゃぐちゃに押し込めてたのかもしれない。




推しの何が好きかじゃなくて


推しが好きなんです。




で、


これを、


失礼を承知で言うが他の声優に当てはめて同じことを言えると思わないでほしい。


こんな小さいオタクにそんなキャパはない。