正義について:凡夫である私の語れるところで無いのは重々承知しております。
しかし一昨日、とある公判、傍聴しに行って参りました。心に感ずるところあり、書かせていただきました。関心の無い方はスルーして下さい。
この大きなテーマを語るには、この方のお出ましを願うのがいいと思われます。
世界三大聖人の一人、“孔子”さんです。『孟子』に記載された孔子さんの言葉と記憶しております。高校時代(45年前)に憶えたものです。責任持てません。
『子、勇を好むか。吾嘗て大勇を夫子(孔子)に聞けり。子曰く“自ら省みて縮(なお)からずんば(正しくなければ)褐寛博(かつかんぱく:乞食)と雖も(いえども)吾、おそれざらんや(恐れおののくであろう)。自ら省みて縮ければ、千万人と雖も、吾往かん。(行くであろう)”』
小さな町の自治会に於ける、公私混同・私利私欲的行いを弾劾(一人で敢然と)していた方のことです。
多勢に無勢。大方の住民の無関心、一部役員の狡猾な“罠”に嵌まり、傷害として告訴され(押されて倒れた時怪我をした:実際は触れてはいたが、押していない)、なんと64日間も拘束(厳しい取調べに対し、否認を続け)されたにもかかわらず、 安易な解決を排除し、今日に至っております。
、
総ての公判を傍聴し、客観的・第三者的に判断すれば、誰が嘘をついているかは、明らかです。
来月結審・判決が言い渡されるのでしょう。素人判断でも“無罪”を勝ち取れるのは火を見るより明らかです。
“冤罪”を晴らし、無罪となっても、原告側(謀略者)にお咎めが無いのは、腹立たしい限りです。
この平成の“岩窟王”の毅然とした態度を見て感じた、“正義”とは?
まず、“他者愛”が、原則です。自己愛が原動力なら、それはエゴイストとなり、“蛮勇”に陥ってしまうのではと思います。
小さな町の小さな事件と思われがちですが、これこそ、明日自分の身に起きてもおかしくない事ではあります。
“正義の旗を振る”、このことが、これほど危険、且つ過酷な現実と向き合わねばならない昨今の風潮・・・。
今回の謀略・冤罪・傷害事件、仕掛けてきた“小悪人”はさておき、真の犯人は、“無関心な地域住民”ではなかったかな?と思います。
公正な判断・判決により、無関心な世間に一石を投じる事となるよう強く願います。
お咎めを免れた、小悪人達には、せめてお天道様のお裁きがありますように。
“天網恢恢、疎にして洩らさず”。
小西淑郎 http://ploora.net/