海と山、時々きもの -92ページ目

海と山、時々きもの

ダイビング記録+きもの試行錯誤の覚書。…だったはずなのに最近は山歩きの記録簿と化しつつある。
23年秋から山のない国に滞在中のため山歩き頻度は低下中。

思い出。何故ならもう二度と行くことはないと思うので。

 

私の着物「問屋」との出会いは、8年ほど前、お茶を習い始めたときまで遡る。
お茶の先生から「着物を着たいなら、安く買える所があるから」と紹介されて行ったお店。
 
先生の担当だという人についてもらって、稽古に使えそうな東レのシルジュリーの着物を買った。
この問屋に行ったのはその後数回だけで、その後はインターネットに移行してしまったんだけど、ここは普通というか誠実というか、頼んでもないのに反物をあてられたり、何かを薦められたりするようなことはなく、店でものを見るときに担当さんに一人ついてもらわなければならないという不便な点以外は、いたって普通の小売業と同じような店だった。
 
2回目の「問屋」との出会いは、去年。
とある地方の「工芸品展」に行ったとき。
他の品物は全てオープンスペースにお店が出ていたけど、着物のゾーンだけ奥まった畳敷きのホールみたいなところで、入るといきなりスーツの男性に「どこかお店のご紹介で?」と訊かれ、違うといったら、その男性は後ろにいた別のスーツの男性Bに目配せして、男性Bにぴたっとはりつかれた。
入ってすぐのブースにあったすごくきれいな〇〇織の着物、ついお値段をきいてしまったら、そのブースにたっていた女性(製作者か現地のお店の人なのかは謎)が見せてくれた値札は160万円。
 
なるほど。
〇〇織が高いのは知ってる。
だから、こういう物産展みたいな所だったら、直販で少しは安いかな、と思ったけど、そんなことはないんだな、と思い、
 
それはさすがに買えないです、でもありがとう、といって去ろうとすると、女性が私の後ろの男性をアイコンタクトで呼ぶ。
で、ささっと進み出てきた男性B曰く、「うちは問屋なんでお安くご紹介できます」と。
なるほど、問屋の人だったのか。
というか会場にあちこち立ってる、どう見ても現地の人じゃないスーツの人達は問屋なんだな、と思いつつ、「着物に100万出す気はないので」といって去ろうとすると、ではこれでいかがでしょう?と取り出した電卓(なぜ電卓?)に表示された示された価格は98万円。
 
いやいやいや。
「100万出す気はない」ってそういうことじゃないので。
 
100万超える着物の存在を否定する気は全くない。
志村ふくみさんの着物とか憧れだ。
でも、使用頻度と目的を考えて、私は私の着る着物にそこまでの高級性を求めてない。
「100万出す気はない」ってそういう意味。
 
その後もものすごく食い下がられ、「いやいや」「じゃあこの価格で」と電卓を見せられるやり取りを数回繰り返しただろうか。
他の反物も、ちょっとよく見ようとそばに寄ったりすると、すかさず後ろからこの男性Bが「それ、素敵な〇〇織ですよね。うちなら。。。」と電卓を取り出すので、最後正直ちょっといらいらしてきた。
 
ていうかこれ、ただの着物の展示会じゃん。
他の着物以外の商品はそんなこと全くないのになんで着物だけ?
 
結局この日は、「もし探しているものがあれば、入荷したときに連絡するので」と言われたので、ある作家さんの帯を探していることを伝え、連絡先を渡して終わり。
 
で、後日、この帯を別注することができる、という連絡が来たのでその問屋に伺い、結局いろいろあったものの、帯を発注することにした。
(これについても、後日書こうと思う。)
 
ちなみにこの帯は30ユキチ。
男性Bに対して発注と支払いを終えて帰ろうとすると、別の男性Cが出てきて「〇〇さんが好きなら、今ちょうど着物が入っている」という。
「帯買ったばかりなのでしばらくは何も買えないですね」と帰ろうとすると、「あてるだけでも」と言って反物を幾つかみせられた。
このちょっと前から別の女性が登場しており、着付けのようにして体に巻いてくれるのはこの女性が担当。
「素敵ですね」と言ったのはもちろん社交辞令。
反物巻いてもらって(頼んでないけど)、なんだかんだとおだてられて、ノーコメントというのも大人げないと思ったので。
 
で、ぴらっと裏返した値札が280万円、とあるのを見てると、男性Cが「うちなら68万円で」と。
買う気はない、というと、「めったに出ないですよ」と。
 
いやそれ関係ないから。
 
買う気はない、と繰り返すと、「分割もできますよ」と。
 
だから違うんだって。
「欲しいけどお金がない」わけじゃないの。
「そこまで欲しくない」の。
ただそれだけ。
 
相手への礼儀として「素敵ですね」とはいったけど、大して心動かなかったの。
それくらいわかっているだろうに。
ていうか私最初に「しばらくは何も買えない」っていって、あなたも「あてるだけでも」って言ったよね?
 
その時私がまず思ったのは、

30万の買い物したばかりのただのOLに、直後にさらに70万近くの商品を購入させようとするってほんとあくどい商売するよね。
 
ということ。
そしてもう一つ、
 
280万の値札つけてるものを自主的に68万に値引くとか、それもう、値札の意味ないじゃん。
取りなよ値札。資源の無駄だから。
 
ということ。

別にそれで「わああ280万のものを68万で買えるなんてお得~」とか思わんわ。。。。全く。
むしろ不信感だけ募るわ。
最初どんだけマージン入れてぼったくって販売しようとしてるんだって。
 
最初の値引きで68万で売ろうとするってことはそれでも問屋の利益は十分とれると見込んでのことなんだろうから、だとしたら着物の普段の価格って何なんだ。
もはや不信感しか残らないわ。
 
モロッコの市の場末の織物屋とおんなじ臭いがするよ。
「とれるところからふんだくろう」って臭い。
 
この先進国日本で途上国と同じような値付けするのはやめて、普通に定価つけてそれに沿って販売してもらえないんだろうか。。。何かそうするとまずいことでもあるんだろうか。。。
 
というのが私の「問屋」に思うところ。
 
ちなみに最初この280万の値札がついていた小紋と同じ作家の、同じ染め方で柄違いの小紋、その後よく使うネットショップに出てきたんだけど、78万円だった。
やっぱこういうところの値札が如何に適当で資源の無駄かってことがよくわかる。
去年帰国前にモロッコを旅したときのこと。
 
初日に入ったマラケシュは、モロッコ縦断前の休息のため一泊するだけのつもりで、当初はどこにも行くつもりもなかった。
でも予想外に体力も時間もありあまっていたので、ホテルからほど近い、伝統工芸館、みたいな名前のところに行くことにした。
ここは、「モロッコでは珍しく、商品に定価があり値札が表示されていて、値引き交渉も一切しないので、物の相場がわかる」、と訊いていたのだけどその通りで、ここに行ったことは結局、その後のモロッコ旅で非常に役にたった。
 
何故なら、例えば、この伝統工芸館で買ったランチョンマットは丁寧な刺繍と普通の生地で2枚2000円なのに、途中のフェズで入ったお店では、毛玉ができているような粗悪な生地でで刺繍もそんなになく、大きさの不揃いのランチョンマットが1枚4000円とふっかけられたりとか。
 
左がフェズの迷路のような市内の布屋で買ったランチョンマット。右は伝統工芸館で買ったコースター。
ちなみにマットのほうは値切った。それでも伝統工芸館のより高かったけど。
 
左が伝統工芸館のマット。右が上の写真の左にあるのと同じマット。
 
何故質の悪いものに、質の良いものより高い値段を出さなきゃいけないんだろう、と思って、そんな値段では買えない、というと、じゃあいくらなら出せるのか、としつこく食い下がられて、結局買わないとなるとすごく不機嫌に挨拶もしなくなったりとか。
 
モロッコでは砂漠をのぞいて不愉快な思い出ばかりだったので私の中では記憶に蓋をしていて、写真もこの記事を書くにあたって初めて見返したくらいだけど、それは会う人会う人みんな、

「相手からいかにぼったくってやろうか」
 
って事しか考えてないように見えたからだ。
 
 
なんで定価がないのか。
材料費、人件費、もろもろの費用を合計していって、それにマージンを決めて上乗せして価格を決定すればいいだけじゃないのか。
なのに、なんで人によって値段を変えるのか。
 
 
「とれるところからとる」という発想はある意味合理的なのかもしれないけど、皆、「いかにこいつからふんだくってやろうか」って目でこちらを見ていて、ほんとにげんなりした。
 
…っていうモロッコでのけして愉快とはいえない思い出を、去年、帰国後、伝統工芸品展の着物コーナーに行ったり、帯を仕立てにいわゆる「問屋」と言われるところに行ったりしていたときに、なぜかふと思い出した。
 
そして唐突に腑におちた。
 
あ、着物販売業界って日本(先進国)の中の途上国なんだな、と。
 
というと語弊があるので(なぜならデパートではきちんと価格があるし、ちゃんとした小売店ではそんな売り方しない)、より正確に書くと、
 
一部の展示会とか問屋とかの売り方って、途上国。
 
ていう違和感というかもやもやを感じることが幾つかあったので、今後数回、「着物についての疑問」として自分の体験を書き留めておこうと思う。
 
 

三連休の一日を使って、千葉まで遠出。

目的はこちら。

 

佐倉市立美術館で開催中の根付展。

 
ずっと前から根付が欲しい、と思っている。
これは本来の用途としてほしい訳ではなく、単純に帯飾りとして可愛いから、という不純(?)な動機から。
帯に小さくて精緻で丸いものがぶら下がっているの、なんて可愛いんだろうと思っていた。
 
根付を検索しているうちに高円宮家のコレクションがすごい、というのを知り、今回佐倉で展示をするというので、出不精の自分に鞭打って出かけた次第。
 
かなりの地方都市(ごめんなさい)なのに、相当人が入っていたように思う。
私は高木喜峰、という作家さんのもので見たいものがあったんだけど、残念ながらお目当てのものは来ていなかった。
でも高木さんの作品含め結構な数の根付が来ていて、展示としてはかなり充実していた。
私のツボにクリティカルヒットしたのは「キノコ狩り」というタイトルの根付。
(作家さんを失念。。。)
 
おそらくトリュフを探す豚がテーマなんだと思うけど、地上の穴を模してると思われる円筒から、豚の丸いお尻&しっぽだけがのぞいている、というもの。
かわいすぎて思わず笑ってしまった
 
根付素人ではあるけれども、現代の根付って大半がこういう、ちょっと「ぷぷっ」と笑えるようなタイトルと見た目のものが多い気がして、そこがまた好き。。昔の精巧な工芸品みたいなのもいいけど、現代根付、好きだなぁ。。。
 
こんなにかわいくておもしろいのに、でも、根付って探すと意外に売っていない。
あの天下の日本橋三越ですら、呉服売り場で「根付はありますか?」と聞いたら、観光地のお土産物屋のレジ前に売っているような(ごめんなさい)鈴に毛が生えたような(再度ごめんなさい)簡単なものしか出てこなかった。

なんでだろう、と思ってたけど、展示を見ていて、根付が廃れた理由の一つとして「凝った根付にお金を出していたような富裕層が明治時代になり洋装に切り替えたこと」が指摘されてる、というのを見て、まぁ、そりゃあそうか、と思った。
明治ですらそうなんだから、現代なら猶更だよね。。。

とすると、根付は生き残りのためには工芸品としての道を追求するしかないのか。。。もう少し簡素でもいいから、普段着に気軽にぶら下げられるような根付が欲しい、と思うのは世の移り変わりと作家さんの採算を考えない部外者のわがままなのかもしれない。。

仕立てをお願いしていた羽織が出来上がったとの連絡を受けたので、先日、受け取ってきた。

それがこちら。

 

つくづくいい色の生地を見つけられた。。。表も裏もとても好き。

実際に上田紬の上に羽織ってみると、紬に対して羽織がやや綺麗目に転びすぎる気もするけど。。。合わないことはない。

梅鉢文の羽織は新春(1~2月)に、と思っているので、この羽織はそれ以外。。。

春には文句なしに合うと思う。

秋冬(11、12月)にもいけなくもないとおもうし、秋はもう一つの羽織(カジュアル目)を仕立てれば使い分けできそう。

 

さて。

 

この羽織を仕立てる時に、丈をどうしますか、と聞かれた。

ちなみに、既製品として買った梅鉢文の羽織の長さはこんな感じ。

 

なんか、歩くときにばさばさして(私の歩き方が雑という問題はあるにせよ)、少し長いのかな、とは思ってた。

でも既製品って平均身長を想定して作られているはずで、私は167㎝あるので、けして、丈が長すぎる、ということはないはず。。。最近は長羽織が流行っているというし、こんなもんかな、とは思うようにはしていたんだけど。

 

仕立ての時にこの羽織も着て行ったんだけど、店主さん、羽織の長さは個人の好み、と前置きしたうえで曰く、

 

・もう少し短めでもきれいと思う

・今の羽織は既製品ということだったけど、丈が長いと、衿をどれくらい抜くかにもよるけど、前が広がりがち

(衿をどれくらい抜くかなど、個人の着付けの癖に合わせて仕立てればそういうことは起きないとのこと。)

 

言われてみれば、確かに。。。私が結構衿を抜くせいもあるのかもだけど、裾はハの字に広がる。

 

というわけで、羽織の丈はやや短め(膝丈くらい)でお願いすることにした。

それがこちら。

(裾はきれいに落ちてる)

 

 

断然こっちが好きかも。

 

横からの見た目を比べてみる。

今の梅鉢文。

 

今回仕立てた羽織。

 

うん、やっぱり羽織の丈はこれくらいが好きかなぁ。。。こっちのほうが軽快に見える気がする。。。

身長があるせいか、羽織の丈が長いと、圧迫感がある。。。気がする。

 

一昔前流行の丈なのかもしれないけど、私はこっちが好きなので、今度から短めで仕立てよう。。。

梅鉢文のも、ものすごく気に入っているので、せっかくだしシーズンが終わったら仕立て直しに出そうかな。。。一着くらい長めがあってもいいとは思うけど。

 

今回、自分で表も裏も好きな生地を選んで羽織を仕立てる、という工程、すごく楽しかった。

お財布的な意味で危険な遊びに目覚めてしまったかもしれない。。。

 

一昨年のセノーテダイビング旅行。

最終日はダイビングできないので、と選んだのはジンベエシュノーケル。

これほんと、大正解だった。。。というわけでその記録。

 

セノーテ行く時はいつもプラヤデカルメン方向に向かうけど、この日はカンクンの市街の少し外れにあるマリーナから船出港。

船は乗り合いらしく、我々はセノーテダイビングでお世話になったショップではなく、別の日本人スタッフの指示に従ってください、と言われ、ショップの人とはここでお別れ。

日系ショップだけなくいろんなショップの乗り合いで、出航して30分くらい後に、どこかのビーチでさらにお客を拾ってから、1、2時間走っただろうか。

ものすごく揺れて、酔い止め飲んでた私でもちょっとグロッキーになった。

私の横のメキシコ人(スペイン人?)のおっちゃんは顔、真っ青。

 

何にもない大海原をひたすら船で走って、ほんとにこんなところにジンベエいるの?もしかして見つからないから船を走らせたままなの?

と不安になるころに、数隻が停泊しているスポットに到着。

 

疲れが吹き飛んだ瞬間。

ほんと、探す必要もないくらい、そこら中にジンベエがうようよしている。

ここはジンベエの餌場らしく、ジンベエは行ったり来たりしている。

 

3回しか飛び込めない、と聞いていて、ちょっと不満だったんだけど、終わってみれば1回の飛び込む時間が結構長いし、ジンベエをよけようとわたわたしたりしていたせいか結構体力を消耗するので、3回で十分すぎるくらい十分だった。

私はこれが人生初のジンベエとの遭遇。

(海遊館と美ら海水族館をのぞけば。)

 

年甲斐もなく、すごい、すごい、と連呼してしまった気がする。

夢中で写真を撮った。

 

きゃーきゃー言っていたら、イントラさんの、「マンタが来ます!」の声に耳を疑った。

水中に顔をつっこんだら、ジンベエだらけのなか、ほんとに向こうからマンタが来る。

 

何これ感激。。。

と感激してたけど、このマンタ、よく見るとしっぽがない。

後からイントラさんに聞いたところ、船のスクリューにあたって切れてしまうことが時々あるんだそう。。。

ごめんねマンタ。。。

 

ジンベエに会いたいとは思ってたけど、マンタにまで(しかもこんな近くで)会えると思ってなかったので、テンションが天井を突き抜けた感じ。

 

マンタ+ジンベエ(フィン裏。)

 

マンタ+ジンベエ(生)。

 

マンタとジンベエの両方が視界に入ってきたときは、「あーもう私このまま死んでもいいかも。。。」と思うくらい満足した。

 

ジンベエに触っちゃいけない、とはきいていたので、触らないように、ジンベエの進路に入らないように注意はするんだけど、こっちのスキルの問題かジンベエの都合か、時々すごく接近してしまった。

 

この子も背びれが切れてまくれていて、イントラさん曰く、船のスクリューとのこと。

ほんとごめん、ジンベエ。。。私たちみたいな観光客がいるから船が来るんだよね。。。と罪悪感。。。でも見ると夢中で写真撮ってしまう。。。

 *一応、入る船の数は制限されてはいる模様。

 

マンタも。これは別の個体。私が行ったときは3枚くらい見られた。

 

 

背びれやしっぽの切れた子達に胸が痛いと思いつつも、でもほんとに夢のような経験だった。

野生のジンベエに会うのが長年の夢だったので。。。しかもこんなに近くで見られるなんて思ってもいなかったので、ほんとに嬉しかった。

ジンベエ達に対する申し訳なさを抱えつつ、でもジンベエ好きの人にはおすすめしたい・・・と自分の中で葛藤した結果、載せておく。

 

ただしカンクンからかなり乗るので、参加するときは酔い止め必須。

来る途中から船酔いで顔が真っ青だった隣のメキシコorスペイン人のおっちゃんは、結局船でリバースを繰り返してて、一度もジンベエスイムできていなかった。。。。

台風の後に御蔵島でドルフィンスイムしたときの自分の姿を重ねてしまった。。。船上でも水上でも激しい揺れに揺られリバースを繰り返し死ぬかもと思いながらも、間近にイルカを見られてほんとに幸せだったな。。。

(*迷惑な客の例。事故を起こすとショップに迷惑がかかるので、良い子はおっちゃんのように控えるのが正解)

 

約1週間滞在したけど、結局殆どセノーテと海に出てて、このホテルのプライベートビーチにも一度も行かずじまい。

 

次に行くなら、ククルカンとアンヘリータ、タージマハ、今回行けなかったピットに潜りたい。

あと、もちろんジンベエシュノーケルをもう1回。