海と山、時々きもの -86ページ目

海と山、時々きもの

ダイビング記録+きもの試行錯誤の覚書。…だったはずなのに最近は山歩きの記録簿と化しつつある。
23年秋から山のない国に滞在中のため山歩き頻度は低下中。

無謀にも大天荘でテント泊をしてしまった。
 
先日の烏帽子岳の時に日帰り卒業を決意してから、テントが欲しくなった。
やはりコミュ障引きこもり傾向のある人間にとって一人の居住空間を確保できるというのはありがたい。
 
というわけで烏帽子から帰ってきてからテント熱が急激に上昇し大気圏を突き破った結果、先週の水曜、神保町の石井スポーツに行ってテント泊装備一式買いそろえてしまった。
数日間ものすごく悩んだ末に、初心者用テントとしてテッパンっぽいアライテントのエアライズ1を買うのは決めていたけど、後は事前リサーチしたものの決心があんまりつかず、店員さんの勧められるがままに選んだものがこちら。
 
テント:エアライズ1
アンダーシート:エアライズ用の
シュラフ:イスカエア450.
シュラフカバー:イスカ
マット:サーマレスト プロライトプラス(ショートサイズ)
小物:アルミマット、ランタン
 
シュラフは、「冬用は別に買うとして3シーズン使える奴を」とお願いしたところこれを薦められた。
結果的にこれで良かったと思う。
売ってくれた店員さんが「僕は夏はシュラフカバーだけで寝たりしますよ。ただし寒くて目が覚めますけどね」と言ってくれたように、耐えられる温度は人にもよるし、装備にもよる。
私は真冬以外は大抵、ハーフパンツとサポートタイツで山に登る。今回テントで寝るときはタイツは脱いでハーフパンツだったけど、仮にこのシュラフじゃなく夏用の薄いシュラフだったらちょっと寒かったんじゃないだろうか、と思う。
テントを張った昼間は、テントの中にいられないほどの暑さだったけど、日が落ちてからの山の寒さってすごいんだな、と思った。
昼間暑すぎて、夜の温度は10℃前後、という予報をやや疑っていたけど、たぶんそれくらいまで下がってた。
というわけで私にとっての夏のシュラフはこれで正解。
アルミマットは今回持っていかなかったけど、秋はこれがあったほうがさらに寒さ対策になるかな。
 
シュラフカバーもあってよかった。夏でも結構結露するもんなんだ、と知った。シュラフの足元がちょっとしんなりしていたし水滴も落ちてたので。
 
マットはこのサーマレストのショートサイズで私は十分な気がする。身長168だけど、足はどうにでもなるし。背中と腰の部分だけ快適であれば良い。
あのよく皆が持っている銀マットも良いけど、個人的な好みとしてザックの中に全部きっちり収まるのがいいので、このマットは空気を抜いてコンパクトに収納できるっていう点と、出してバルブ開けて放っておけばある程度自動で膨らんでくれる、という手のかからなさの点で良い。
 
ザックは迷った末、今回は店員さんの「PAINEの30リットルですか。夏ならいけますよ」との言葉を信じて結局買わなかった。
私が持っているザックと今回買ったものたち。
事前に家で詰めたときに家で一応入ることを確認して、ぎゅうぎゅうにすればナントカなるものなのだな、と思った。
まぁ、バーナーとかサンダルとかそういうものを詰めていないのであれだけど、一応これでテント泊装備一式(除くアルミマット)の他、トレッキングポール、ソフトシェル(上)、レインウェア上下、着替え(上下)、食糧、地図コンパス、文庫本、帽子、サポーター、日よけカバー、救急キットとか他もろもろ小物が入っている。

今回持って行った食糧はこちら。真ん中の林檎ぶっせとクルミサンドは出発日の朝食なのでノーカン。
 
メインの食事はランチパック。
食にこだわりはないので、ぶっちゃけ、ランチパック×3×日数でも行ける。
今回は1泊2日。1日目のお昼は13時45分までについて大天荘のランチを食べられたら食べたいけど、もし食べられなかったときの予備として。
他は行動食と、ここに写っていないけど、水でも戻せる尾西のチキンライスを予備として持っていった。
結果として、ランチパック1つとマーブルチョコ、アミノバイタルの赤い奴とチキンライスには全く手をつけず。
大天荘のインディアンランチが結構なボリュームでこれだけでだいぶお腹いっぱいになったので夕食はランチパック(ピーナッツ)を半分、翌朝にその残り半分。それで十分だった。
 
一方、水類は結構消費した。
今回は途中に合戦小屋やら燕山荘やらがあるので、上で買い足せばいい、と思って1日目はポカリと水500mlずつ計1ℓを持ってあがり、合戦小屋や大天荘で補充。
結果として、さっき持ち帰ってきた空ペットボトルの数を数えたら、500ml×7本あった。
普段は1日に500mlも水類を飲まないので、これは自分としてはすごい。
 
しかし今回のテント泊装備で500mlのペットボトル2本持ってあがろうと思うと、1本は外にさせるけど、2本目はザックの雨蓋の所に入れなきゃいけなくなったので、やはり秋冬用にもう少し大きなザックを買おうかな。。。今回のように補充できるところが途中でたくさんあればいいけど、そうじゃないなら、2ℓくらい自分で持ってあがらないといけないだろう。。。
 
しかし今更なんだけど、私の最近のこの山への嵌りっぷりは我ながらちょっと頭おかしい。
買っといてなんだけど、テントまで買うことになるとは思わなかった。
 
 
 
 
北アルプスの烏帽子岳を七倉から日帰りピストン。
日帰りからは卒業してテントにしろ山小屋しろ、山の上に泊まろうと決意した一日だった。
 
今回、烏帽子岳をチョイスしたのは、
 
1.体力作りのために、割とハードな所を日帰りで帰る
2.燕岳の天気がいまいちだったので、あんな風景が見られるところがいい
3.とにかく鎖場や岩が好きなので、それがあるところ
 
と探した結果。
金曜の仕事後家でマッハで風呂に入り、ザックをかついで竹橋へ。
 
初めて利用した毎日アルペン号では殆ど寝られず。
八甲田に行くときのバスと違って4列(隣に人がいる)なうえ、
バスは22時30分発で七倉山荘着が3時45分。
5時間しかないうえ、係員は特に声をかけたりすることはないときいていたので、乗り過ごして白馬まで行ってしまうリスクもある、と思うととても寝られなかった。
 
予定より30分も早い3時10分過ぎに七倉到着。やっぱり寝るべきじゃない。。。寝てたら白馬まで行ってた。
真っ暗な中、タクシー乗り場を探す。
1人だったらどうしよう、と思っていたけど、待っている人が他にもいたので怖くはなかった。
山荘の薄明かり。
タクシーは5時半が始発。
歩いてもトンネルを抜けて1時間半、高瀬ダムまで行くことができると事前に読んでた。
 
最初のトンネルが全く明かりがないとも。
 
チキンハートなので、明かりのないトンネル1㎞を一人でヘッドランプのみで歩くのは無理だな、と思ったり、でもこの試練(?)をやりぬいたら、きっと将来どんな山でも一人でビバークできたりするだろう、やろうかな、それに3時半に出れば5時に登り始めることができる、日帰りだから少しでも時間を稼げる、と思ったり。

悶々としつつトンネルの入り口と思しき場所に近づく。。

先はこのとおり。
というか何も見えないんですが。

 
草木も眠る丑三つ時(には少し遅いけど)、これを1人でヘッドランプのみで1㎞歩けと?
 
はっはー。
 
無理。
 
途中でショック死する自信があるね。
どう見てもお化けがアイドリングして出番待ちしているじゃないですかー。
いや、お化けなんてこの世にはいないんだけどね。絶対。ね。
 
しかし私が早々にギブアップしたものの、ヘッドランプつけて中に消えていく人達がいる。
2人組とかならまだわかるけど、1人でも入っていく人がいるんだからすごい。
 
注釈がないとわからないと思うけど、トンネルの中に消えていく勇者たち(のヘッドランプ)。
すごいよ。。。もう震えるほど尊敬する。

 
少し明るくなってきたトンネル。
チキンな私には、そのまんまホラー小説の表紙に使えそうな風情に見える。
ちなみに、タクシーが入り始める時は明かりがついてた。
 
運よく一番乗りのタクシーに乗れた。おそらく5台くらいで繰り回している様子。
乗ってみて思ったけどトンネル云々抜きにしてもタクシー使ったほうがいい気がする。
なんといっても、最後のこのつづら折りの坂がね。。。
この先に待っている急登を考えると、修行じゃない限りここで体力を浪費するのはやめといたほうがいい気が。。

タクシーには私を入れて4人。他の人達は皆裏銀座縦走コースで、すごい荷物だった。
皆すごいなぁ。。。
タクシーの運転手さんの「お気をつけて。無理はしないようにね」の優しい掛け声に送り出されて、登山口へ向かう。
高瀬ダムの美しい碧。
トンネルを抜け、吊り橋を渡り、
ここらへんで、いまだ使い方がよくわかっていない機能、山時計の「エクササイズ」―「登山」の機能をオンにする。

 
ブナ立て尾根、先々週の燕岳の合戦尾根より10倍きつかった。
登り始め早々、ものすごい息切れし、ペースが大幅に落ちた。
 
考えられる理由その1は、
 
アルペン号で寝られなかった。
 
これが結構大きい。
燕岳は前日にホテルのふかふかの布団で8時間は寝て、元気いっぱいだった。
 
考えられる理由その2は、
 
展望がない。
 
御覧の通り樹林帯の向こうに微かに見える、程度。

こんな展望が見えると元気も出るんだけどね。
…でも2時間22分登らないとこれは見られないっていうね。
 
理由その3はやっぱり、
 
ブナ立て尾根>合戦尾根。
 
合戦尾根を登れたことで、「北アルプス三大急登の1つをそんなに苦労せずに登れた!」と感動したけど、あれは急登じゃなかったかもしれない。。。
 
ブナ立て尾根はなんといえばいいだろう。。。ヤビツ峠の登り始め10分の急登が延々3時間続く感じ(without展望)。
燕の時は殆ど筋肉痛にならなかったのに、今回太ももからふくらはぎまで翌日すごい筋肉痛が来た。特に太もも。
 
ようやくこんな景色が見えるようになって、しばらく見とれる。天気がいい。幸先良いぞ、私。
そしてこの景色を見てからすぐ、ついに烏帽子小屋到着。9時13分。

はぁもう素晴らしい。
ここまでで登山口のちょい手前から3時間20分。
割と良いタイムで来られたけど、烏帽子岳にはここから1時間くらいかかることを考えると、あまり休んでもいられない。
かなり疲れていたけど、休憩も20分程度で切り上げ、ザックもそのまま背負って烏帽子岳へと向かう。
ほんとは余裕があれば、雑誌に載ってた四十八池まで降りてそこから振り返って烏帽子岳の写真を撮りたい、と思ってたけど、この時点でそのアイデアは捨てる。
ここからまた下ることを考えると、たぶん体力は烏帽子岳往復だけでいっぱいいっぱいだろう。
 
あ、烏帽子。
そしてうわさにはきいていたけど、不動岳方面から烏帽子に来る所の尾根、崩壊っぷりがすごい。ナイフのよう。これ通れる自信ないな。。。
 
こんにちは烏帽子ちゃん。きみ、結構遠いね。
私が疲労困憊しているせいもあると思うけど。
 
そしてこの後、致命的なミスをおかす。

この分岐、こんなに目立つのに、疲れ果てて注意力が散漫になっていたのか全く目に入っておらず(これは帰りの写真)、「南沢岳」方面の道に10分程進んでしまった。
ものすごい悪路で、最初は気づいていなかったものの、烏帽子岳がどんどん後ろに過ぎていくのを見て、
「この悪路。。。しかも烏帽子岳から離れてる。。これもしや南沢岳に向かってる?」
と思い地図にくっついてたガイドブックを取り出して開いたところ、「烏帽子と南沢岳の分岐に来たら左に進み」と書いてあって天を仰いだ。
 
道、間違えた。
 
ここまでかなり疲れていたので、時間と体力のロスに一瞬絶望した。
 
そこからは烏帽子岳の分岐まで登り返すのに相当労力をつかった上に、烏帽子岳の分岐に進んでから足が鉛のようになって、5m登る毎に道のど真ん中の岩に座って休憩、みたいなことを繰り返しながら進んだ。
 
途中の鎖場。
足元殆どないんですけど。
まぁでも高所恐怖症の私でも足がすくまず渡れるレベル。

へろへろになりながら、最後の岩場を上がり、烏帽子岳登頂成功。
小屋から1時間15分程。南沢でロスした20分を引けば、やっぱり大体1時間はかかる。
混むと聞いていたけど、時間が早いせいか誰もいなかったので、しばらくこの景色を独り占めしてしみじみした。

これは南沢方面。
ああ、ほんとはあの池塘のあたりまで行きたかった。。。。
帰りはあまりにも疲れていて1枚も写真を撮れず。
烏帽子小屋へ帰る途中の登りがあまりにもつらかったので、トレッキングポールを出して利用を試みたものの、腕がなんか痛いだけで、あまりラクになったような気もせず、結局すぐしまって、心の中で泣きそうになりながら登り返しを登った。

唯一、これはとらねば、と思った、林の中でスポットライト浴びてた巨大きのこの写真。
君、マリオとかにいたよね。

高瀬ダムが見えたときはほっとした。
山行合計7時間38分、総歩行距離が12.29㎞。
コンディションの問題もあるのかもしれないけど、燕岳より数段きつく、もう降りたときにはへろへろになった。
 
あと、はじめて、日帰りを「嫌だ」と思った。
あの烏帽子小屋からの景色をいつまででも眺めていたいくらいなのに、日帰りでバスの時間を気にして降りなきゃいけないんて。。。
もったいなさすぎる。
 
烏帽子小屋までは殆ど眺めがなかっただけに、特にそう思った。
あのしんどい坂を4時間近くかけて登り切ってようやく手に入れた素晴らしい眺めを2時間もせずに手放してしまうとか。。。
どうせながら山の上に泊まってずっと外を眺めていたし、景色を眺めながら稜線歩きがしてみたい。
 
などと考えながら、高瀬ダムから大町の薬師の湯までちょうど来ていたタクシーを拾う。金額は6600円。
「タクシーをシェアできる人を探していた」という母くらいの年齢の女性と一緒になった。
上高地から入って裏銀座を縦走してきたという。
タクシーがついたとき、トランクルームに入っていたその人のザックを何気なく持ち上げようとして、片手で持ちあげられず衝撃を受ける。
思わず「おっもっ!」と叫んでしまったら、「これでも出発のときより軽くなったほうなのよ」と笑われる。

山小屋/テント泊してみたい、といったけど、私はまず体を鍛えるところから始めなければならないかもしれない。。。
今なんとかコースタイム内で行けているのもたぶんザックが軽いからで、こんな重装備をかついで登れる自信がない。。。
昨日は雷が怖かったので山はお休み。
今日はトレーニングがてら塔ノ岳に行こうと思っていたけど3時半に地震で目が覚めてから寝られなくなってしまい、結局諦めることにした。
 
代わりに、以前に丸洗い+仕立て直しに出していた着物を取りに行くことにした。
もう1か月近く前に仕立てあがったと連絡もらっていたのだけど、雨だったり山に行っていたりで全く取りに行けていなかったので。
取りに行くついでに久しぶりに着物に袖を通す。
 
今日取りに行ったのは、去年実家に帰ってきたときに引き取ってきた母の大島2つ。
「母の大島」というものの、付下げ同様、母の嫁入り道具代わりの着物の一つ(二つ)というだけで、こちらのほうは付下げと違って母は一度も袖を通していないらしい。
もったいない。
一度も着ていないはずなのに、虫食いの跡なのか変色している箇所が何か所かあったのと、八掛がとてもじゃないが私の年齢では着られないような真紅で、一つは単衣にしてもう一つは八掛を取り換えることにした。あと、丸洗いと丈出しと。

「これは派手ですねぇ」と仕立て屋さんも唸るほどの八掛の派手さだった。
 
「母の世代ではこれが流行りだったのかも・・・」と一応言ってみたけど、
「いや、昔でもこれほど派手なものは。。」と正直な返事。
 
母の地域・年代ではこのド派手さがいけていたのかもしれないし、炎のような気質の母に合わせて祖父母が誂えたのかもしれない。
と思いつつも私は着る勇気がないので、仕立屋さんとあれこれ首をひねって、結局藤色にした。
すごく気に入っている。
緑と迷ったけど、緑はもう一つ新しく仕立てた大島で使ったので、結局これは藤色に。
この大島、ちょっと派手かもしれないけどすごく気に入っている。秋になるのが待ち遠しい。
 
もう一つ、こちらの大島は単衣にした。
母曰く、「もう一つの大島よりは安いはずよ。こっちは日常着にでもして」と。
確かに柄がシンプル&カジュアル。
でもこういう、シンプルな「日常の着物」も一つ欲しかった。
せっかくだから9月くらいから半幅帯を合わせて「日常着」として着倒してやろうと思っている。

さて、この2つの大島の仕立て代として、祖父母が生前くれた最後のお年玉をついに使った。
 
うちはお小遣いというものがなかったので(小学校の時は月100円あったけど中学校でアメリカに引っ越してから自然消滅したように記憶している)、田舎にかえったときに祖父母がくれる大金は現金だが非常に嬉しかった。
罰当たりでもう覚えていないけど、いろいろなものを買ったように思う。
 
でもこの最後のお年玉はいつ貰ったものなのかもう覚えていないけど、どういう心境の変化があったのか、使わずに実家の学習机の引き出しにしまっていたらしい。

母が去年だか、机を処分するときに見つけて「あなた、おじいちゃん達にもらったお年玉、こんなところに入れてたわよ(以下、だからあなたはいつもいい加減で云々との説教が続く)」と連絡してきたもの。
 
前年に祖父母は亡くなっていたので、たぶん亡くなっていたからこそ、このお年玉の使い道にすごく悩んだ。

「お年玉」というものの、沖縄の往復航空券が数枚買えるくらいの結構な金額だった。
「事」に使うのではなく、形に残るような「物」に使いたい。
何か一生使えるようなものを買おうか、と思ったけれども、洋服は最近あまり食指が動かないし、年齢によっていずれ着られなくなる。
アクセサリーはあまり興味ないし、せいぜい数万のものしか買わない。そしてアクセサリーをよくなくす人間なので、そんなものに大事なお年玉を使うのは怖い。
着物や着物の小物を買うときの「足し」にしようかとも思ったけど、それも何か違う気がする。
 
そもそも、私の欲望の買い物に祖父母のこの最後のお年玉を使うのは何か違う気がする。
 
使い道がわからなくて長らく家の引き出しに眠っていたままになっていたけど、このままずっと大事にとっておくのも「これで好きなものを買いなさい」とお年玉をくれていた祖父母の優しさを無駄にしている気がする。
 
でも、この大島2つを母からもらって仕立て直そうと思ったときにふと、「あ、あのお年玉これに使うのいいんじゃないか」と思った。

祖父母が母のために仕立てた着物を私が着られるよう仕立て直すのに、祖父母が私にくれたお金を使う。
 
直接的に「物」に使うことにはならないし、ただの自己満足なのはわかっているんだけど、乏しい発想の中でいろいろ考えた結果、これが一番しっくりくる気がした。
 
というわけで最後のお年玉。
おじいちゃん、おばあちゃん、有難う。
着物は大事に、一生着ます。
月曜は有休をとって燕岳に登った。
 
初心者向けと言われているそうだけど、私にとっては、登るのは一大決心だった。
何せ2763m。
去年、金峰山(2599m)に登るツアーに参加したときのほんとにつらい思い出がずっと頭に沁みついていた。
 
ツアーで一番か二番目くらいの若手だったと思うのに、私が一番遅かった。
皆より大分遅れて、たぶん私のせいで登頂時間も大幅に遅れ、あげく帰りは雨の中ヘッドランプつけて大弛峠まで下るはめになった。
雨だったから全く展望も楽しめなかったし、苦しかったのはもちろん、頂上の手前辺りから右膝に激痛が走るようになって、一歩足を持ち上げるごとに冷や汗が出た。
下りは頭痛まで加わり、膝と頭の痛みで死ぬ思いで下山した。そして下山後は他の人達に謝り通し。
 
申し訳ないのと自分に腹が立ったのとで、もう二度とツアーには参加すまいと決めたし、基本独りで登りたいとますます強く思うようになった。思い出深いツアー。
 
あれ以来高い山には登ってない。
よく行くヤビツ峠→塔ノ岳→大倉尾根も登りの高低差は700m程度。八甲田も瑞牆山荘→瑞牆山も同じくらい。
そして挫折した金峰山は高低差1000m。
 
今回の燕岳は中房温泉から燕岳は高低差1300m、しかも北アルプスの三大急登なんておどろおどろしい名前がついている坂、果たして自分に登れるのだろうか。
 
とかなり迷ったものの、少し山にも慣れてきた(ような気がする)し、せっかくだからアルプスに登ってみたい、登山雑誌の見開きで見る燕岳の美しい様子を直に見てみたい、と思い登山を決心。
体力温存のために穂高駅周辺に前泊、当日は中房温泉に宿泊する予定を立てた。
 
「燕山荘に泊まるのがいいよ」と先輩にお薦めされたけど、まだそこまで山にのめりこめない。。。
汗かいたのに風呂にも入らず見知らぬ他人と雑魚寝するくらいならツェルト被って野宿したほうがまし、と思って、日帰りで上り下りすることにした。

混んでいる、と聞いていたので、週末はさけわざわざ有休をとって月曜日に登ったんだけど、この作戦がみごとに裏目に出て、てんくらの予報はこの通り。
できるだけ早いペースで登ろうか、と思いつつも、去年の金峰山の悪夢がよみがえり、やはりここはゆっくり自分のペースで行こう、と決意。
いざというときのトレッキングポールも持参。
金峰山のときの膝痛がほんとにトラウマレベルだったので、普段はどんなに低山でも右足だけザムストのサポータのek-3を着けているけど、念のためと思って今回、ek-5も買ってザックの底に押し込んだ。
さらに膝がどうしようもなくなったときのためにテーピング用のテープも押し込んだ。
 
穂高駅から始発のバスに乗れば中房温泉には6時に着く。
コースタイムは登り4時間半らしいから、どんだけ亀のように登っても12時には燕山荘に着けるだろう。
私は下りは割と早いほうなので、山頂で1時間休憩するとしても、18時には麓に戻ってこられるはず。
万一それ以上かかったとしても、ヘッドランプもあるし、旅館の食事時間には遅れるかもしれないけど、当日中には旅館にたどり着けるだろう。
 
と計算して穂高駅に5時過ぎに到着したら、平日の朝だというのに、穂高駅にやってきたバスはほぼ席が埋まってて驚いた。
駅には私含め4人程しかいなかったけど、その前の穂高駐車場で結構乗ってきたんだろうか。
最終的にはもう何人か乗って、バスの運転手さんが無線に「33人」と連絡しているのが聞こえた。
 
燕岳の人気、すごい。
 
定刻通り6時過ぎには中房温泉着。登山計画書を出し、トイレを済ませて6時20分過ぎに出発。

この時点では曇りだけど雨はなし。
 
北アルプス三大急登、ってどんだけだろう、とがくぶるしながら登る。
が、そこまで苦しむこともなく、気づいたら第一ベンチに到達。余力があったのでそのままスルーして進む。
空が怪しい。でもおかげかそれほど暑くなく、苦しくならなかった。
第2ベンチ到達。さすがにちょっと疲れたので、ザックを背負ったまま5分程腰を下ろして休憩。
この辺りから、上から降りてくる人が多くなる。
展望に励まされる。このお天気が頂上まで持つといいけど。。。無理か。
第3ベンチ到達。急いだつもりはないけど、結構いいペースな気もする。5分程休憩。
途中の展望。美しい。たぶん右手にうっすら富士の頭が見えていた。
写真が悪すぎてうまく映ってないけど。。。
だんだん展望がそれらしくなってきてテンションがあがる。
これがうわさの。
道が砂っぽく、歩きにくい箇所もありつつ、スタートから2時間10分程で合戦小屋到達。
名物というスイカ、食べたかったけど、全くお腹は空いていなかったのと、ややお腹の調子が悪かったのでスルー。
 
途中で抜かした数十人の中学生集団が上がってきて「休憩。9時に出発」というのを聞いて、たぶん皆同じことを思ったんだろう。
「この軍団より早く出発しなければ」と。
というわけで合戦小屋を8時55分頃出発。
 
ここら辺から眺望が楽しめるようになる。
水墨画のようで美しい。
だんだん樹林帯を抜けてくる。
燕山荘発見。
眺望がすばらしく、ここからの坂は苦しかったけどあまり気にならなかった。
やっぱり眺望重要。
 
9時45分、燕山荘着。
しかし時すでに遅く、憧れの燕岳はこのとおりの姿。何にも見えない。。
仕方がないので、燕山荘の周りをうろちょろして、なんかかわいい花の写真を撮ったりしてみる。
それでも時間がつぶれないので、あきらめてケーキセットなど頼んでみたりする。
しかし時間潰しにも限界があり、てんくらの予報ではこれから先夕方まで晴れる確率は低そうなので、とりあえず燕岳まで行ってみようと決心。
道中は御覧の通り。
これがたぶんかの有名なイルカ岩なのじゃないだろうか。たぶん。。。

晴れていればさぞかしきれいだっただろう。
いや、これはこれで幻想的で良いけど。。。
 
ガウディのカサミラの屋上に似てる、と思ったけど帰ってきて画像検索したらそんなことはなかった。私の記憶力のいい加減さよ。
雨が本降りになりだしたところで頂上到達。
 
眺望に対する残念な気持ちはあったけど、一方で、「頂上、2763m」の文字を見ながらちょっと感動していた。
ここまで膝も痛くならず、さほどしんどくもならず、コースタイム内で来られたということに。
 
嬉しい。標高差1300mを登り切ったんだ、私。
 
山登る人からは笑われそうな小さな達成感だけど、金峰山のトラウマがあって途中棄権も覚悟していただけに、すごく嬉しい。
嬉しさをじんわりかみしめつつ、周囲をぶらぶらしながら帰る。
 
これがたぶん眼鏡岩、という奴な気がする。
途中、雲の切れ間からうっすら彼方の稜線が見える。

晴れていればさぞかし(以下略)
 
燕山荘まで帰ってきて、雨が本降りになったのを避けるために、時間潰しにカレーうどんをオーダー。
かなりのんびりゆるゆるして外に出たら、一瞬の晴れ間があってテンションがあがった。
 
ああ、美しいなぁ。。。今度は晴れている姿を拝みたい。
また来るよ、燕山荘。と心の中でさよならしつつ、12時半過ぎに下山開始。
カレーうどんを食べている最中に頭痛の兆候がしたのでバファリンを服用したんだけど、頭痛が収まらず、ゆっくり休憩したつもりだけど途中からお腹の雲行きが怪しくなり、さらには雨が相当になってきたので、下山はペースが上がらず。
結局登山口に帰着したのは14時56分。
お腹が危機的状況だったので、中房温泉がひどく遠く感じた。
 
中房温泉(の別館)は食事や部屋のグレードを期待していくところではない気がする。
泊まった部屋は別館1階。朝の6時前から遠足(?)の中学生集団がわいわいどたどたと廊下を走っていく音で目覚めた。
部屋を開けようとしたら入口にかなりの大きさの蛾がとまっていて心臓止まりそうにもなった(やはりこんな軟弱者に山小屋泊は無理な気がする)
 
しかし温泉。温泉はほんと素晴らしい。。。
温泉にさほど興味はないけど、幻想的な不老泉の雰囲気は素晴らしいと思ったし、今回今までで最高の高低差を歩いたというのに殆ど筋肉痛にもならなかったのは、この中房温泉のおかげな気がする。
(金峰山のときは翌日足が生まれたての小鹿のごとくぷるぷるしていた)

また燕岳に登る機会があれば、ここに泊まりたい。
今度は本館か別館2階指定で。

三連休は東京以北はどこも天気悪そうだったけど、1週間前から「てんきとくらす」をチェックしまくり唯一登山指数Aが出ていた青森に行くことに決めた。

 

岩木山も興味あったけど、迷った末八甲田山に。

何回登るんだ、って我ながら思うけど。

でも好きなんだよね、この山。。。

今回は青森駅周辺に前泊して始発(7時45分)のバスに乗ることができた。

 

前回朝食を食べ忘れアミノサプリだけ飲んだところ頂上手前でエネルギー切れになりそうだったので、今回はしっかり朝食を。

私の中で、青森と言えばこれ、なイギリストースト(のランチパック風味)。

9時に登山口出発。

この前の反省を踏まえ、今回から時間を測ることにした。

すばらしくいい天気。

しかし雲が多い。前回はきれいに雲海の上に顔を出していた岩木山はこの通り。

雲の流れが速く、一瞬晴れたかと思ったらあっという間に雲を被ったり。

 

驚いたのは、2週間前の雪渓がほぼ消えかけていたこと。

仙人岱前の雪渓は言わずもがな、仙人岱を過ぎたところの雪渓もこの通り。

2週間前には、「あと3か月でこの雪渓は消えるのか」云々と書いたけど、自然なめてました、すみません。

3か月どころか2週間で消えてたわ。

 

もうこれだけしか残ってない。もちろん普通の靴で上がった。

雲の動きがほんと早いので楽しい。

 

これだけ晴れていたかと思ったら一瞬後には何も見えなくなったり。

 

眺望はこの前のほうがよく見えた。殆ど雲がかかっていたのでこの通り。

それも美しいんだけど。

鏡沼の草(?)も2週間であっという間に伸びたなぁ。。。

2時間弱で頂上到着。

朝食をしっかり食べたせいかあまりお腹空かず。

ぶれぶれのりんご蒸しパン、おいしかったが半分程度しか入らなかった。

休憩も短めに、11時10分頃には出発。

なぜなら今日はこの目の前の井戸岳・赤倉岳に寄って帰りたいので。

 

降りるときの2か所の雪渓はほぼ消えかけ。

何もつけず降りてる人もいたけど、ちょっと怖かったので、初めてポールを使ってみた。

が、あまりうまく使えず結局ほぼ半分滑り降りた(落ちた?)形に。

ポールってどうやって使うのかな。。。修行が必要な気がする。

出発から20分程で大岳避難小屋。

ここでお手洗いを借りた後、井戸岳・赤倉岳の分岐に出発する。

こんなところにも池あったんだな。知らなかった。

大岳から見る時はドン引きするほど急な坂だと思ってたけど、近づいてみるとそうでもないのかもしれない、と思う。

いや、しんどかったけど。

10分強で頂上?到着。なかなかの眺め。人は殆どいない。

ここら辺からほぼガスの中を進む感じに。

あっという間に赤倉岳到着。ここが頂上、ということで良いんだろうか?

稜線の左と右で天気が分かれていておもしろい。

うっすら下界が見えるけど、数秒後にはこんな感じで雲に隠れる。

赤倉岳、の由来はこの赤い土なんだろうか。井戸岳は全然何ともなかったのに、赤倉岳だけこんなになっているのおもしろい。

 

雲が晴れると素晴らしい眺望。

人も殆どいないしのんびり景色を楽しみつつ、20分程で毛無岱の分岐へ。

ここからは殆ど人に会わず、クマ鈴をりんりん鳴らしながら歩いていた。

10分程歩いただろうか。

なんか足元で動いた、と思ってバランス崩しそうになって立ち止まる。

ん?

んん?

なんかいるー!!!

か・・・・

かわEE-!!

たぶんねずみ??

なんかめっちゃちっちゃくてもふもふしてるけど、、、たぶんねずみ??

しかしねずみってこんな山んなかにもいるんだろうか、と帰ってきて検索したらたぶん、「ヒメネズミ」という種類だと思う。

私の親指サイズしかない。

 

しかしこのネズミ、巨人(私)がどすどす歩いてきたというのに道の真ん中でもぐもぐしているし、巨人(私)が這いつくばる勢いでカメラ向けているのに殆ど逃げずにもぐもぐしているし。。。お前の野生はどこ行った。

 

10分程一人でネズミ撮影会をしてしまった。

良かった、人気のない道で。

たぶんすごい顔して写真撮りまくっていたと思うから。

 

まあ大半はこんな写真なんだけど。

ぶれるネズミ(?)。

ネズミ(?)で時間ロスしたものの、13時前には上毛無岱前に到着。

ほっとした。前回は13時10分に出て飛ばして14時過ぎに着いたから、今日はちょっと早めに出てゆっくり行けば十分な気がする。

13時過ぎに丸沼出発。

下毛無の階段前、この先に待っている光景を知っているのでとてもわくわくする。

今日も相変わらず美しい下毛無岱。

そんなに飛ばさずゆっくり降りたつもりなんだけど、13時50分には酸ヶ湯帰着。

前回飛ばしたと思ったけど、実は飛ばしてなかったのか??

こんなことならもう少し丸沼でゆっくり休憩すれば良かった。

たぶん混雑のリスクも入れて13時20分に丸沼を出発すれば、自分のペースならなんとか14時53分のバスに間に合う気がする。

次回からの参考にしよう。

 

来週は今までで一番高い山に登る予定。

登れるのかな。。。金峰山みたいなことにならなければいいけど。。。