海と山、時々きもの -58ページ目

海と山、時々きもの

ダイビング記録+きもの試行錯誤の覚書。…だったはずなのに最近は山歩きの記録簿と化しつつある。
23年秋から山のない国に滞在中のため山歩き頻度は低下中。

土曜日に大山、日曜日に硫黄岳に行ったらさすがに疲れて昨日は瀕死だった。

今日こそゆっくり休みたかったけど、夕方からの海外とのオンライン会議のせいでそれもかなわず。

 

こんなところに書いても仕方ないのはわかっているけど、海外支社のこの配慮のなさは何とかならないものか。

我々日本側が海外と会議をするときは一応参加する支社の休日調べて支障なさそうな日に設定するのに。

海外支社が今まで配慮してくれたことがあっただろうか(反語)。

11月の休日、3日、23日、ともに会議が入って憤死しそうになった。

せめて事前に「この日支障ない?」って聞いて欲しい。。。

日本人にとって祝日って貴重な存在なんですよ。。。

 

・・・という愚痴はこれくらいにして土曜の大山。

この日は、後輩ちゃんとの登山でちょっと張り切っていた。

去年は大好きな御岳山ー大岳山を案内したら、「疲れました」と相当疲れた様子だったので、次はないかな、と思っていたけど、先月飲んだときに「また山にも行きたいです」と女神のようなことを言ってくれたので、一緒に大山に登ることにした。

何故、これまで一度も登ったことのない大山を選んだのかは忘れたけど。。。

 

秦野駅8時24分発のバスに乗るために8時過ぎに秦野駅集合にしたけど、すごい人だった。

紅葉ももう終わってるだろうしそんなに人いないと思ってたのに。。。丹沢人気すごい。

臨時が3台出たと思う。

 

ヤビツ峠から、いつもと違う大山行の道に足を踏み入れる時ちょっとわくわくした。

コースタイムは1時間15分でそんなに激しい道でもなさそうに見えたけど、ほんと、散歩の延長みたいな道だった。

 

多少きつい坂、岩を乗り越えるようなところはあるけど、大体ずっとこんな感じのなだらかな坂が続く。

そして割と視界が開けて右に海が見えたりもするので、飽きない。

途中からはきれいに富士も見えだす。

 

コースタイム通りあっという間に山頂についたけど、阿夫利神社からの道と合流する辺りからものすんごい人込みになった。

それでも山頂が広々しているので我々はお昼を食べるスペースはそんなに難儀することなく見つけられたけど、帰りはもっと人込み増えていたので、さすがにスペースなくなっていたのではなかろうか。。。

紅葉終わりにこんなに人いるとは。。。丹沢の人気をちょっとなめてた。

 

お昼後、阿夫利神社の下社方面に下ったけど、こっちの道の方がヤビツ峠からの道よりも断然ハードだと思った。

ずっと岩岩した急坂が続く。これを1時間ちょっとで登れるだろうか・・・キングオフヘタレの私はちょっと自信ない。

しかし、こういう山にありがちだけど、こんな岩岩した難路にもかかわらず、革靴、とか、ミニスカにロングブーツ(ハイヒール)、とかいろんな恰好がいて、やや心配になった。

そのミニスカ、足上げたときにちょっと見え。。。まぁ本人がいいならいいのか。。。

上空でヘリの音が聞こえてたけど、荷揚げのヘリであることを祈りつつ下山。

 

紅葉は既に終わったと思ってたけど、下社の辺りはめちゃめちゃ美しかった。

 

ケーブルカーを降りたら、担架を持った救助隊とすれ違う。

ご苦労様です。。。と心の中で合掌しながら、疲れた様子の後輩ちゃんとお茶休憩した。

 

だいぶ疲れた様子だったけど、それでも「また来年も行きたいです」と言ってくれるの嬉しい。

次は温泉もセットで、というリクエストを貰ったので、どこか考えよう。

2時間以内で登れる山で、ヤビツ峠―大山くらいの、そんなに急じゃない所(かつ近場に温泉もあるところ)。

大菩薩峠が今のところの候補だけど、他にもいくつか探してみよう。

基本1人で行くのが好きだけど、こういうのを色々考えて計画立てるのも楽しい。

 

昨日、友人と一緒に着物で湯島でお茶をしたけど、お茶している際、友人が左耳だけ小さい石のピアスをしていることに気づいた。

今まで何となく、着物の際はピアスは合わないと思ってつけていなかったけど、小さい石のピアスならそんな違和感もないな、と思ってそう言ったところ、友人が「世界でも日本は歴史の途中で装身具が消えた珍しい国だそうですよ」と言って、確かに。。。と思った。

 

記憶を辿ってみると、博物館の古墳時代のセクションには耳飾りとか首飾りとかたくさんあった。

奈良時代も、あったような??

しかし平安時代はないし、江戸時代も確実にない。

明治になって復活しているような気がするが、教科書の写真を思いかえすにどれも洋装に首飾りとかティアラとかだった気がするので、洋装とともに外国から来たんだろう。

 

平安時代から江戸時代までの装飾品、どこに行った???

 

 

wikipedia先生の「日本における装身具の歴史」を読むと、やはり装身具は古墳時代末期に消滅してしまったとある。

しかしその原因は諸説あって明確な解明には至ってないらしい。なるほど。

 

しかし着物だと首飾り的なものが廃れたのはわかるけど、耳飾りまで何故廃れてしまったんだろう。。。

平安時代に耳飾りが発達しなかった理由は何となく想像つく。wikipedia先生も書いてたけど。

髪を結う場面が殆どなく長ければ長いほど良かったんだから、耳飾りの出る幕はない、と思われても仕方ないだろう。

鎌倉・室町・戦国も女性の髪形は垂らした状態が基本だった気がするのでまぁ同じようなものだろう。

 

でも江戸時代は?

女の人の髪は基本的に結い上げるもので、色んな髷が流行ったはず。

そして簪や根付やら様々な精緻な工芸品があるんだから、耳飾りを作る技術や材料がなかった、ということはないだろう。

しかし今まで記憶にある限り、江戸時代の美人画で耳飾りをしているようなのは一枚もなかったはずだ。。。

 

・・・そうすると、単純に「着物に耳飾りは合わない」ってことなのかな。。。

 

私が「着物にピアスはなんとなく似合わない」と思っているのと同じことを過去江戸時代の人達も思ったのだろうか。

 

どうなんだろう。ほんとに「着物にピアスは似合わない」のだろうか。

普段会社にしていくようなのは合わない気がするけど。。。ものを選べば似合うのもあるのでは?

和装用ピアス、によくありがちなわざとらしいのじゃなくて、もっと普段使いの着物に合うようなの、探せばあるんじゃなかろうか。

 

俄然興味が出てきてしまった。

今度、今手持ちのピアスでちょっと検証してみたい。

 

今日は久しぶりに着物で外出した。

いつぶりだろうと思って日記を読み返してみたら、おそらくこれ以来なので、かれこれ半年ぶりということになる。

あまりに久しぶり過ぎて、着付けもちょっとおぼつかない感じ。。。

 

 

上田紬と猫の帯。

せっかく鏡もとりつけたことだし、お太鼓部分がみえるような着姿を撮りたい、と思っていろいろと試行錯誤してみたけど、うまく行かない。。。

これがせいいっぱい。

 

お太鼓柄の帯の悲しい所は、幾らそのお太鼓の柄が好きで買っても、自分で着ている時はその肝心のお太鼓が見られない所だよな。。。

 

日記を読み返して、去年全く同じコーディネートをしていたことに気づいた。。。

洋服でもアクセサリーでも好きなものはだんだんと固定されてくるものだけど、着物もそうなんだな。。。

でもそれじゃせっかく絞り込んだ上でおいている着物や帯がもったいないので、色々と試してみたい。

 

今日は、先日着物を貰ってもらった友人に家に来てもらい、初めて着付け方を教えて、一緒に湯島に出かけた。

自分もお茶を始めた初期に先生に一度教わった後は自己流なので、「教える」などというのも烏滸がましいけど。。。

 

山に嵌り過ぎてお茶をやめてしまった今、あんまり着る機会がないからと思ってもらってもらった小紋だけど、友人によく似合っていてこちらまで嬉しくなった。着物もきっと本望だろう。

 

初めての着物着る機会が食事って苦しくないだろうか、しんどいという思い出が残ったらどうしようか、とちょっと不安だったけど、楽しかった、といってくれてほっとした。

 

そして私もとても楽しかった。

着物は私にとって週末の出かけ着の一つであり、今まで特段誰かと一緒に着る、という発想がなかった。

でも二人で一緒に着つけて、普段とは違う彼女の姿が出来上がり、一緒に出掛ける、というのはなんというか、うまく言えないけど非日常感があって楽しい。

 

山の先輩が木曽駒に行くというので便乗させてもらった。

 

木曽駒にはいつか行ってみたいと思いつつなかなか手(というか足)が出ないでいた。

一番大きい理由は、公共交通機関だとアクセスしづらいこと。

 

アクセスしづらいというか、アクセスはしやすいけど時間がかかるというか。

東京からだと、駒ヶ根バスセンターまでバスで行き、そこからしらびそ平までバスを使うことになる。

私がこれまで確認した限りだと、夜行で朝着くようなバスはないので、駒ヶ根からしらびそ平までの間のどこかで前泊が必要になる。

つまり1.5日必要。

 

理由2つ目は、シーズンはだいぶ混むらしいこと。

ピークにはバスに100人以上並ぶ、というのを見て、人込みが嫌いな自分にとってはなかなか決心がつかなかった。

 

そして理由3つ目は、登りごたえがあんまりなさそう(に見えた)こと。

 

山友の1人は、1つの山に複数のルートがあるならより楽な方で行きたいという。

もし頂上までロープウェーが通っているならためらいなくそちらを使うと。
非常に合理的だと思う。

だってロープウェーで登ろうが歩いて登ろうが山頂から見える景色に違いはない。

でも私はロープウェーと登山道があるなら登山道を選びたい。
谷川岳に登るなら天神尾根ではなく西黒尾根から登りたいし、何ならいつか東尾根から登りたいと思っている。

 

すぐぜえはあいう体力なしのヘタレのくせに、しんどい思いをしたほうが価値があるなどと考えているアホなのか。。。それともMなのか

 

というわけでなかなか足が向かなかった木曽駒だけど、日帰りで行くというので、これ幸いと文字通り便乗させてもらった。

 

菅の台バスセンターからバスに乗ってしらびそ平駅に向かい、

 

しらびそ平駅からロープウェイに乗って降りたら既にこれ。


 

思った以上に既にすごい。

 

そしてあれが乗越浄土か。針ノ木峠を見た時のような絶望はない。。。割と近そうに見える。

 

木曽駒は雪崩と暴風が怖いけど、この日は御覧の通り乗越浄土までは殆ど雪なし。

気温もプラス、風もwindyの予報だと風速5m程度の微風、という最高のコンディションだった。

 

相変わらず登り始めるとすぐに息が切れて、1人だけぜえはあしながら登ってたけど、割とあっという間に、45分ほど登ったところで乗越浄土に出た。

 

そして吃驚したのは、乗越浄土まで出るともう殆ど登らないというか、後は緩やかな登り下りはあるけれども殆ど頂上についたみたいな稜線歩きを楽しめること。

 

これは今回行かなかったけどたぶん宝剣岳。


 

すごいなぁ木曽駒。

 

 

ロープウェイ駅出発してから1時間半くらいで頂上到着。

 

そんなに早く着く訳ないと思ってさっきyamapのレコ3度見くらいしたけどやっぱり1時間半くらいだった。

 

1時間でこの景色が見られるってすごいよ。。。

 

 

今まで、登りごたえ、などと世迷言を抜かしていたけど、こんなにお手軽に素晴らしい景色が手に入るなんて、最高かもしれない、と思ってしまった。

 

今度はもっと雪が降ったときに来てみたい。。。雪の千畳敷カールをあがってみたい。

 

最近山に狂っていて自分でも忘れそうになるけれども、私はもともと海のほうが好きだった。

「海のほうが」というか、海にしか興味なかった。


高校生の頃、NHKの番組で見たセノーテの特集で番組のラスト、水底から見上げた空に魚が泳いでいくのをみて鳥肌立つくらい衝撃を受けた。
そして何故かわからないけど、私はきっと「ここ」と相性が良いだろうと確信した。


数年後に和歌山の海でライセンスを取ったとき、全く海が怖いと思わなかったし、耳抜きその他色々も問題なくできたと思う。
水の中で、パニックになることもなかった(マスクを外すのだけはちょっと怖かった)。

以来ダイビングは体の一部のようになって、慶良間、石垣、宮古、伊豆、グアム、ヤップ、パラオ、モルディブ、セノーテとカリブ海、ランギロア、。。。。色々潜った。
少し休暇が取れそうになると隙あらば休みをくっつけて潜ることを考えていた。

。。。山に嵌るまでは。

ダイビングと違って、こちらは最初自分が嵌るとは思わなかった。

私の最初の登山の記憶は小学生だ。
小学校の頃のサマーキャンプで氷ノ山を登らされたときに、最後頂上手前で半泣きになって座り込み「もう動きたくない」と駄々をこねて指導員を大層困らせたらしい。
母曰く、終わった後に指導員から「もうおいていこうかと思いました」と言われたそうだ。
駄々をこねたという都合の悪い部分は自分では忘れているけれど、頂上付近で眼下のキャンプ場を見ながら、もうここから飛んで帰りたい、と絶望的な気持ちで思ったのは覚えている。

非常に苦しかった、という記憶だけが残っていて、以来、「苦しい思いしてわざわざ山なんか登る奴、頭おかしい」と思っていた。

正直に言うと、4年前、先輩に連れて行ってもらった筑波山もひたすら苦しく人が多くそんなに素晴らしいと思えなかったし、金峰山を登ったときはもう、苦しさと情けなさで憤死しそうになり二度と登るまいと思った。
前に書いたように、山からの景色に心打たれてあほみたいに登りだすようになったのは尾瀬の至仏山に登って以来。

しかも最初は「山小屋で雑魚寝とかありえないし、お風呂入らないとかもあり得ないから。日帰りのみでしょ」と思っていたのが「日帰りはもったいない」と思ってテント担ぐようになるとは思わなかったし、「冬山とか頭おかしい絶対無理」と思っていたのが阿弥陀岳北稜の講習を受けることになるとは思わなかったし、「誰もいない冬山でテント泊とかマジ無理。恐怖で死ぬ」と思っていったのが3月の遠見尾根で1人テント泊するようになるとは思わなかった。
坂を転げ落ちる勢いでのめり込んでいて、今は隙あらば山に登りに行こうとしている。
金曜日や週末がつぶれそうになるとイライラしているし、一日に3回はwindy開いて登れる山を探している。


小学生の自分が聞いたら腰抜かすだろうな。

海は相変わらず好きではあるけれど、たぶんもう少し年を取るまではお休みかもしれない。
超激流のドリフトダイビングとかでない限り、もう少し年をとってもできるレジャーだと思うので。

でも山は違う。

たぶん今しか登れないところがきっとたくさんある。
先日の西黒尾根の登りは初めて登ったときに比べて時間も疲労度も違った。たった3年なのに明らかに体力は落ちてる。

鍛えれば多少違うのかもしれないけど。。。

体力の衰えに対する懸念なのかそれとも何か別のものなのかはわからないけど、何かに急かされるようにして登っている。それくらい嵌ってしまっている。