海と山、時々きもの -48ページ目

海と山、時々きもの

ダイビング記録+きもの試行錯誤の覚書。…だったはずなのに最近は山歩きの記録簿と化しつつある。
23年秋から山のない国に滞在中のため山歩き頻度は低下中。

ジャンダルムのこと書いた際にパリのアルバムを漁っていたら、憲兵の写真はなかったけどパリで唯一といっていいほど楽しかった記憶・記録が出てきたので載せておく。

おフランス/パリ好きな方々には申し訳ないけど、私のパリに対する印象は出国前プライマイゼロだったのが4年間の生活後の帰国時マイナス100くらいに達した。
つまりあまり良いものではない。


帰国して何年もたった今改めて振り返ってみれば、懐かしく思う部分もあるし、大切な思い出も楽しい出会いもあったし、もっと楽しめば良かったのに、と残念な気持ちもある。。。


なんであの頃あんなにパリが嫌いだったんだろう。
道が汚いとか治安悪いとか仕事が適当とか色々ネガティブな理由をつけていたけど、単にネクラ目ヒキコモリ科コミュ障類の私にとって、ただそこに存在するだけでちやほやされるパリという街が妬ましかったとかそういう心底くだらない理由も少しあったような気もする。

 

・・・ほんと心底くだらないな。


でもとにかくあの頃はパリが嫌いだった。

そんな4年間で唯一「パリ最高万歳大好き!」とテンションが大気圏を突破したのがこの日だった。

パリの地下ツアー。


きっかけはパリの下水道博物館に行ったことだった。
なんでこの下水道博物館の存在を知ったのか忘れてしまったけど、そんな死ぬほど面白そうな名前の博物館があるなら、とりあえずレミゼラブル(ミュージカル)好きとしてジャンバルジャン気分を味わいに行かねばならない、と思った。
この日もテンションがエベレストくらいには到達した気がするし、そこのお土産物屋で運命の出会いを果たしてしまった。


お土産に買った本"Paris Souterrain"。

 

この本はこんな書き出しで始まる。

 

パリはグリュイエールチーズである

 

要約すると、中世の時代、街を作るために後先考えず地下から石を切り出し街を拡大していった結果、街の下がチーズのような穴ぼこだらけになった。穴ぼこと穴ぼこはトンネルでつながれ、今、パリの下にはこうした地下通路が網の目のように張り巡らされている。

 

想像するだけでときめきの心臓発作で倒れそうになった。

 

そして心臓発作に耐えつつ眺めていて、発見してしまった。

地下の採石場にある「Capucinの泉」。


ここに行きたいと思った。
「地下洞窟」「水」と聞いてセノーテ好きの血が騒がない訳がない。

パリ、暗くて汚くて治安悪い(ごめん)だけかと思ってたけどこんな神秘的な所があるなんてすごい、と思った。
めっちゃ行きたい。

1年に1回しかいけない、と聞いて半分あきらめていたけど、友達がツアーに申し込んでくれて、ツアーが催行されることになったと連絡が来て喜び勇んで参加。
今は変わっているかもしれないしおぼろげな記憶だから間違っているかもしれないけど、ここはボランティア団体が運営していて、ツアーは不定期、ツアーに申し込みしたら開催されることになった時に連絡が来る、というシステムだったように思う。

当日、見た目はとっても普通の病院、L'hôpital Cochinの入口で待ち合わせ。

9時半集合なのに張り切り過ぎて8時40分に到着。寒かった。


病院の中庭から裏手に回って地下におりていく。この辺りで既にテンションMax。

 

最初に入口の部屋でお勉強する。

シャドーがかかっているところが地下採石場。

昔パリは中央の部分しかなかったので後先考えずに当時の「郊外」であったこの14区やモンマルトルの辺りの地下から石を取っていったので後から街を拡張するときに困ることになった、と。

 

…と言っていたような気がするけど、私のフランス語レベルは1/100なので勿論99%わからなかった。

 

こうやって地下の採石場から石を引っ張り上げていたとのこと。その後街を拡張するときに、地下はそのままにこういう装置や入口を潰して広げていったので、後で採石場がどこにあるかわからず困ることになったらしい。

 

・・・と言っていたような気がするけど(以下略&以降すべて同じ)

 

パリの断面図。

下水道の更に下に採石場。こう見ると確かに「グリュイエールチーズ」。

パリで建物の高さ制限があるのは景観のためだと聞いた気がするけど、こういうのみると、単に高い建物建てると地盤が持たないからなんじゃないかと疑いたくなる。

 

ありし日の採石場の写真。早く地下に行きたくて殆ど話聞いてなかった。

まぁ聞いたところで私のフランス語力は(以下略)

 

というわけでいよいよ入口からさらに階段を降りる。

 

この辺りで私のテンションはもう針を振り切りそうだった。

たぶんそれまでの(そしてその後の)パリ生活の中で一番興奮してた。

日曜になるとよく母親から「生きてる?」と生存確認の電話がかかってくる。

こっちから全然連絡しなくてすみません。

先週も今週もどこの山にも登ってないので生きてます。

相変わらず頭が痛い絶不調だけど。

 

たぶん私との共通の話題が山だけなせいか、母の話題は「テレビでグレートトラバースを見た」という話が9割で、山で大きな遭難事故があった時は山の事故のニュースが1割混じる。

山の事故のニュースはふんふんと拝聴した後いつも最後に「大丈夫、私はそんな怖いところ行かないから」といって終了する。

どんな山だって時と場合によって「怖い所」になりうると思ってる。。。でもそんなこと真面目に語っても無駄だしな。

 

今日の電話はそれだけでは終わらず、前にテレビで穂高山荘というところのご主人を特集していた、という話になった。

 

「すごい所に行ってたわ。なんだったっけ・・・ジャンバルジャンとかいう

 

おかあちゃん、それレ・ミゼラブルや。

 

ジャンダルムっていうんだよ、フランス語で憲兵っていう意味で、といつかどこかで見た蘊蓄を語る。

 

「あんな所、行かないでね」

「うん、行かないよ」

 

今年の夏こそは行こうと思っているが、そんなこと正直に言うほどアホではない。

 

母との会話で、憲兵(gendarmerie)のことを少し思い出した。

パリにいたときに、近くの施設を警備していたのがこのgendarmerieだったせいか、なんかあんまり「警察(police)」を見た記憶がない。

 

憲兵と警察って何が違うんだろう、と今更ながら(ほんと今更ながら)疑問に思ってちょっとググってみたけれどもよくわからない。。。

wikiにはgendarmerieは「主として地方圏で活動する」ってあるけど、じゃあ私の記憶が間違っているんだろうか。。。

でもあの施設に止まっていたバンにも銃持ってうろうろしていた人達の背中にもgendarmerieの文字があったように記憶してるんだけどな。。。policeだったことは一度もないはず。

 

思えば帰国してだいぶ経つしパリに全く愛着ないので、記憶が適当に改竄されているのかもしれない。。。

 

ほんとうは金曜日に休みをとって、金、土で霞沢岳をリベンジしようと思っていた。

でも、先週後半から何となく忙しくなり、今週に入って、うちの会社なんか知ったことか焼け落ちてしまえと思っている私でもさすがに休みを取るのは気後れするレベルに忙しくなって、休みを取ることは断念した。

それでも土、日で行こうと思っていたけど、朝起きる度に体がどんどん重くなり、月一の来客が1週間以上も続き、木曜の頭痛が金曜も一日中取れず、さらには金曜昼に久しぶりに社食に行ったらお腹を壊すに至って、ついに断念した。

無理。

次に霞沢岳行く時は不退転の決意、とか思ってたけど、さすがにこのコンディションで突撃したら行倒れる。
なんか、なんでか知らないけど左膝もちょっとおかしいし。なんかうまく言えないけど、痛くはないんだけど筋肉が変な曲がり方をしている気がする。

これは休めという神様のお告げだと思うことにしよう。。。

今日はこんこんと10時間以上眠った。それでもまだ眠いしまだ頭が痛い。

明日日帰りでどこか、と思ってたけどもうやめておこう。。。微妙に仕事も残ってるし。


今シーズン、結構いろんな山に登った気がするけど、日記を見返してみて、去年「来年ここだけは行きたいと思っている」と書いていた4つのうち1つも登っていないことに気づいた。。。。なんてことだ。

去年「来年ここだけは行きたい」と書いていたのは、

①五竜岳
②蓮華岳丸石尾根
③赤岳ー横岳ー硫黄岳ー天狗岳ー黒百合リベンジ
④西穂高

赤岳ー横岳ー硫黄岳ー天狗岳ー黒百合については、ある意味今年1月の大同心稜の後の縦走をそれに代わるものとして位置付けていたので、再び断念したことになるのかもしれない。
無謀な計画を立てる癖は1年たっても治ってない。。。

五竜はなんで行けなかったんだろう。。。と改めて考えると、天気かな。

なんか今年の冬、週末の北アルプス、あんまり天気が良くなかった気がする。気のせいかな。雪ばっかりだったような。。
チキンな自分は雪崩も怖いので、例え晴天でも降雪の後とか怖くて五竜岳を候補に入れることはできない。。。
レコはちょこちょこあがっているし、今日なんて最高の天気っぽいからきっとたくさんの人が行ってるだろうけど。。。うらやましい。。。う…頭が…。

西穂は天気もだけど、アクセスがちょっと厳しい。。。公共交通機関を乗り継いでいくと一日がかりになる。
朝東京から松本に行き、松本を11時55分発のバスで平湯に13:33、乗り換えて新穂高につくのが14:16。
そこからロープウェイ(しかも強風だと動かないリスクがある)に載って、さらに西穂山荘へ。。。とアクセスの難しさトリプルA。

4つともどれも引き続き行ってみたいと思っている。

でも今年また新たに興味ある山が出てきてしまった。

・西穂高西尾根

 よく見る淳つさんの動画で見た、西穂高に至る別のルート。
 これならロープウェイ気にしなくてよさそう、と思い。。。

 しかし今の私のレベルで行ったら途中で行倒れること間違いなしなのでもうちょっと修行してから行きたい。

・涸沢岳西尾根ー奥穂高

 これも淳つさんの動画で見て気になっている所。
 しかしつい最近の動画をみて、歩いている撮影者の真横で雪庇が崩落するのを見て、ヘタレチキンハートが震えあがってしまった。

技術的にも体力的にも相当厳しそうだ。。。

たぶん後3000回くらい修行しないと無理。

・槍ヶ岳(中崎尾根)

 これも淳つさんの動画で見たルート。・・・私どんだけ淳つさんの動画みてるんだ。ストーカーか。
というのはさておき、行ってみたい。他の人の積雪期のレコを見てもとても素敵なルートのようだった。

槍ヶ岳、ものすごく混むときいて特に行きたいと思ったことはなかったんだけど、積雪期なら込まずに素晴らしい景色がゆっくり堪能できるのでは、と気づいてしまった。 

うーん…まぁ、どれにも言えることだけど…

なんで技術も体力もないのにハードル高そうな山ばっかり夢見るんだろうか、私よ。

とりあえずヘタレチキン野郎である身の程を弁えて登れる山を探してください。
あと、

厳冬期テント泊をまともにできるようになってから寝言を言って下さい。

この前の霞沢、ほんと凹む。。。

先日の霞沢岳西尾根(敗退)でテント泊を経験してみて、ド素人なりに、持っていけば良かったな、と思うものが幾つかあったので備忘として書き留めておく。

 

①マグマカイロ
 今回マグマカイロ5個と貼るカイロ2つを持っていった。
 1日目登るときにマグマカイロ1つをお腹に挟み、寝るときに3つ(2つは両足の象足と中に入れ、一つは握りしめた)消費し、貼るカイロ1個は背中に張った。
 それでも寒くて寝られず、かといって次の日の事を思うと残りのカイロ2個(マグマ1,貼る1)を消費することもできなかった。
 もっと持っていけばよかった気がする。

②予備のライター(フリント式)
 前回書いたように、2日目の朝、ライターの火がつかなくて大変焦った。懐であっためておくべきであったのは勿論のこと、予備のライターを持っていくべきだった。
 ただ、ライターである以上低温でつかなくなるリスクって常にあると思うので、予備は防水マッチとかのほうがいいのかな。。。雪山で防水マッチってどうなんだろう。
 
③プラティパス
 今回持っていったのは山専ボトル(小さいサイズ)1本だけ。
 ただこれだと、お湯作っても入れる場所がボトルしかなくて、そしてボトルのお湯はお茶飲んだりご飯作ったりするとすぐなくなる。
 また雪から水→お湯を作らなければならない。これは結構面倒だな、と感じた。作ったお湯(か水)をためて置けるものがあれば便利。
 今まで持ってなかったけど、あのプラティパスという奴があれば便利な気がする。

④お湯のいらない食べ物
 これは、「持っていけば良かった」というよりは「持って行って良かった」ものになるけど。
 今回、お湯入れてつくるご飯(モンベルのリゾッタシリーズとフリーズドライの雑炊、スープ)のほかにすぐに食べられるものも少し欲しいな、と思って、行動食のほかに、コンビニのロールパンを一袋もっていった。
 2日目の朝、ライターは結局火がついたけど、もし火がつかなかった場合食糧は行動食とこのロールパン1袋だけになっていたと思うので、持っていって良かったと思うし、これからも常に「お湯がなくても食べられる」ものは保険として持っていこうと思った。

⑤インスタントぜんざい(=少し腹持ちのするおやつ)

 …1㎝くらい上で書いたことと矛盾するかもしれないけど、今回「持って行って良かった」と思った2番目がこの井村屋のインスタントぜんざい(おもち2枚入り)。

 完全に個人の好みになるんだけど、めっちゃおいしかった。

 疲れると常に食欲なくなるんだけど、今回このインスタントぜんざいはするっとお腹に入った。

 しかも甘い紅茶と違って、ほんの少しだけどおもちも入っているので少しはお腹に溜まるような感じもある(完全に個人の感想です)。

 あまりに気に入ったので、先週末、神保町の石井スポーツで店頭に出ていた4カップ全て買い占めてしまった。

 薄いおもちとか入れてみるともっと良いのかもしれない。色々実験してみようと思っている。

 

 

・・・とりあえずこれくらいだろうか。

北アルプスも一気に春になったようで今週末は最高気温がプラス圏内の所が多い。

雪が腐るのも怖いけど、後1回くらい雪山テント泊してみたいなぁ。。。

 

二日目のことを書くのに1週間以上もかけてしまった。
思い出そうとすると「…う、頭が…」みたいな状態になり、なかなか書き進まなかった。

まぁでもいつまでもうじうじと引っ張っても仕方ないので、記録としてつけておこうと思う。

簡潔に事実のみを述べるなら、

①寝られなかった
②登ってる途中で気分悪くなった
③引き返した

以 上


…つらい。

山にいる間は睡眠が短く細切れになる。
ぐっすり快眠、というのを経験したことがない。
(2年前の黒百合は結構寝られた)

しかしここまで寝られなかったのは初めてだった。

原因として考えられるのは、

①寒さ
②酸欠
③遠足前の小学生状態で興奮していた


で、最初は①だと思ってたけど、時間がたつにつれて②かもと思っていて、迷っている。

①については、当時の装備は、クローズドセルのマットにサーマレストのネオエア(たぶんXサーモ)を置いて、冬用シュラフにくるまっていた。
服装は、上はミズノのベースレイヤー+モンベルの腹巻(マグマカイロin)+パタゴニアのキャプリーン+PatagoniaのR1+マムートのノードワンドプロ+パタゴニアのDASパーカ。
下はモンベルのメリノウールのタイツ(一番厚い奴)+モンチュラのエクスカリバー+モンベルのダウンパンツ+象足(マグマカイロin)。

今見ても「これで寝られないってどういうこと???」と思う。
でも、シュラフに入った当初は暖かいと思っても、少し立つと気づくと歯ががちがちなる程寒かった。
寒すぎてしばらくしてエマージェンシーシートでシュラフをくるんだほど。
そして結局、暖かいと思っても少したつと歯ががちがちなる、というのを一晩繰り返した。

②についてはシュラフに入ってしばらくして息苦しくなってきて何度も寝がえりを打った。

結局一晩中息苦しい気がして、帰ってきて原因を考えていたときにようやく、酸欠だったのかな、と思い当たった。
 

あまりに寒かったのでベンチレーションは、就寝前に全て閉じていた。
これが良くなかったのかもしれない。。。
でもお湯沸かすのはずっと外でやってたし、寝る直前まで換気はしてたし、大きめのテントに1人だからそこまで問題とも思わなかったんだけど。。。
実際、頭痛とかは特になかったしな。。。

③は…もしこれが理由だったら私はもういっぺん小学生に戻ってきて人生やり直したほうがいい。



①については、テントの気温は朝気づいたら霜がはっていたけど、少なくとも起きてる間は室温がマイナスになることはなかった(吐く息が白くならなかった)と思うし、もっと寒い山小屋だっていっぱいあったし(それでも多少は寝られた)、時間がたつにつれこっちが理由じゃない気がしてきた。
②なんじゃないかな。。。
でももし②なんだとしたら、こんな高性能のテントを買っておいてなんてお粗末な展開なんだろう…「宝の持ち腐れ」「豚に真珠」ってこういうことを言うんだな。
まぁ、①でもそうなんだけど。。。


とりあえず、文字通り一睡もできないまま絶望して朝というか起床予定時間の3時半ちょっと前にシュラフを出た。
5時にはテントを出て登り始めるつもりなので、早めに起きたつもり。
起きて、自分の頭の上辺りに霜が張っているのに気づく。
結露しづらいといっても完全に結露しない訳じゃないんだな。。。私の使い方が悪いせいかもしれないけど。


とりあえず身支度した後、雪からお湯を作って朝食にしようとバーナーを外に出して、火をつけようとした。
ここで、ライターで何度かちかちやってもライターの火がつかない、という事態に直面してちょっと青くなった。
低温に強いフリント式のライターを持ってきてるはずなのにつかない。オイル切れなのか、それともフリント式でも低温でつかなくなるのか。
色んなものを寝袋に入れていたけどライターは入れていなかった。

失敗した。

でも低温が原因なのであればあっためればなんとかなるのでは。
オイル切れ、というのだけは勘弁願いたい。この山専ボトル一本分のお湯で山頂まで往復して下山はさすがに無理だ。
低温が原因であってくれ、と思いながらしばらく両手であっためてからかちかちやる、ということを何回か繰り返したら火がついて、心底ほっとした。
帰宅後ライターをかちかちやったら普通についたので、おそらく低温が原因だったんだと思うけど、予備を持っていかなかったこと、寝袋に入れなかったことを海より深く反省した。

寝られなかったせいかしんどくてあんまり食欲もないけど、バターロールパンを3つ押し込んでお湯を飲み、新たに作ったお湯を山専ボトルに押し込み、準備して出発。
最初火がつかなかったことやお湯を作るのに時間がかかったこともあって、出発は5時半前になってた。

この時点ではややだるいものの、それ以外はどこも不調はないように思えた。
息は切れたけど、薄暗がりの中で遠くに浮かぶ白い山がきれいでテンションはMaxだった。

 

が、どうにも足が重い。
息の切れ方が半端じゃない。

全然足が進まないし、なんか呼吸がうまくできなくてみぞおちの辺りが痛くなってくる始末。

 

しばらく登ったけど、立ってられなくなって、下したザックの上に座り込んでしばらく休憩した。
お湯を飲んだけど、やけに喉が渇く気がした。

思わぬ不調でちょっと焦ったけど、まぁ登りはじめに気分が悪くなるのはよくあることだし、立ってられない程であってもしばらく休憩すれば治るはずだから大丈夫と、と自分に言い聞かせる。

しばらくしてから再び登り始めたけど、結構な急登が続いてまたすぐに息が切れてみぞおちの辺りが痛くなる。

なんかふらふらして進めなくて、またすぐにザックを下して座り込んでしまった。

 

…なんかやばい気がする。と思ってこの辺りから焦りだす。

こんなに天気が良いのに、テントまで担ぎあげたのに、今日登れないなんてことがあっていいんだろうか?

冗談だろう?と思う。

気のせいだろう、と休み休み登山再開するも、全然足があがらない。なんか、冷や汗みたいなのまで出てきた。

何度目かに座り込んだ時に、寒い、と思った。
樹林帯をまだまだ抜けていないけどだいぶ木がまばらになってきていて風が結構強い。
谷川岳の時は真っ白になるくらいの地吹雪でも寒いと思わなかったけど、今は寒いと感じる。

もう残念ながら認めざるを得ない。
どう考えても体調が悪い。絶不調。

この先、樹林帯を抜けてしまったら風をよけるところはないんじゃないだろうか。
今こうやって木の裏側で休み休み登ってるけど、これ以上行ったらそれが出来ない。
樹林帯終わってすぐ山頂じゃない。かなり歩くはず。その間にナイフリッジも核心部も越えなければならない。
この体調で行けるのだろうか。。。

何のためにテント泊したんだこんなに天気良いのに、と思う自分と、いやもう無理ほんと無理、と思う自分がしばらくせめぎ合った。

で、結局後者が勝った。

体調悪いことの他に、この後テントを背負って降りなければならない、というのも心の重石になっていた。
もし無理に進んで体調悪化したらこの後テント背負って降りられなくなる。
もう一晩はきつい。。。昨日寝られなかった。寒かった。今日は温かい所で寝たい。

引き返す、と決めたものの自分で自分の選択がショック過ぎてここでも宇宙猫にならざるを得なかった。

 

「無」だ…「無」になろう。。。

「無」のまま写真を撮る。
きれいだ。ほんとに。。。

 

ここまで頑張った証としてスクショもする。
しかし今改めて見て気づいたけど、6時半の時点で2065mってことは、私1時間強かけて140mしか登ってないんじゃんなんだそれもう絶望。


少し休んで下山したら、意外にテントが近いな、と思ったんだけど、そりゃ道理で近いはずだわ。


「無」。。。。


「無」。。。


テント場帰着。


紅茶を飲んでからマットの上に横になってしばらくしていたらだいぶ気分が戻ってきた。


なんか現実を認めたくなくて「無」のままとりあえず荷造りを開始しテントを撤収してたらちょうど下から日帰りの人達が登ってきて何組もの人と会話することになった。

「昨日登ったんですか?」「もう登ってきたんですか?」と大体聞かれた。

まぁ聞きますよね。。。私が同じ立場でも聞くもの。

こんな早い時間にテント撤収してる人みたら、え、もう山頂行って帰ってきた?この時間に?って思うもの。

聞かれるたびに「いやーそれが今朝行こうと思ったら体調不良で帰ってきちゃったんですよ」とへらへら笑って返してたんだけど、これはなんというか、自分にとって良かったと思う。
それまで現実逃避モードだったのが、「引き返してきた」「諦めた」と自分で口にすることによって、撤退を自分の中で消化する作業になったというか。。。

そしてここでも、この後も、話した人皆優しかった。
私が「体調悪くて引き返してしまった」というのを聞いて、「ここからでもすごい景色だと思う」とか「1人でテント泊しただけでもすごい」とか「山は天候と自分のコンディションが揃わないと」とか色々フォローして下さった。
人の優しさが身に沁みるぜ。。。

たぶん1人だったらどんよりしながら降りてたと思うけど、いろんな人とすれ違いざまに話をして降りたことによって、だいぶ救われたというか気持ちが軽くなったような気がする。



あの日ド晴天の霞沢岳西尾根で1人陰気な顔してたであろう野良ゴリラに声をかけてくださった全ての人に感謝。。。ありがとうございました。


西尾根の入り口まで降りてきたら、上高地に行く人達がわんさかいた。

素晴らしい天気にちょっぴり涙がちょちょぎれそうになるも、気分も回復してきたし時間も有り余っているので、大正池の方までぶらぶらしてみた。

 

ほんと素晴らしい天気だ。。。と思う一方で、山頂も今頃きっとすごい景色が広がっているに違いない、という悔しさがどうしても抑えられなかった。


 

…美しいと悔しいを心の中で繰り返しながら昼過ぎに下山。

 

霞沢岳西尾根一泊二日、終了・・・。


・・・というものの、自分の中で山行が全然完結した気がしない。。
これだけ失敗を引きずる山行は初めてかもしれない。
霞沢岳西尾根。今年はもう無理かもしれないけど、リベンジしたくてたまらない。