ジャンダルムのこと書いた際にパリのアルバムを漁っていたら、憲兵の写真はなかったけどパリで唯一といっていいほど楽しかった記憶・記録が出てきたので載せておく。
おフランス/パリ好きな方々には申し訳ないけど、私のパリに対する印象は出国前プライマイゼロだったのが4年間の生活後の帰国時マイナス100くらいに達した。
つまりあまり良いものではない。
帰国して何年もたった今改めて振り返ってみれば、懐かしく思う部分もあるし、大切な思い出も楽しい出会いもあったし、もっと楽しめば良かったのに、と残念な気持ちもある。。。
なんであの頃あんなにパリが嫌いだったんだろう。
道が汚いとか治安悪いとか仕事が適当とか色々ネガティブな理由をつけていたけど、単にネクラ目ヒキコモリ科コミュ障類の私にとって、ただそこに存在するだけでちやほやされるパリという街が妬ましかったとかそういう心底くだらない理由も少しあったような気もする。
・・・ほんと心底くだらないな。
でもとにかくあの頃はパリが嫌いだった。
そんな4年間で唯一「パリ最高万歳大好き!」とテンションが大気圏を突破したのがこの日だった。
パリの地下ツアー。

きっかけはパリの下水道博物館に行ったことだった。
なんでこの下水道博物館の存在を知ったのか忘れてしまったけど、そんな死ぬほど面白そうな名前の博物館があるなら、とりあえずレミゼラブル(ミュージカル)好きとしてジャンバルジャン気分を味わいに行かねばならない、と思った。
この日もテンションがエベレストくらいには到達した気がするし、そこのお土産物屋で運命の出会いを果たしてしまった。
お土産に買った本"Paris Souterrain"。
この本はこんな書き出しで始まる。
「パリはグリュイエールチーズである」
要約すると、中世の時代、街を作るために後先考えず地下から石を切り出し街を拡大していった結果、街の下がチーズのような穴ぼこだらけになった。穴ぼこと穴ぼこはトンネルでつながれ、今、パリの下にはこうした地下通路が網の目のように張り巡らされている。
想像するだけでときめきの心臓発作で倒れそうになった。
そして心臓発作に耐えつつ眺めていて、発見してしまった。
地下の採石場にある「Capucinの泉」。

ここに行きたいと思った。
「地下洞窟」「水」と聞いてセノーテ好きの血が騒がない訳がない。
パリ、暗くて汚くて治安悪い(ごめん)だけかと思ってたけどこんな神秘的な所があるなんてすごい、と思った。
めっちゃ行きたい。
1年に1回しかいけない、と聞いて半分あきらめていたけど、友達がツアーに申し込んでくれて、ツアーが催行されることになったと連絡が来て喜び勇んで参加。
今は変わっているかもしれないしおぼろげな記憶だから間違っているかもしれないけど、ここはボランティア団体が運営していて、ツアーは不定期、ツアーに申し込みしたら開催されることになった時に連絡が来る、というシステムだったように思う。
当日、見た目はとっても普通の病院、L'hôpital Cochinの入口で待ち合わせ。
9時半集合なのに張り切り過ぎて8時40分に到着。寒かった。

病院の中庭から裏手に回って地下におりていく。この辺りで既にテンションMax。

最初に入口の部屋でお勉強する。
シャドーがかかっているところが地下採石場。
昔パリは中央の部分しかなかったので後先考えずに当時の「郊外」であったこの14区やモンマルトルの辺りの地下から石を取っていったので後から街を拡張するときに困ることになった、と。
…と言っていたような気がするけど、私のフランス語レベルは1/100なので勿論99%わからなかった。
こうやって地下の採石場から石を引っ張り上げていたとのこと。その後街を拡張するときに、地下はそのままにこういう装置や入口を潰して広げていったので、後で採石場がどこにあるかわからず困ることになったらしい。
・・・と言っていたような気がするけど(以下略&以降すべて同じ)
パリの断面図。
下水道の更に下に採石場。こう見ると確かに「グリュイエールチーズ」。
パリで建物の高さ制限があるのは景観のためだと聞いた気がするけど、こういうのみると、単に高い建物建てると地盤が持たないからなんじゃないかと疑いたくなる。
ありし日の採石場の写真。早く地下に行きたくて殆ど話聞いてなかった。
まぁ聞いたところで私のフランス語力は(以下略)
というわけでいよいよ入口からさらに階段を降りる。
この辺りで私のテンションはもう針を振り切りそうだった。
たぶんそれまでの(そしてその後の)パリ生活の中で一番興奮してた。




















