海と山、時々きもの -44ページ目

海と山、時々きもの

ダイビング記録+きもの試行錯誤の覚書。…だったはずなのに最近は山歩きの記録簿と化しつつある。
23年秋から山のない国に滞在中のため山歩き頻度は低下中。

先週土曜日はとある山小屋に宿泊した。

 

私に山歩きの楽しさを教えてくれた恩人である先輩に「私を〇〇山に連れてって♪」と言われて喜び勇んで計画した山行の前泊。
前から泊ってみたかったところで、個室泊だったせいかめちゃめちゃ快適で、朝早く宿を出たおかげで頂上にも行けたし、満ち足りた気分で山を下りた。山小屋の人達もとてもやさしかった。

そして月曜日、仕事帰りに友人と飲んでたら、先輩からLINEが来て曰く、「さっき山小屋から連絡があって、従業員の人のコロナ陽性が確認されたそうです。我々は濃厚接触者には当たらないそう」とのこと。

一応前例も鑑みた上で念のため上司に報告してから火曜日は出勤した。
山小屋のウェブサイトでも、陽性者が出たこと、数日山小屋を閉めること(トイレ利用も不可)が掲載されているのを眺めながら、去年泊まったとある山小屋での出来事を思い出した。

山小屋とコロナ、と聞くたびにあの時のことを思い出す。

だいぶ前のことなんだけど、どうすればよかったのか、自分は間違ったことをしたんじゃないかと思って今でも時々悶々としている。

去年の冬、とある山小屋に泊まった時のこと。
(ちなみにその山行はこの山歩き日記には書いていない。)

山小屋の個室で荷物を下して1人ごろごろとしていたら、後から到着したグループが私の部屋の外の廊下の踊り場(?)で小宴会を始め出した。
声から、歳はたぶん5,60歳台。仲良し山歩きグループ、といった風情の男女混合の4,5人グループだと思われた。

いくら場所がないとはいえ、他の人も通る通り道で宴会を始める神経がわからない、と思ったけど、見知らぬ他人にそんなこと言う程勇気はない無粋じゃないので、部屋で1人楽しく地図を眺めつつ明日の山行を考えていた。

そしたらそのグループの中の1人(おっさん)が突然、

「実はちょっと今朝から熱っぽいんだよね」

とデカい声を上げたのが聞こえて、固まってしまった。

お酒が入っているからだと思うけど、同じグループのメンバーは最初「やだもう洒落にならない~」「外行け外!」と笑っていた。

でもそのオッチャン①が悪びれた風もなく

「ほんとほんと」

「なんか喉も頭も痛いんだよ」

と言葉を重ねたもんだから、さすがに洒落にならないと思ったのか、だんだんしん、として「ちょっとやめてよー」と女の人が言った後は静かになってしまった。

すると今さらまずい、と気づいたのかオッチャン①は

「でもコロナじゃないと思うんだよ」

と言う。

私の血管はここでキレそうになった。

女の人が「なんでわかるのよ」と言ってたけどいやほんとそれ。

なんで言い切れるの???PCR検査したのか?と思う。

「え、もし熱あるって言ったらどうなるの?」
「隔離部屋があるでしょ」

とグループがこそこそ話し合っているのをどきどきしながら聞いていたけど、彼らのうち誰も、一向に山小屋に言いに行く気配がない。

そして女の人が「もうほんとにやめてよね」と言った後は、何事もなかったかのように、別の話題に移ってしまった。
勿論宴会は継続中。

私の血管はここで再びキレそうになった。
 

ばーんと扉をぶち明け躍り出て、

何しれっと宴会続けてるんだ今すぐ山小屋に自己申告しろこの$%&’(。

と怒鳴りたかった。

大体なんで道のど真ん中で宴会してんの?ヤンキー高校生か。
そこまでして飲みたいか?
酒飲まなきゃ死ぬの?


と言いたかった。

 

。。。けど、それが言えるくらいならヘタレチキンを名乗っていない。

 

結局私は迷いに迷った末、彼らが立ち去るまで出ていけなかった。。。


一晩一つ屋根の下で過ごすのに、こんな非常識なグループとトラブルになって恨みを買いたくない。というチキンな思いがあった。
昔ロンドンのヴィクトリアコーチステーションでスリにすられそうになってたおっちゃんに「後ろにスリいるよ。気を付けて」と言ったら、スリグループに唾をはかれた上にその後しばらく付きまとわれた、という恐怖体験があるので、あんまりDQNと関わり合いになりたくない。
それに顔を見た訳でもなくもしかしたらただの風邪かもしれないし質の悪い冗談で言っているだけかもしれないのに、大ごとにしてしまって良いのだろうか、という迷いもあった。

そして、こっそり山小屋の人に言う(=告げ口する)かさんざん迷った末に、それもできなかった。


もしKYなオッチャン①がコロナだったとして、そして感染が広がったら山小屋に大変なご迷惑がかかる。だから今言うべきだ、と思う自分と、

 

でももし私が山小屋の人に言ったら山小屋は犯人捜しをしなきゃいけないし、それは夕食前のこの時間大変なご迷惑をかけることになるだろう。それに「犯人」が見つかるまで、山小屋の人も宿泊客皆も不安・不快な思いをするだろう。そっちのほうが山小屋にとってご迷惑なのでは?という迷いもあった。
コロナかどうか確定もしていないのにそんなことをしてしまっていいのだろうか、と躊躇してしまった。

その後ずっと悶々と悩んだけど、結局、チェックアウトするまでこのことを私は山小屋に伝えることができなかった。
帰ってきた後も気になって1週間ほどは毎日山小屋のウェブサイトを見ていたけど、感染者が出た、というニュースはなく、ひとまず安心した。。。けど、伝えるべきだったんじゃないか、と今でも後悔しているし、恥ずかしいけどどうすれば良かったの未だにわからない。

というかそもそも、コロナが疑われる症状があるって自覚してるのに山に(しかもグループで)登って山小屋に宿泊する、ってどういう神経してたらできるのだろう?
しかもそれで宴会するってほんとどういうこと?
山小屋がこれだけ色んな対策して気を付けているのに、それを台無しにしてしまう、っていう思いはないのだろうか。
自分が楽しければそれでいいんだろうか。

とこの事を思い出すたびに今でもオッチャンとその仲間たちに猛烈に腹が立つんだけど、でもそれを聞いていて直接彼らに注意せず山小屋にも言わなかった私も同罪なのかもとも思う。。。
ほんとに、どうするべきだったのか。。。未だに思い出すたびにぐるぐると悩んでいる。

もういい大人なんだからこういうのは自分の中で消化しなければ、と何度も思おうとしたけど、何日たっても怒りがふつふつと燻っているので、山に行く前にストレス発散代わりに書き散らかしておこうと思う。


私は、人は結婚して子どもを持つことによって別の生き物にクラスチェンジする生き物だと認識している。

いわばハマチがブリになるみたいなものだ。

本来のハマチが何をきっかけにブリになるかは知らないけど。

つまり、結婚して子どもを持った持った男の人/女の人はもう「男/女」ではなく「父/母」という別の生きものになるのだと思ってる。
そして、独身で子どもがいなくても、人はみないずれブリになると思ってる。
そういう意味では私は数年前から自分もブリという認識。



…と前置きが長くなったけど、先日長年の飲み友の1人である先輩(ブリ)と久しぶりに中華に行った。
砂糖をまぶした北京ダックの皮と紹興酒の相性が素晴らし過ぎて打ち震えていたら、先輩が突然


「俺、〇〇さんのこと好きかも」

とのたまった。

へえそうですかありがとうございます~、と流せなかったのはなんか妙な空気だな、と嫌な予感がしたからで、余計かと思いつつ念のため「でもどうにもならないですねー」と釘をさすことにした。
そしたら、

 

「なんで?駄目?」

 

と衝撃の問いが降ってきた。

ブルータスよお前もか。

駄目に決まってますよね、と思わず言ったけど、その後も「なんで駄目なの?」と何度も何度も訊かれて、最初は衝撃で混乱してたけどだんだん腹が立ってきた。

ふざけんな駄目に決まってるだろうがあんたブリですよね。

その左手薬指に嵌ってる指輪で目ぐりぐりしてあげましょうか。

むしろ、なんで駄目じゃないと思った???
そう訊くってことは私がOKすると思ったんだ?
先輩いきなりどうしちゃったんですか?
そんな奴だと思われていたことがショック過ぎる。

昔、大変敬愛していた上司(ブリ)に「デートしてもいいですか」と衝撃的なSMS貰った時以来の気持ちになった。

悲しい、気持ち悪い、屈辱的、悲しい、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い×∞。。。

ブリの癖に欲を持て余してワンチャン火遊びできないかな、ときょろきょろしている野郎共、ほんと気持ち悪すぎて全員〇ね延焼して照り焼きになればいいのに、と思ってるけど、尊敬してた大好きだった先輩を「照り焼き」枠に入れなきゃいけなくなったことがほんとにショックだ。

同性同士であれば普通のことを男女だからといって変に意識することの方がおかしい、と思ってたけど、そういう自分の認識の方が間違っているのだろうか。
勿論相手がハマチだったら色々誤解のないように気を付けるべきと思うけど、相手はブリである。
ブリが家庭の外で他人にそんな欲を持つことはないはずだし、持つことは許されないはずだ。

以前上司の件で悩みに悩み相談した会社のエライ人達は「飲みに誘われて断らない君が悪い」と言った。
その時は、ブリのくせに欲を捨てきれず手近で解消しようとする気持ち悪いブリではなく、ブリ(しかも立場あるブリ)がそんな事思うはずないと認識していた私のほうが悪いというこんな会社、滅びてしまえ、と思った(今も思っている)けど、やっぱり私の方が間違っているんだろうか。

世の中で煩悩にまみれた気持ち悪いブリはほんの一握りだと思っていたけど、殆どのブリは煩悩まみれで隙あらばハマチの水槽に飛び込もうと機会をうかがっているのだろうか。
今回も差しで飲んだりしていた私が悪かったんだろうか。

ほんと吐き気がする。
全員照り焼きになってしまえばいいのに。

基本的に山の景色を見るのが好きなので、前も書いたけど山で写真を撮るときに自分を入れて撮ることはほぼない。

美しい景色に異物が混入するのが嫌だ。

 

同じように、youtubeに色々あがっている山行動画の中でも人が大写しになって何かを喋っているようなのはほぼ見ない。

山の景色多めで話し声少な目の動画をよく見る。


人が映って何かを喋っている動画、というのはロープワークの解説以外殆ど見たことがないけど、唯一takemovieさんの動画は結構見ている。ゆるキャンシリーズがめっちゃ好きだ。
先日アップされた、ゆるキャンシリーズの系統と思われる「高尾山北壁厳冬期単独無酸素宇宙初登頂」が面白すぎて1人でげらげら笑いながら見ていたけど、今日、その解説(?)動画があるのを発見して聞いてて、あーなんかわかるかもなぁ、と反省を込めて思った部分があった。

通勤途中の流し聞きだったので趣旨を誤解している部分があったら申し訳ないけど、takemovieさんは、単独、ソロ、厳冬期、という言葉が最近乱暴に使われているんじゃないか、単なる手法や時期の記録や精神の在りようではなく、すごさ(自己顕示欲)の指標としてお手軽に使われ過ぎているんじゃないか、というもやもやがあるのかな、と理解した。

で、非常に共感した。

念のためだけど、私は「1人の力で登った!やった!」という人様の達成感や喜びに水を差すつもりは毛頭ない。

技量もなく山に真摯に向き合っている訳でもない私にはそんな資格もないし。。。
単に、我が身を振り返って「ああ、気を付けないとな」と思った。

つまらない自己顕示欲に飲み込まれたり、自分1人の力で登った、などと勘違いしたりしないように気を付けよう。。

この前の甲斐駒の山行記のタイトル、私は「冬の甲斐駒ひとり登山」というタイトルを付けているけど、この場合の「ひとり登山」は単に前回の「A氏と一緒」状態だった山行が嫌過ぎて、今回1人だったことが嬉し過ぎたので、そうつけた。


でも、一番最初に「1人で」赤岳に登った時の「冬の赤岳ひとり登山」はたぶん違う気がする。


言葉としてまとまりが良いから、という単純な理由もあったと思うけど、恥を忍んで書くと、たぶんこの時、「わたしは初心者だけど1人の力で冬の赤岳っていう山と渓谷で「本格雪山」と書かれてるような山に登れたぞ、やった!」という、恥ずかしい勘違いがちょっとあって、しかもそれを残しておきたいと思ってしまったが故にこのタイトルにした気がする…。
だってその証拠に「1人でアイゼンとピッケル使って登れてうれしい」って書いてるしな。。。

 

今はもうそんな大それた勘違いはしていない、と信じたい。


自分の心境を振り返るに、

1年目:
「1人でも雪山登れるぞ、やった!」


と喜び、


2年目:
「コンディションに恵まれトレースがあるからこそ1人で登れてる」


と気づき、


3年目(今年):
「1人で登ることと、1人(の力)で登ることは違うな。。。」


ということをようやくしみじみ実感している。

去年、赤岳ー硫黄岳の縦走を失敗した(トレースのない二十三夜峰で怖くて動けなくなった)ことで気づき、今年、前白根や甲斐駒を経て、西黒尾根の時に身に染みて実感した。

わたしが1人で好き勝手しても無事に色んな山に登って降りられているのは、別に私自身の力ではなく、他の人達のおかげだ。


トレースを踏み固めてくれたたくさんの先行者の人達や、すれ違って声をかけてくれる人達や、yamap/yamarecoに軌跡を残してくれる人達のおかげで登れているんだ、という感謝を忘れないようにしながら登ろう、と思った。


トレースのないナイフリッジや記録のないルートもいつか「自分だけの力」で超えてみたい、という思いはちょっとあるけど。。。まぁ後1000年くらい修行が必要だな。


身の程を弁えつつ色んな経験を積んで、ちょっとずつ行ける先も広がっていけばいいなぁ、と思っている。

夜中によくわからない動物の声に起こされたけど、それでもこの前の霞沢岳に比べるとだいぶ眠れたと思う。

 

この前眠れなかった原因について、自分なりに①寒さ、か、②酸欠、だと考えた。

今回、①については多少寒いと思ったときもあったものの気温がこの前よりだいぶ高かった(この前の霞沢は夜3時時点で-12℃、今回の蓮華は-5℃の予報)せいかそこまで気にならず、②については天井の通気口2つと片側の通気口を開けて寝たおかげか、全く息苦しさを感じることはなかった。

3時半に目覚ましをセットしていたけど寝汚く4時過ぎくらいまでごろごろした。

 

①で「多少寒い」、と思った原因は起きて判明した。

クローズドセルのマットの上に重ねたインフレータブルマットがぺちゃんこになっている。

穴が開いていたのか閉め方が甘かったのか空気が抜けた様子。

これでも寝られたってことはやっぱり気温が高かったってことかもしれない。

 

身支度しながら天気予報を確認する。

で、この前も書いたけどこれを見たときに「もう上に行くのは諦めて降りよう」と思った。

 

太陽が完全に見えない予報だし、雪はいきなり12時に降り出すわけじゃなく、11時、あるいは10時にはもう降り出したりするかもしれない。

自分でもどんだけビビリなんだ、と思うけどこの予報で上に行くのは私は怖すぎて無理。

 

上に行くのを諦めつつ、プラティパスの中身をコッヘルに開けて火をつける。

この前の霞沢の時の反省を活かして、この日はライター2本をポケットに入れて眠った。

ガス缶を抱きしめて眠る勇気はなかったので、ガス缶はザックの中に入れておいたのを起き抜けに出して身支度している間に足の間に挟んであっためておいたけど、おかげで無事に何の問題もなく火はついた。


夜明けはきれいに見えるのにな、と少し未練はあったけど、雲の多さが不安でもあるしまぁゆっくりのんびりご飯食べて準備して二度寝でもしてから降りようか、と思ってた。


と思ってのんびりしてたらあっという間に霧がかかってしまって震えあがった。


無理無理無理。早く降りよう。


ビビリまくって準備している間にもこうやってきれいに見えたり、


かすんだり


結局引き払ったときは辺りはもやってた。


怖い。


震えるチキンハートを抱えてもう一直線に降りた。

登ってる時は、帰りはバックステップかも、と思ったくらい急な登りだと思ったけど、改めて下ってみると別に普通に前向きで降りられた。
ただ、怖いのでまたいつものごとく、片手ストック、片手ピッケルという邪道(?)で降りる。


天気は良くなったり悪くなったり。雪はまだ降っていないけど。


一目散に下ってきて、扇沢まですぐそこ、というところまできてようやく安心した。
工事の音がし始めたのも私の中の安心を嵩上げした。
もし万が一いきなり雪土砂降りになってホワイトアウトしたりしてもこの距離なら迷わずたどり着ける。。。気がする。


ちょっと落ち着いたので、せっかくなので懸垂下降の練習でもしてみよう、と思って遊ぶことにする。
家で練習はしたけど、実際に山でやるのは3年前の講習以来。


というド素人の色々おかしい初1人ロープワークがこちら。

 

ロープを出し



セルフビレイをとり、


ロープをほどき



木にかけて

 

末端を結ぶ。

 

ATCをセットして、


フリクションノットを作り、


下降開始。


フリクションノットが全然効かないわりになんか滑り悪いな、と思ったらそれも当然だった。
アホだ。。。。


というわけでセットしなおしたら、普通にするすると降りられるようになった。

 

何これ楽しい。

フリクションノットはロープよりも口径が細いスリングでやるべき、と何かで読んだけど、このフリクションノットはたぶんロープより太い。
そのせいか、普通にしてると全然止まらない。

でも、手であげてやる(=伸ばしてやる)と、一応両手離しても大丈夫ではあった。


…それがフリクションノットの機能として正しいか、という問題はさておき。

何回も家で練習したつもりだったけど、実際に体重かけて降りたのはこれが初めてだったし、色々勉強になったし新たな疑問もわいてきた。

フリクションノットはもう少し細い口径だったら自然にストッパーとしての機能をはたしてくれるのかな、とか、
「キンク」というのだと思うけど結構キンクして降りにくいのでこれを解消するにはどうしたらいいんだろう(ロープをかけた後いったん捌いてから両端を結んだほうがいいのだろうか?)とか、
ロープの真ん中に印付けておいたほうがいいな、とか。。。色々。

懸垂下降、意外と1人で出来そう、と思ってしまったけど、たぶん恐ろしい勘違いな気がするので、これからも機会あれば安全な場所で何度か練習してみよう。

とりあえず↑こんな記憶がばがばな状態でいきなり丸石尾根の核心部で懸垂下降したりしなくてよかったわ。。。


1時間ほど1人で遊んだ後、ロープを片付けて扇沢へ下山。

それでもまだ10時前だった。

また今度、丸石尾根。。。

 

身支度して、デポしてた運動靴に履き替えて車道をひたすら下る。

猿軍団の間をすり抜けながら。。。

 

 

12時過ぎ、日向高原ゲート前について、タクシーを呼んだ。

(20分程かかったので、最後のスノーシェードに入る前に電話したらちょうどくらいな気はする)

 

すごく悲しいのは記録では柏原新道往復になっている、っていうね。。。

私の初日の6時間超の頑張りはどこへ。。。

 

結局見たかった稜線上の景色は見られないままだったし、私が登れたところまでは特に難しいような所もなかったけど、初めて、真っ新な雪面を地図見つつ考えつつ登ることができたし、1から整地してテント張る、という経験も出来たし、この前の霞沢岳のテント泊のときの反省(プラティパスとか通気口とか)も活かすことが出来たし、おまけに最高の眺めだったし、個人的には大変満足な山行だった。

 

うまく行かなかった所は工夫して、蓮華岳丸石尾根、また挑戦してみたい。

 

 

扇沢駅についた時点で10時になっていた。

ここでようやくスタートラインっていう事実に絶望するも、登らないことには始まらない。

 

丸石尾根の取りつきまでにはまず橋を渡る。

橋の場所がわからなかったらどうしよう、と思っていたけど、ものすごくわかりやすかった。

建物のほぼ真裏。見逃すことはないと思う。

 

これが上の建物の裏手に回ったところ。

 

ここまでくれば橋はすぐそこにみえる。

画面中央のちょっと左が橋。

 

足跡はこの辺まではうっすら残っていたし、落とし物があったりもしたので、レコがないだけで人は入っているんだな、というのがわかった。

割と新し目の足跡。

 

これは何の跡だろう?スキー?ではないよな。自転車?雪上で?

 

ここでご飯を食べたりワカンを装着したりして装備を整えて10時半頃出発。

 

今回の装備はこれ。

 

頼んだ、クマモン。

 

あれがたぶん丸石尾根。

 

どこからとりつこうかな、と思い、一番低くなってるところから結構無理やり取りついた。

 

今回の私の軌跡は濃い青。参照した軌跡は薄い青。

参照した人のは一度ぐるっと尾根を回って沢のほうから上がってるので、人それぞれだと思う。

上の写真の部分は、ワカンで登るにはちょっときつかった。

 

せっかく登ったんだからそのまま尾根上を進めば良かったのに、なぜか一度沢の方へ出てしまった。

 

この沢めっちゃ素敵だった。

ここにならテント張れるんじゃないだろうか。。。どうなんだろう。。。雪崩の心配はなさそうに見えるけど。。。

景色もすごいいいし。。。

 

でもやっぱりだめだ。怖いな。

山友の後輩ちゃんに貸してもらった「いまだ下山せず!」を読んで以来、私は沢という沢が怖い。

雪の沢とか無理。一睡もできない自信がある。

 

さっきそのまま尾根上を上がっていればよかったのに、降りてしまったがために、もう一度適当なところで右手に見えてる丸石尾根に乗りあがる。

 

ツリーホールまみれだし意外と傾斜あるし、ワカンでここを行くのは結構怖かった。

というかもっと早くに気づけばよかったんだけど、全然足沈まないしもっと早くからアイゼンに換えておくべきだった。

(帰りはセンターの裏までアイゼンで降りて、それで全く支障なかった)

 

このツリーホールトラップを抜けてワカンで尾根に上がるのに結構じたばたして、無駄に時間を食った。

ほんとに私は下手だ。。。

 

ようやくこんにちは丸石尾根。

 

センターの裏手には割と新し目の足跡があったけど、この辺りは風の通り道だからか、トレースゼロ。

トレースのない雪面を歩く、というのはたぶん思い出せる限り初めての経験で、すごくどきどきしたけど、テンションも上がった。

 

テンションも上がったけど息もあがる。

つらい。もうテント張りたい。まだ11時だけど。

最初ワカンで登り始めたけど、あまりの登りづらさに早々にアイゼンに換装。

 

丸石尾根は少なくとも私がテントを張った1860m地点までは難しい所はどこもなかった。

ひたすら上る。

 

結構急登で息が切れる。

 

だんだん尾根が広くなってくるけど、基本左の一番高くなっている所沿いに上がっていけば迷うところはない。。。と思う。

 

チキンなもので、5分に1回は軌跡を確認して自分が外れていないことを確認する。

難しいところはないけど、近づいてみると意外に傾斜がきつくてストックだと怖いような斜面もあり、どのルートがより楽なのか、考え考え登った。

 

雪は結構解けて水が浮いているような所もあった。

この状態の雪の所は結構ずぼっといった気がする。途中からはこういう場所は迂回して登った。

 

でも全体的に固くしまっていて、登りやすい。

ツリーホールが足元でつながってるんじゃないか、と思って少し慎重に足を進めた所もあったけど、殆ど普通に登っていけば大丈夫だった。

 

ピンクテープは確認できた限りで、1800m地点のこれと、

そのちょっと上のこれ、

 

後は、私がテントを立てたところの尾根の上、の3か所。

その上は行っていないのでどうなっているかはわからない。。。

 

ほんとは2215m地点まで上がりたかった(ここが恐らく稜線上で眺めが良いところだと思う)けど、あまりにへろへろで、全く足が進まない。

3時間たって割と景色が開けたところに出たので、13時半、と少し早い気はしたけど、もう諦めてここでテントを張ることにした。

何せ景色がめちゃめちゃいい。これ以上登るとまた樹林帯に入ってしまう。

 

テント設営には少し早いかな、と思ったけど、1から整地してテントを設営するのにちょっと手間取ってだいぶ時間がかかったので、結果的にはちょうどよかった。

 

ただここがテントを張るのに良い場所だったのかわからない。

ツリーホールではないけど、大きな木の下で、結構雪が解けて床下(?)が浸食されていたというか、雪面が浮いた状態になっていた。

 

何か所かがりがりと掘ってみて、雪の厚さが十分あることを確かめてからその上を整地してテントを張ったつもりだけど、テントに入ってしばらくは、寝てる間に床が解けて数m下に落ちる、という妄想に悩まされた。

もう少し眺めは悪いけど1840m地点にもテントを1張はれそうな場所があったので、そっちのほうが安全な気はした。

 

ちなみにこの上に上がるルートは、この季節ならたぶんこの木の根っこから上がっていけばいいと思うんだけど、もう少し雪があったらどこから上がればいいのだろう、とちょっと迷った。

この木の左はこんなになっている。この右寄りに登るのがたぶん今は登りやすいんだろう、と思うけど。

 

これより左に行くとこういうプチ雪庇みたいになっていて、これを登り上げることができるのかよくわからない。

 

斜面を1から整地してテントを張る、というのが意外に重労働で何度か失敗したあげく、ようやくテント設営。

ほんとはもっと広く作るべきだった。結構ぎゅうぎゅう。

 

へとへとになったけど、テント内からはご覧の景色が見えるので大満足。

 

今すぐテント内に転がりたいほど疲れていたけど、まだ水を作る作業がある。

前回の反省を踏まえて買ったプラティパスは大活躍した。

 

私のコッヘルでは500ml沸かすのが限度なので、3回沸かして、1つは山専ボトルに入れ、後の2つ(1ℓ)はプラティパスに入れておいた。翌朝の水作りを省略できるのでだいぶ時短になる。

今四半期買って良かったものNo.1はプラティパスかもしれない。。。

 

水作り+食事が一段落したところで、テントの中で改めて今日の自分の頑張りを確認してみる。

 

驚くほど全然進めてない。。。

 

扇沢からたったの標高400mしかあげてない。

しかもその400mに3時間もかかっている、というのが悲しい。

 

敗因はやっぱりタクらなかったことかな。。。何せ下の地図で見たら右端の青線の支点(日向高原前バス停)から歩いてきたんだから。タクってたら地図上の「S」の所から出発できてたし、そしたらもう少しくらいは標高あげられていた。。。と思いたいけどヘタレなので自信はない。

 

とりあえず今日の総行動時間6時間半は私には結構限界だった。

 

おかげで、寝袋に入るなりおやすみ5秒で入眠。

 

 

…したものの、夜中にふと目が覚めた。

 

時計をみると夜の10時過ぎ。

まあ2時間くらいは寝たってことだから良いか。。。と思ってたら、ちょっと離れたところから

 

ギュルル、ギュルル、ギュルル

 

という動物の鳴き声がした。

 

何の声だろう?

鹿じゃない。

鹿はもっと「ピイ」みたいな鳴き方をするはずだ。

 

まぁでもクマじゃないよな。。。

クマはこんな鳴き方はしない。。。はず。

あと、体格的にクマ程大きくないような気がする。。。

でも鳥でもないよな。。。夜に鳥は活動しないし。。。

 

とぼんやり考えていたら、殆どテントの真横で

 

ギュルル、ギュルル、ギュルル

 

と鳴かれた。

 

私のヘタレチキンハート、一時停止。

 

心臓ばっくんばっくんしながら、こいつはクマさんだろうか、と思い、寝袋の後ろに置いてるピッケルの事を考える。

 

去年の遠見尾根での経験を踏まえて、今回はピッケルはテントの中に入れてある。

もしクマさんにテントの中に手突っ込まれたら、大変申し訳ないんだけど、ほんと申し訳ないんだけど、こちらもピッケルで応戦する所存。

 

どうするのがいいのかわからず息を殺してたら、鳴き声はまた遠ざかっていった。

足音もしないけど羽音もしないし、何の動物なのかよくわからない。

 

…でそのままいなくなったかと思いきや、私がうとうとするたびに「ギュルル」という声が聞こえて目が覚める、ということを繰り返した。

で、最初はびくびくしていたものの、だんだん眠れないことにイライラしてきて、何度目かにテントの横で「ギュルル」が聞こえた時、首から下げてたヘッドランプをぱっとつけて、ムカついたままにテントを内側からばんばんと叩いて暴れ転がった。

 

…そしたらそれが効いたのかどうかわからないけど、その後「ギュルル」を聞くことはなくなった(と思う。寝落ちたからわからないけど)。

 

翌朝テントの外に出てみて周囲を探してみたけど、それらしい足跡はなかった気がする。だいぶ土の部分が多かったのでわからなかったのかもだけど。。。

テントの近くに昨日はなかったと思う動物の落とし物があったけど、形状的に鹿?っぽいような気はしつつ、でも鹿のより大きいように思ったし。。。よくわからない。

 

夜は「何の権限あって私の安眠を邪魔するんだ」と腹が立ったけど、朝冷静になって考えてみれば、

 

どう考えても悪いのはその動物の縄張りに入った私。

 

「ギュルル」さん、いきなり押しかけてテント張ってすみませんでした。。。

 

それにしてもあの動物?鳥?はなんだったんだろうか。

帰ってきて色々youtubeで検索してみてるけど、未だにわからない(とりあえずクマではなさそう、ということだけはわかった)。