2日目は結局あんまり寝られず2時過ぎに準備を始めた。
驚いたのは、それくらいの時間から準備を始める人が結構いたこと。
涸沢小屋を出て振り返ったら山頂をめざすヘッドランプの列があちこちにあって、みんなたぶん山頂でご来光を見ようとしているんだな、と思われた。
テン場は結構明かりのついているテントも多かったけど、そこを抜けると辺りはヘッドランプの明かり以外は何にもない真っ暗闇だった。夜中の明るい月はもう沈んでしまったらしい。
これは前日撮った写真で、青がこの日通ったルート。

遠目にはただのザレ場に見えるけど近づくとかなりのガレ場。
これは明るくなって撮ったもの。

石の大きさはこんな感じ。

これをヘッドランプの明かりのみで登っていくのが、思ったよりものすごく消耗した。
これは帰りに撮ったもの。

開始10分で息切れし始めた。
きちんと足を置かないと、足元で石が崩れる。ストックを岩の間に挟んだりして何回かこけた。
ダブルストックを注意されたけど、これをストック使わなかったら私はたぶん登れない、と思った。
というか使っていてもみるみるうちにばてていき、最初はガイドさんともう一人のお客さんの間にいたけどもう一人のお客さんに前に行って頂き、それでもどんどん引き離されて焦り始めた。
焦るけどばててるのと、なんかふらふらするのとで全然速く進めない。
ふらふらするのが、昨日殆ど寝られなかったせいなのか、それとも揺れるヘッドランプの明かりのみでバランスの悪い岩場を登ろうとしてるから平衡感覚がおかしくなっているからかなのかわからない。
時計を見るともう1時間経とうとしているけど、まだコルには着く気配がない。
ガイドさんは、五六のコルまで1時間でいければ上出来、1時間半ならまぁ普通、と言ってた。
でも後30分でコルに着く自信がない。
今日の総行程時間は13時間の予定。出発は3時半頃だったので、上高地帰着予定は16時半。
もし1時間遅れたら最終のバスに乗れない。
それよりさらに遅れたら最終タクシーさえ逃してしまい今日中に上高地から出られない。
それは他の二人の予定を大幅に狂わすだろうし、私も翌日午前休だけじゃ済まなくなる。
進んでも進んでも足もとの悪いガレ場でだんだん息切れしすぎて胃の辺りも痛くなってきて、このまま進んでいいんだろうか、と迷いはじめた。
ここで帰るとかありえない。なんのために来たんだ、まだ何にもしてない、という思いと、コルまで行ってハーネスをつけてしまったらもう戻れないし、このままだと私が足を引っ張って3人とも今日中に上高地から出られなくなるのでは、という恐怖でぐるぐるした。
行きたい、でも早く決断しなければ、いやでも行きたい、とぐるぐるしながら必死に足を動かしていたら、ようやくガレ場が終わりかけたところに出た。
で、見上げたら、頭の先はるか向こうまでザレザレの急斜面が続いていて、2人がどんどんと先へ行くのが見えて、もう駄目だ、と思った。
同じペースではいけないし、私のペースに合わせてもらってたら予定時間内にコルまで行けない。
ガイドさんを呼び止めて、このままだと予定時間にコルに着けないし上高地に帰れないと思うので私はここで引き返します、と言った。
ガイドさんは、気を遣って「とりあえずコルまで頑張れませんか?」と言ってくれたけど、この時ほんとにへろへろで余裕なかった私は「頑張れるけどじゃあ2時間かかってもいいんですか?」と叫びそうになった。
…何様だ私。
幸い、実際には、「ほんとに無理だと思うのでここで失礼します、ここでお支払いさせてください」、と言っただけだったけど。
ガイドさんは少し迷っていたようだけど、ここからだったら迷いようがないし明るくなってから降りるので絶対大丈夫です、と何回か言ったら、「上高地に着いたら連絡下さい」と言って結局受け入れてくれた。
お礼とお詫びを言って別れたけど、真っ暗な中一人で岩の墓場に座っているのもあんまりいい気持ちではなかったので、とりあえずゆっくりとでもいいので降りることにした。
さっきまではるか下のほうにいた後続のパーティが2組、あっという間に登ってきてそのまま登っていく。
それを横目に一人降りていくのが本当に情けなくて惨めで、羨ましくてちょっと泣きそうになった。
目の前には奥穂や北穂に向けて上がっていくヘッドランプの列が見えた。

そしてしばらくゆっくり降りてから振り返ったら、コルまでの最後のザレ場を上がっていくヘッドランプがいくつも見えた。

ああ私もあそこに行きたかったなぁ、と思ったら涙腺が一部決壊して、泣いてしまった。
人に迷惑をかける前に引き返してきて正解だったんだ、という考えと、いや、もうちょっと頑張ればよかったのでは、何で自分から引き返すなんて言い出したりしたんだ、という考えがぐるぐる頭を巡ってひとしきり泣いた。
しばらく凹んだ後に気を取り直してまた降り始めた。だんだんと夜明けが近づいてきてきれいなのがまた泣けた。

真っ暗な中でよくわからないまま、yamapのGPSの軌跡を頼りに進む。
結構行きとずれてしまっているけど、このログ機能ほんと便利だと実感する。

休憩しつつゆっくり降りていたらどんどん夜が明けて、悔しいくらいの快晴の朝になった。
悔しいくらいの、というか「悔しい」しかない。


しばらく足元に注意しつつぼんやり下っていてふと顔をあげたら、いつの間にかきれいなモルゲンロートになってた。

ほぼ反射で写真と動画を撮ってから、ああ、登りたかったなぁ、と改めて思った。
7月からずっとこれを楽しみにしてた。
今頃他の人達は楽しい稜線歩きだろうなぁ、五六のコルについてからが楽しいのだと言っていた、今頃そこからこの景色を眺めているんだろう。
なのに私は何でこんな日陰の谷底にいるんだろう、と思ったら、なんか突然涙腺が爆発して、いい年して子供のように大泣きしてしまった。
誰もいなくてよかった。
しかしずっと凹んで座り込んでいてもらちが明かないので、降りることにする。
さようなら涸沢。

しばらくして涸沢ヒュッテまで降りてきたのが6時前。
この頃には少し落ち着いて、しばらく休憩してから、昨日あんまり撮る余裕のなかった道中の写真などを撮りつつ降りる。
秋の気配のナナカマドとか。


まだ6時半過ぎだけど、結構な人が涸沢から下り始めていた。
上高地まで6時間弱かかるし当然と言えば当然か。
8時半頃、横尾まで帰ってきて、休憩がてら電波を入れたら、ガイドさんからの「今どちらにいますか?」という心配メッセージが来ていて申し訳なくなった。
携帯を触る余裕がある、ということは、3,4のコルに着いたのだろうか。
そして横尾を過ぎてふと見上げたらこれが目に入ってしまった。
たぶん奥のが前穂。

ああ今頃他の2人はあそこにいるのかな、この晴天でさぞ景色は良いだろうな、と思ったら再び涙腺が大爆発した。
…これが前穂じゃなかったらお笑いだけど。
ぼとぼと泣きながらうつむいて歩いていたので、すれ違った人達の挨拶を幾つかスルーしてしまった気もする。
この日横尾ー徳澤でしょぼくれたゴリラに無視された、と思った人がいたらすみません。
もう余裕がなさ過ぎて見えていなかっただけです。
空気の抜けた風船みたいな状態で歩いていたのでほんとに疲れて徳澤で長めの休憩をとった。
で、ついでにバスの変更(最終バスをキャンセルし→1時の渋谷行さわやか信州号を予約)のためにまた電波を入れたら、ガイドさんからの「今岳沢です」というメッセージが入っていて、頭が「???」になった。
え、すいません今10時過ぎですけど。。。
涸沢から前穂山頂まで6時間だから、登頂って早くても9時半では?10時に岳沢ってどういうこと??
…というかそんな時間で行けるのであれば私あのままついていけばよかったのでは?
いや、私がいないからこそそのスピードで行けたのだろうとはわかっているけど…わかっているけど、でも、じゃあ私のせいで3時間くらい遅れることになったとしても別に上高地の最終便に余裕で間に合ったのでは??
頭の中が???になったまま12時過ぎに上高地に戻ってきて、約束通りガイドさんに「上高地に戻りました」とメッセージを入れてバス停に行こうとしたら、こじゃれたカフェの前で、もう一人のツアーのお客さんが立ってて、目を疑った。横にガイドさんも立っている。
聞けば、なんと7時半(出発から4時間)には山頂に立ち、10時前には岳沢につきお茶をし、そこから下って来たらしい。
…もう、茫然。
ガイドさんに、何か飲んでいきますか、と聞かれ、たぶんそのために二人とも疲れてるのにカフェの前で私を待っていてくれたのだろうな、とわかってはいたのに、器の小さい私は「バスの時間があるので」と断ってしまった(半分事実ではあるが)。
小さい。。。ほんと小さいな。
でも、いい年して泣くほど悔しくて情けなくて悲しい思いをして自分が諦めたものを楽々手に入れた人達が羨ましすぎてとても一緒ににこにこ話を聞く気になれなかった。
私が悪い、私の力量と準備不足なんだからだれかを羨むのは間違っているとわかっている。
大人なら、ほんとは笑顔で二人をお祝いして「前穂の頂上の景色どうでしたか?」と聞くべきなんだともわかっている。
でも器の小さい私は、そんな質問をして万が一前穂の写真とか見せられた日には再び涙腺が大爆発すると思ったので。。。
お二人とも本当にごめんなさい。そしてお気遣い有難うございます。
…という悲しい週末の記録だった。
悲しいというか恥ずかしいというか。
何かものすごいアクシデントがあって北尾根を諦めたわけではなく単に体力不足による時間切れ、という。。。あまりにもお粗末。
あんまりにも酷い敗退の仕方をしたせいか、家に帰っても、そして昨日出勤してもふとすると涙が出そうで、ちょっとしばらく立ち直れそうにない。。。