海と山、時々きもの -22ページ目

海と山、時々きもの

ダイビング記録+きもの試行錯誤の覚書。…だったはずなのに最近は山歩きの記録簿と化しつつある。
23年秋から山のない国に滞在中のため山歩き頻度は低下中。

これまでに海外のダイビングを何度か経験したけど、いつも日本人ガイドさん主催のツアーに参加していたので、英語でのダイビング経験はたった2回しかない。

 

初めての英語ダイビングはモルディブでアドバンスドを取ったときだったけど、参加するのにめちゃめちゃ勇気が要った。

BCDだとかレギュレーターだとかインフレーターだとかの器材の名称は英語でも同じなのか。

エントリーや潜航は英語でなんていうのか。

エア切れのサインは日本語も英語も一緒なのか。

ボートの使い方は日本人ツアーだと大体おんなじだけど、英語ツアーでも同じなのか、とか。

 

いろんなことが未知過ぎて不安だった。

 

今同じ不安を山に関しても抱えている。

 

海外の山歩きの常識って日本と同じなんだろうか?

同じな訳ない気がする。

日本ではOKだけど海外じゃ駄目なこととかきっといっぱいあるだろう。

例えば小さいことでいうと、山ですれ違うときに登り優先とか、待つ人は山側で、とかも同じかわからない。

まぁそれは見て覚えればいいとしても、この前みたいに、小屋が閉まっている時期(そもそもいつ閉まる?)の小屋前でのテント泊をしていいのかとか、稜線上でテント張ったりしてもいいのか、とか。

この前ハイマツにガイライン固定したノリでそこら辺の植物にガイライン結んだら、実は天然記念物で罰金くらったり、とかありそう。。。

 

フランスの自治体がモンブランに登る登山者に対して、救助に備えて200万円のデポを要求する、みたいな記事も見たし。

ほんとに立法したのかは知らないけど、そういうご当地ルールみたいなのは色々ありそうだ。

 

技術やご当地ルールに加えて、というかそれよりも一番心配なのは治安面。

日本だったらどこでも一人でふらっと行って登って泊まったりできるけど、海外でそれやって大丈夫なんだろうか。

現地人なら可能でも、アジア人で更に女というマイノリティ重ね掛けの存在で、治安的な意味でそれが可能なのかわからない。

 

今日、GW明け初のフランス語のレッスンで先生(フランス人。登山は全くやらない)に対して北アルプスをちょびっと登ってきたことを四苦八苦しながら説明してたら、「一人で登山ってあんまりないんじゃないの」と言われた。

日本では一般的だけどフランスでは違うの、と訊いたら、「聞いたことないけど」と言われてしまった。。。

 

「ガイドつけたら?」と言われたけど、ガイドツアーはできるだけ避けたいんだよな。。。亀並みスローペースのヘタレハイカーなので、できれば自分のペースで登りたい。

体力お化けの欧州人と一緒のツアーなんて私が足引っ張りまくっていらいらされる未来しか見えないし。

 

赴任先でも登ってみたいけど、色んなことが未知過ぎて、不安は尽きない。。

 

 

 

先週、下山当日はとにかくほっとした。

何にも気にせずに冷たい飲み物を浴びるほど飲めるのも、家に帰って2日ぶりにお風呂に入れるのも、寝袋に比べたら格段に広いベッドでごろごろできるのも最高だ、と思った。

 

でも翌日改めて撮った写真を眺めていたら、もう少し頑張ればせめて三俣経由で新穂高までは降りられたんじゃないか、こんな晴天下での長期山行の機会はそうはないだろうに、自分はもったいないことをしてしまったのではないか、という気持ちでまたもやもやした。

 

もやもやしたまま、連休最終日、引きこもりの自分にとって唯一行きつけといえるパスタ屋さんにお邪魔した。

最近あんまり外食の気力がなかったので、かなり久しぶりの訪問。

 

もやもやするとはいえ、無事に山旅を終えられたのでとりあえず泡で自分お疲れ様乾杯をする。

染みた。

 

日替わり前菜の花ズッキーニのフリット。

 

花の部分にアンチョビやチーズを詰めてある。

「好きそうなのが最後の1個残ってますよ」と薦めてもらって頼んだものだけど、おいしくて頬っぺたが落ちそうになった。

 

アメーバ並みの単細胞なので、プロセッコ片手にフリットのおいしさを嚙みしめてたら、(やっぱあそこで降りて正解だったかも)という気になってきた。

 

新穂高まで行ってたら達成感は得られたかもしれないしまだ見ない景色が見られたかもしれない。

でもきっと疲れてぼろぼろになって連休最終日まで家でひたすら寝込んでいたと思う。

 

あそこで諦めて余力のあるうちに降りてきたからこそ、連休はちょっと外出して久しぶりに買い物もできたし、こうやって外食しておいしいお酒と料理を堪能できている。

それはそれで良かったんじゃないだろうか。

 

手長エビとムール貝、魚介のストロッツアプレーティ。

花ズッキーニのフリットで1回落ちたほっぺたがもう一度落下した。

 

もちもちのパスタを噛みしめていたら、今回はこれできっと良かったんだ、という気持ちが大きくなってきた。

 

やっぱり楽しいのが一番だし。

今回は残念だったけど、きれいな景色は見られたし。

色々反省点(体力不足、ガス缶の残量不安、食欲不振)もわかったし。

殆ど人に会わない静かな山行だったけど、会う人皆いい人ばかりだったし。

 

ペグを拾ってくれたOさんに感謝。

下山後、連絡を取って着払いで送って頂くようお願いしたら、連休明けに早速ペグが到着した(めちゃめちゃ丁寧に梱包されていた)。お手数かけて恐縮だけど、とてもありがたかった。

 

野口五郎で色々山の話をさせてもらったUさんにも感謝。

タフ過ぎてあまり自分の山計画の参考にはできなさそうだけど(真似したら確実に死ぬ)、刺激になった。

便利そうな山グッズを教えてもらったので今度買ってみようと思っている。

 

野口五郎小屋(冬季小屋)の利用料は連休明けに野口五郎小屋宛てに振り込んだ。

小屋内には高瀬館に支払えるようなことが書いてあった気がした(うろ覚え。すみません)けど、寄る時間はなかったので。。。

あんな北アルプスの深部に小屋を維持してくれて冬季小屋を開放してくれているの、ほんと感謝。

 

いつになるかわからないけど、次こそはきちんと準備してまた挑戦してみよう。

 

次に行くとしたらまた残雪の時期にいきたい。

自分の体力を考えたら、一日目は烏帽子小屋まで、2日目に野口五郎(あるいは水晶小屋前にテント)、3日目に三俣か双六、4日目は新穂高に下山かな。

槍は。。。行ってみたいけど、よっぽどスーパーマン並みにムキムキになって体力に自信がある時以外はやめておいたほうが良さそうだ。

 

ザックも変えたほうがいいかもしれない。

今回FerrinoのInstinct 40+5で行って行けなくもなかったけど、1日目にバリバリになったテントを収納するときはやや苦労したし、肩の痛さが気になったのはInstinctのストラップの細さ+腰ベルトがうまく合わなくて腰に荷重がかけられなかったことも原因な気がするので、次はエーリエルかUltimate60にしてみよう。

 

反省点を色々改善して、次こそはこの先の景色を見てみたい。

 

しばらくさようなら、裏銀座。また行きます。

 

裏銀座を縦走しようとして断念した記録三日目。
 
先週下山してからも時々、どこでor何が原因で心が折れたんだろうと考えているけど、自分でもうまく説明できない。
 
自分の予想以上の疲れっぷりに3日目以降の行程に不安を抱きつつも、でも2日目夜寝るまでは翌日三俣方面に向かう気でいたと思う。撤退は考えてもいなかった、と思う。
 
だって天気予報は最高過ぎた。水曜日は温かく微風。金曜日まで天気は良い。
 
でもこの日の夜、ほぼ無風で最高の条件だったのに例によってあまり寝られず、朝起きた時に、しんどいな、と思った。
別に体調不良のしんどさじゃないけど、疲れているのに2日も寝られないのは結構つらい。
 
3時半頃起きて、前日夜の残りのリゾッタに卵スープを投入しながら、つらいなぁ、と思った。
疲れているのに全然食欲なくてリゾッタも味がしない。雪を溶かしたお湯の味もなんかまずい。
喉が渇くのでお湯を作らなきゃいけないけど、ガス缶の残量も気になる。
 
もそもそ食事をしている間に、ふと、炭酸が飲みたい、と思った。
お腹壊すから一気に飲んだらだめだ、とか、ガス缶の残量が、とか、そういうのを何も気にせずに冷たい炭酸を浴びる程飲みたい。
 
ふとそう思ってしまったら、なんかその考えがどんどん頭の中で膨らんできて、もう、今日で降りようか、という気持ちになってしまった。
 
でもテントの外に出ると最高の天気で、今日この先に進まないでどうするんだ、もうこんな機会はないのに、という気持ちにもなる。
昨日見えなかった富士が遠くに見える。
 
この先に行きたい。
でも昨日3時間の行程で4時間もかかってしかもあんなにばてて、今日三俣まで昨日より長い行程を進めるのだろうか。
三俣まで行けたとして、今日もきっと寝られはしないだろうし、明日は今日よりさらにばてるだろうし、それで果たして双六までアップダウンのある行程を進めるのだろうか。槍までいけない可能性は想定しているけど、新穂高にきちんと降りられるのだろうか。ガスと体力がそこまで持つんだろうか。
眠れないのもつらい。寝袋の中でミイラみたいになって寝るんじゃなくて、ふかふかの布団で手足を伸ばして大の字になって寝たい。
 
悶々と考えていたら、どんどん、「今日もうこれで降りたほうがいいんじゃないか」という気持ちが大きくなってきた。
 
いろんな山行があるだろうけど、自分がなんで裏銀座を縦走したいと思ったかというと、きれいな景色を眺めたかったからだ。
昨日の時点で疲れすぎてすでにあんまり景色を楽しむ余裕はなかった。
だったらもう、余力のあるうちに降りたほうがいいんじゃないだろうか。
しんどいしんどいと思いながら新穂高まで縦走したとして、それで自分にとって一体何の意味があるんだろう。
 
もやもやかんがえながらテントを畳んでいたけど、テントから出てきたUさんに挨拶したときに「今日私は野口五郎だけ見てもう引き返します」という言葉が自然と出てきてしまって、それでもう心が決まった。
 
5時半頃、野口五郎小屋発。
荷物は小屋を登ったところの稜線にデポした。
 
ちょっと進むにも動悸がして、ほぼ全装備のUさんとの距離はどんどん開いていって情けなくなった。
引き返すと決めて正解だった、と思ったり、こんな最高のコンディションで果たしてこのまま引き返してほんとにいいんだろうか、とも思ったり。
 
悶々としながら15分ほどで野口五郎岳の頂上、着。
 
行こう、と思っていた方面がよく見えた。
 
水晶方面に降りてゆくUさんがあっという間に小さくなっていく。
 
ほんとにこの先に行かなくていいのか、という気持ちも若干残っていたけど、これを見て、「やっぱりこの先を2日間かけていくのは無理だ」という気持ちの方が大きかった。
水晶までの行程はまだしも、そこから槍までのアップダウンのある行程があまりにも長くて見えて、尻込みしてしまった。
 
私のようなヘタレチキンにはこれが限界なんだ。。。
 
帰ろう。。。
 
野口五郎小屋近くで荷物をピックアップし、烏帽子方面に向かった。
 
めちゃめちゃ荷物が肩に食い込んで痛い。
だからやっぱり降りると決めて良かったんだよ、と思う気持ちと、でもまだ頑張れば行けたのでは?と思う気持ちでもやもやしていた。
 
基本下り基調のはずなのにばてばてで息が切れる。喉が渇いてお湯を消費しまくったので、途中で30分程、休憩がてら水を作った。昨日の夜に小屋に到着した人が後ろから降りてきたのでちょっと会話する。
この人とはこの後烏帽子小屋で一瞬一緒になったけど、すごい速さであっという間に姿が見えなくなってしまった。
 
私は何が駄目だったのかな。。。トレーニング不足か。
体力がもっとあれば行けたのか。。それとも根性が足りてなかったか。
 
槍、行ってみたかったな。。。
途中で、時間的にそろそろいいかな、と思ったので槍ヶ岳山荘に電話して、翌日の宿泊をキャンセルした。
 
景色を楽しむ余力があるうちに下山しよう、と思って下山を決めたのに、ばてばてで殆ど写真も撮れなかった。稜線上の写真はこの2枚だけ。
 
三ツ岳を降りてから烏帽子小屋までのたったちょっとの登り返しがあまりにもきつくて、5歩歩いては休み、5歩歩いては休み、しながらやっとのことで10時30分、烏帽子小屋着。
6時頃野口五郎岳を出ているので、途中で30分程休憩したとはいえ、やっぱり相当ペースが遅い。
 
行きにちょっと怖いな、と思ったところが何か所かあったので、ヘルメットをして、ストックを1本仕舞い、代わりにピッケルを出した(行きはピッケルは使わなかった)。
 
これが行きにちょっと怖いな、と思った稜線直前のトラバース区間。
 
トラバースを超えたらちょっと安心したけど、意外に道を間違えたりして時間を食った。
気づくと行きと全然違うところを進んでいたりする。
 
行きだと大したように思えなかった斜面も上から見ると結構急だったりして、2回程出てくる大きな雪斜面は2回ともバックステップでピッケル刺しながら下った。
 
6番でアルピコタクシーに電話をして14時半に迎えにくてもらうようにお願いする。ついでに、信濃大町から新宿行きのバスを予約した。
行きはあまり気にならなかったけど帰りのブナ立て尾根、あまりにも長くて疲れ果てて、最後の方は人がいないのをいいことに半べそになってうんうん唸りながら降りた。
熊鈴付けるの忘れてしまったけど、もし熊がいてもあまりのうるささに逃げ出しただろう。
 
やっと登山口についたときには天にも昇る心地だった。
登山口から足ぷるぷるになりながらしばらく歩いて、14時、高瀬ダム着。
 
運転手さんに七倉山荘に寄ってもらって買ったファンタ。
 
ファンタを一気飲みした後、信濃大町でファンタ(グレープ)500mlをさらに飲み、はちみつレモン(250ml)を飲み、さらに何かの乳酸菌飲料(微炭酸:250ml)を飲み、ようやく人心地ついて2泊3日の裏銀座の旅、終了。
 
もやもやは残るけど、でもこの時はとにかく終わったことにほっとしていた。
食事中に寝落ちるくらい疲れていたのに、一日目の夜、いざ寝袋に入ってみたら殆ど寝られなかった。
いつもの如く寝袋だとうまく寝られないことに加え、強風にあおられてテントがはためき、天井についた霜が顔に降り注ぎまくって、「つめたっ」となって起きる、ということを繰り返した。
 
うとうとしては目覚め、携帯を見て2時間も寝られていないことに絶望する、を繰り返してしばらくしてたら、風がやんだので外に出てみた。
 
ありがとうsamaya。
自分の経験した中で過去一テントが大荒れだったけど、テントが飛ばされるかも、という恐怖を感じることは全くなかった。
 
テントの中に戻り、寝袋の中で再びうとうとしながら朝を迎えた。
熟睡できずにつらい気持ちを抱えながら準備を始める。
この日の天気はこれ。
 
風が強かったらテント内で停滞かなと思ったけど、外の様子をうかがうとそこまでよろめく程の強風ではなさそうだし、気温も低くないし、まぁ最悪遅めスタートで野口五郎までにしよう、と思いながら準備する。
食欲はなかったけど、レーズンロールパンを1個、何とか咀嚼して胃に押し込んで、アミノバイタルを飲んだ。
 
霜が降り注いだ寝袋。エマージェンシーシートかければよかったな。。。そしたらましだったかも。
テント内は天井に相当分厚い霜が降りたし、外はばりばりになった。
 
朝一瞬外がこれだったので、停滞かなと思ったけど、
 
しばらくするとこうなったので、いそいそとテントを畳んでパッキングする。晴天万歳。
 
前日に吹雪の中でカイロを貼ったりしてたらテムレスを片方落としてしまっていたので、出発前に探そうと来た道を少し戻っていたら、烏帽子小屋方面から3人パーティが上がってきて、なんとそのうちお一人にペグを拾って頂いていたことが発覚した。神。
この場では電話番号だけ交換して別れた。
結局テムレスは見つからなかったけど(テムレスと北アルプスの自然ごめん)、ペグが戻ってきそうなのはちょっと嬉しい、と思いながら荷物を背負って出発。
テムレスはないけど、予備のオーバーグローブがあるので装備に不安はない。
 
不安はないけど体調は絶不調で神パーティとの距離はあっという間に開いていく。
ついさっきまで話していた人達が豆粒のようだ。。。
 
なんか、まだアイゼンもつけてないのに、5歩歩いては休み、5歩歩いては休み、みたいになっている。
つらい。。。2日目しょっぱなで元気なはずなのに。
 
最初は写真を撮るふりして休んでいたけど、なんかもう、あっという間に携帯を取り出す気力もないくらいばてばてになってしまった。
こんなに素晴らしい天気なのに、それを楽しむ余裕がない。
 
この後三つ岳で先ほどの神からお声がけ頂いたらしいんだけど、あまりにもバテバテすぎて全然気づいていなかった。
すみません。。。
下向いてひいひい言いながら必死で歩いていたら、いつの間にか先ほどの神パーティとすれ違うことなく三つ岳も通り過ぎていた記憶。
 
つらいけど、槍がちろっと見えたときは嬉しくなった。雪の槍。あそこまで行きたい。
でもこんなにばてばてで行けるのだろうか。
 
三ツ岳の直下がかなりの雪の深い急登で、最初はアイゼンなしで登ろうとしたけどずり落ちそうだったので少し戻ってアイゼン装着。たった数分のことなのに、それだけでもうさらにばてた。
 
一見なだらかに見えるし風も強いけどそこまでではないはずなのにな。。。
 
雲の流れが速くて一瞬こんな風にガスったりする時もあったけど、基本は青空が見えていた。
 
もう絶対にトラバースすると決めていた雪の斜面(行きは撮る余裕がなかったのでこれは次の日帰りに撮ったもの)。
 
この日は新雪がやや不安だったので、上めに巻いたけど、いざわたり始めたら前日の雪は風で着かなかったのか普通に硬い斜面だった。思い切ってこの写真の人くらい、もっと下から巻いてもよかったかもしれない。
 
チキンを発揮した結果、中途半端なトラバースになる。
 
三ッ岳の直下以外は急な所もなく、一見アイゼン外せそうな気もした。
 
でも上の写真みたいなふかふかの雪の下に、↓こういう氷が隠れていたりするので怖くて、結局ずっとアイゼンはつけたまま。
 
来た道を振り返る。
 
ぜえはあしながらよろよろ登っていたら、前方に人が立っているのが見えた。
昨日高瀬ダムですれ違った猛者で、昨日は野口五郎小屋で泊まり、今日は水晶岳まで行こうと思っていたけど風が強いから野口五郎小屋で停滞するという。
 
この瞬間、今日の行程を野口五郎小屋でおしまいにすることが私の中で決定した。
猛者が行けないなら、こんなにばてばての自分が行けるわけがない。
 
すいすい進んでいく猛者の後ろを、生まれたての小鹿みたいな足取りでよろよろついていき、ようやく、野口五郎小屋到着。
 
長かった。。。たった4時間しか進んでいないけど、もうどうしようもなく疲れている。。。
とりあえず今日ここで停滞を決めた時点で明日槍ヶ岳山荘は絶対無理なので、山荘に電話して宿泊を翌々日に変えてもらう。
 
今野口五郎にいる、と言うと、今年はまだ西鎌尾根から来た人があまりいなくて情報がないから、よくよく情報収集してお気をつけて、と言われる。
 
猛者(Uさん、とする)は昨日は野口五郎小屋の冬季小屋に泊まったらしい。
淳つさんの動画で見た通りのきれいな明るい冬季小屋で最初は私も中にしようかと思ったけど、小屋まで降りてしまうと風もさえぎられて目の前には最高の景色が広がっているし、風もない外はあったかいしで、外にテントを張らせていただくことにした。
Uさんも今日は外にテントを張るとのことで、話しながらテント設営。
 
今日はもうこの景色を満喫することにしよう。
 
まだ午前中だったので、お互いテントを設営したり、寝袋を日干ししたり、水を作ったりしながら、Uさんといろいろな話をした。
 
昨日Uさんは9時半には烏帽子小屋に到着し、13時過ぎには野口五郎小屋に到着していたとのこと。
やはり猛者。。。
 
同じくらいに高瀬ダム出発して私が烏帽子小屋ついたのが12時だから、Uさんの速さがわかると思う。
まぁ私が遅いのもあるけど。。。
 
失礼ながら、最初、お見掛けしたとき山岳部の学生さんかな、と思ったくらい若く見えたので年齢とかもあるかもしれないけど、それにしてもすごい体力・脚力だ。。。
 
それに引き換え、こんなにばてばての自分が果たしてUさんより先に行けるのだろうか、という不安が浮かんできた。
水を作るために小屋脇の雪を取ろうと、5,6歩移動しただけで動悸がする。
今日たった4時間しか行動していないのに。
しかもその4時間も、本来3時間で来なきゃいけない想定だったところを4時間かかっているわけだし。。。
槍ヶ岳山荘を明後日に変えたけど、明日三俣まで行けるんだろうか。
ほんとは双六小屋まで行きたかったけど、もう確実に無理だと思うからせめて三俣山荘までは行きたいけど。。。
 
そしてもし三俣まで行けたとして、明後日、三俣から槍ヶ岳山荘まで行けるんだろうか。
今日、3時間の所を4時間かかったなら、明日は7時間想定のところを9時間かかるのでは?
そして明後日9時間想定のところを11時間くらいは見て置いたほうがいいのでは?
 
この日は全然、引き返すことは考えていなくて当然先に進むものと思っていた。
だって明日最高の天気予報だし。
 
でもぽかぽかの野口五郎小屋で絶景を満喫しつつ、常に頭の片隅で翌日以降のことが引っかかっていた。
 
明日三俣まで着けなかったらどうしよう?
最悪、さすがに水晶小屋(冬季小屋なし)までは行けると思うから、水晶小屋前にテント張らせてもらえばいいとは思うし、昨日みたいに稜線上どこでもよさげなところを見つけてテント張ればいい、風も微風予報だから大丈夫だろう、とは思う。
 
でも今日まだ2日目の朝にしてこの疲れっぷりで、明日もし水晶小屋まで進んでしまって疲れて動けなくなったりしたらどうしよう?
 
一部下りはあるものの、ここからも基本的に登り一辺倒の行程。双六小屋まで進めばそこから槍を諦めて新穂高に下ることもできるけど、そこまで行かないとエスケープルートはない。
(全く下調べをしてない湯股に下る、という選択肢は私の中ではなかった)
 
ごはんは全然食べてないから後3、4日分くらいは大丈夫そうだけど、ガス缶が結構やばそうな気もした。
振った感じ、後2、3回雪→お湯をやったら1個目が終わりそうな気もする。残り1個のガス缶であと何日持つのか。。。
ガスがない=水がない、なのでガス缶がなくなると詰む。
なのに妙に喉が渇いて、お湯があっという間に減っていく。
 
体力的に行けるのか、という不安と、水(を作るためのガス)が持つのか、という不安。
 
動けなくなるのは恐ろしい。
「疲労で行動不能」というニュースで時々見る文言が頭に浮かぶ。
想像するだけで震える。
あれだけは絶対に嫌だ。
 
 
16時半頃、もう誰も来ないと思っていた所にもう一人猛者到着。
この人はこの日ブナ立て尾根を登り烏帽子小屋から烏帽子岳を往復しここまで来たとのこと。
 
それを聞いて感嘆しつつ、やはりこんだけヘタレな私がこの先に行くのは無理なんじゃないか、という疑問も湧いてきたけど、あんまり考えないようにして、夕食を取る。
夕食のリゾッタ、やっぱり半分も食べることができなかった。
疲れているせいか、なんか雪を溶かした水の味も気になる。。。
 
明日の行程を何度も何度も確認しつつ、就寝。
 
裏銀座を縦走しようとして断念した記録一日目。
 
一日目の朝、頼んでおいたお弁当をピックアップして5時に玄関を出てタクシーに乗る。
この時間だというのに山荘の人は起きていてお見送りしてくれた。有難い。
もう一人の宿泊客の人もすでに準備して玄関から出ていたけど、同じタクシーには乗らなかったので、湯股の方へ向かうのかな、と考える。
 
タクシーは私一人だったけど、タクシーの中から、高瀬ダムまで歩いている登山者が見えて吃驚した。
驚くくらいの俊足で、私より重そうな荷物だったのに、トンネルを出たところで追いつかれ、ちょっと会話した後は次の日野口五郎で一緒になるまで影も形も見えなかった。
 
4年ぶり?の高瀬ダム。
 
この吊り橋は覚えている。
 
この橋も何となく覚えている。
 
5時50分に登山口到着。予想通り、雪はない。
 
七倉山荘でyamapを立ち上げ忘れてしまい、ここでyamapを立ち上げようとしたらオフライン表示で立ち上げられず、ちょっと焦った。
自分が最近いかにyamap(の現在地表示)に依存しているかを思い知らされる。。。
まぁでも、おそらく下の方は迷うようなところはないだろうし、タクシーの運転手さん曰く途中の6番で電波入るらしいから、大丈夫か、と思い出発。
 
最初は雪の気配もない普通の山道を、川の音を聞きながら登る。
 
ここら辺もまだアイゼンなしで行ける。
 
ここを過ぎたあたりだと思うけど、8番のポイントで電波が入ってyamapを立ち上げることができてちょっとほっとする。
一応ここまではコースタイムからそこまで遅れず来られている。
できれば今日中に野口五郎小屋まで行きたいから頑張らなければ。。
 
この後2000m付近までは、基本的に地面は露出していたと思う。
途中、1800m付近と1900m付近で、たった2mくらいだけど、雪の斜面を横切るようなところがあった。
先行者の足跡をみるとアイゼンはつけていない様子。でも、下に引っかかるものがないから、足滑らせると結構な距離を落ちそう。
わたしは最初のポイントは雪の斜面の横の腐葉土を無理やり登って、2つ目のポイントは怖かったのでアイゼンをつけた(その後また外した)。
 
2000m付近で、雪の斜面をトラバースして登る(か登ってトラバースする)箇所が2つ出てきて、登ってる時は気づかなかったけど、帰りは結構な斜度だと思った(バックステップで降りた)。
 
トラバース。
 
急斜面。写真ではわからないけど結構な斜度。
 
こういうトラバースも私はアイゼンをつけないと怖い。
足もとも悪いし、ザックに枝が引っかかって引き戻されたりして、地味に体力を削られた。
 
雪の急斜面もだけど、枝に引っかかりまくるトラバースやら、どっちに行こうか迷う道やらが結構あって、がりがりに体力削られながら、ようやくちょっと視界が開けた地帯まで上がってきた。
 
たぶんこれが2208m付近の三角点な気がする。
 
結構登った気がするけど、稜線はまだまだ遠くて、あそこまで登るのかと思うとちょっとげっそりした。
 
近いようで遠い。。。
 
 
急斜面がつらくて、何度も横を見るふりをして休む。
つらいけど、これを見ると頑張ってここまで登ってよかった、と思う。
 
しんどいけど、4年前、あの向こう側に素晴らしい景色が広がっていたのを覚えているからな。。。その雪バージョンが見たい。
 
最後に結構な急斜面のトラバースを超え、ぜえはあしながらなんとか稜線到達。
 
登ってきた尾根を振り返る。ヘタレな私よ、よくやった。。。
 
 
 
12時に烏帽子小屋到着。
 
これが見たかった。
登ってくる途中で結構な量のお湯を消費してしまったので、休憩がてらここで山荘にもらったお弁当(巻きずし)の1/3を食べ、雪を溶かしてお湯を作っていたけど、ここで一つ、問題が発覚した。
 
ペグ、落とした。。。
 
ザックに外付けしてたsamayaのピラニアペグの袋がない。
今考えればつけ方が甘かったんだけど、どこかで落としてしまったらしい。
 
一瞬、焦ったけど、すぐに、まぁ大丈夫か、と思い直した。
雪がないところに張る場合を考えて金属ペグ2本を予備として持ってきていて、こっちは幸い別のところに入れていて無事だし、ペグ替わりの割りばし2膳も持ってきているし、ストックやピッケル、アイゼン、何でも活用できるだろう。。。
 
ペグには申し訳ないことをしたけど、これはまぁ何とかなる。。。
 
問題はこの先、どうするかだ。。。
 
昨日時点の今日(1日)の天気予報はこれ。
 
今はこんなに晴れているけど、今日は15時頃から雪が降り出し、夜中は風速は最大で18mになる。つまり結構な吹雪の予報。
ここから野口五郎小屋まではコースタイムで3時間弱。
15時になった瞬間吹雪になるわけではないから、途中で吹雪になる可能性は結構ある。
 
烏帽子ー野口五郎間は結構な強風地帯と聞く。
野口五郎小屋にテント場がないのは、風があまりにも強いからだ、と聞いた気もする。
 
そんな風が強いエリアで、もう駄目だ、と思ったときにテントを張れるような所があるのか、私はこの先に行ったことがないからそれがわからない。
張ったとしてこの風速でテントが大丈夫なのかもわからない。
 
安全を考えるならここでやめておいたほうがいい、と思ったけど、でも明日以降のことを考えるなら今日ちょっとでも進んでおきたい、とも思った。まだ13時前だし。
それに烏帽子小屋の避難小屋、密閉度高くて快適そうではあったけど、窓はない。
明日停滞するかもしれないことを考えると、窓のない部屋で一日じっとしているのは。。。。ちょっと無理かもしれない。
野口五郎の冬季小屋には窓があるのは淳つさんの動画で見て知っている。どうせ停滞するなら野口五郎の方がいい。。。
 
悶々と考えた末に、少しでも進みたい、という欲が勝った。
 
装備を整えて13時前、烏帽子小屋発。
1時間前はあんなに青空が見えていたのに、あっという間にこの天気。
 
少し登ったところで電波が入ったので天気予報を確認する。
 
18時帯の雪の量が結構増えてる(0.8cm→2cm)。
できれば16時には野口五郎に着きたい、と思うも、息切れして全然スピードが上がらない。
そして出発して10分もしないうちに雪がちらちらしてきた。
 
風は当たり前に強い。
引き返そうか、と何度か足が止まったけど、でもまだ視界は割と見えているし、ハードシェル着込んでいるので寒くはない。岩陰に隠れてカイロを貼ったり、テムレスを装着したり、やばいと思ったときに引き返してテントを張れそうな場所に目星をつけながらずるずると進んでいたけど、風雪が結構な量になってきてついに、(こりゃだめだな)、と思った。
 
想定が甘かった。天候の悪化が思ったより早い。
そして思ったよりも疲れている。
烏帽子小屋を出て1時間も経ってないけど、息が上がってダブルストックに頼っても全然進めない。
アイゼンつけての岩場歩きも不安定で何度かこけたりして(帰ったら結構な痣になってた)、体力が明らかに限界に近い。
そして、先ほどからちょっと(寒い)と感じ始めている。これは危険な気がする。
 
よし、今日はもうやめよう。
 
幸い、登山道脇によさげなハイマツ地帯があったので、ここを今日の宿場とすることにする。
 
烏帽子小屋まで引き返す気力はなかった。
たった少しとはいえ小屋前の最後の登り返しが面倒くさかったし、数十分とはいえちょっとでも登ってきたのに、明日また同じことをやるのはしんどい。。。
 
もし明日天候がさらに悪化する予報だったらこの時這ってでも烏帽子小屋に引き返したと思う。
でも予報では強い風雪は今晩だけだし、明日は風が強いとはいえ晴天予報だから、一晩耐えればなんとかなるだろう、と思った。
 
風速18m予報はやや心配ではある。
でもRadical1、私は君のこと信じてるから。。。
アルパイン用に開発されたテントなら、耐えてくれるよね。「ハードな使用に耐えうるテント」だもんね。
あんまりお金のこと言うのはよろしくないってわかってるけど、〇〇万ユキチの価値を今こそ見せてくれ、Radical1。
 
たぶん周りの地形的に雪庇ではない、と信じた場所を適当に整地。
 
グラウンドシートを敷いた上にRadical1を出してとりあえずは飛ばされないよう、中に重しがわりのザックを放り込んでから、ポールを通した。
テント本体に通せるペグはないので、割りばし2本を対角線上の2隅に突き刺す(でもあまり意味はなかったと思う)。
ガイライン4つのうち、1つはハイマツに固定した(ハイマツごめん)。
もう1つハイマツに固定したかったけど届かなかったので、ストックをハイマツ付近の雪に刺してそれに固定、残りの2つのうち1つは雪に刺したストックに固定(アイゼンの方が良かったかも)、もう1つはピッケルに巻いてピッケルを雪に埋めた。
 
一応、風を受ける面が最小になるような方向にテントを立てたつもりだけど果たしてどうなるかな、と思いながらテントの中に逃げ込む。
風雪を直接受けないだけで温かさと安心感が段違いで、どっと疲れた。
テントってほんと素晴らしい。。。
 
一息つこうと思って山荘のお茶請けのどら焼きを食べたけど、かじりついたまま気づいたら意識が飛んでいた。
相当疲れているんだな、と改めて思う。
 
テントを張っている最中は真っ白だったけど、少し経つと一瞬だけ烏帽子方面が見えた(でもこの後また真っ白になった)。
 
風と雪が入り込んでくるので、入り口のジッパーは最小限しか開けられなかった。
烏帽子小屋でお湯を作っておいて良かった。この狭い空間でバーナー使ってお湯を作るのは、一酸化炭素中毒が怖すぎる。
 
この日は他にすることもないので、寝袋の中でうとうとしたりネットを見たりしつつ(電波は入った)、テントに当たる風と雪の音を聞きながら過ごした。