そりゃあもちろん、こんな学歴コンプレックスをFacebookとかで暴露できないでしょう?

 

しかも受験に合格しても入学しない(つか出来ない)となれば、教育者からは批判殺到ですよね。

 

だって教え子が落ちて俺が受かって、でも俺は入学辞退して、でも大学は定員を充足したので追加合格を出さないとする。

 

すると教え子さんは行けたかもしれないのに、行けないことになってしまう。

 

そんなことになったら、俺ビスマルクは社会的に相当見栄え悪いでしょう。

 

鉄血政策だとか言ってる場合じゃないでしょう(要世界史知識)。

 

だからここで書いてるんです。

 

人間は面白いもので、自分の中に秘めときゃいいものを、誰かに言いたくなるんですよね。

 

んで言っちゃいけないことほど、言っちゃいたくなる。悪いもんだよねぇ。

 

でもね、理解してくれる人もいるんですよ。

 

今の会社で同期入社した子は、理解してくれて。嬉しかったなあ。

 

先月休憩所で会ったときも、「センターどうだったの?」って気軽に声をかけてくれたし。

 

帰国子女だから、そういうところリベラルなのかな。

 

ちなみにこの同期とはずっと英語で話してます。

 

というわけで、人間は自分が心から燃えてるものについて語りたくなる存在なのかな。

 

そういうことを語る場所を提供してもらえた人間は、幸運だな。

 

然るべき年齢で、30代とかじゃなく18歳くらいで受験に満足出来るまでやっている人なら、受験について語り合う人とか場所とかは俺よりは簡単に見つかるんだろうな。だって周りも受験モードだし。

 

でも仕事してたり、父親してたりしてると、そういう雰囲気を味わうことすら皆無だよね。

 

そういう環境的なディスアドバンテージは、社会人受験生は絶対にあると思う。これってやる気の持続に直結するからね。

 

だから広田さんには感謝してもしきれねぇんだよな。