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浜松の地すべりは関東大震災の前兆なのか

浜松の、地すべりは、普通に考えても、巨大地震の前兆だと思ってしまう。


日本列島の東側から西側に向かって、巨大地震は起こる。


淡路の地震、三宅島の地震に続いて、浜松での不気味な地すべり。


これらが何の前兆なのかは、いやでも、分かるはず。


東日本大震災の次は、関東大震災、富士山噴火、東南海地震が発生する。


時間的余裕は、どれほどなのか。


おそらく、それぞれの地震は、数年間隔で発生する。


国土強靭化を急ぐ必要がある。

捏造とプライド

歴史というものは、その時の権力者によって、捏造されているのではないかと思う。


もし、そうなら、ほんとの歴史とは何だろう。


自国の歴史を捏造するのは、捏造しなければならないほど、誇りを持てない悲しい歴史だからだと思う。


日本は、自国の歴史を捏造はしていないと思う。



日本国民は恥の文化を持っている。


恥の文化とは、日本国と、日本国民であることにとに誇りとプライドを持っているということである。


誇りとプライドを持たない国は、歴史を捏造し、捻じ曲げることによってしか、プライドを持てない悲しい国だということだ。


ユーチューブの広告収益

ユーチューブの広告の収益については、報告はしてはいけないことになっているのですが、具体的に金額とかは、書かなければいいのではないかと思います。


だいたい、動画30回の再生につき、広告が一回、クリックされるようです。


一回のクリックでの収益は、広告のタイプによって違うので、具体的に金額は書けません。


広告クリックの一回の収益はわずかですが、再生回数の多い動画であれば、ストックフォトくらいの収益を得ることは可能です。



何も食べなくても

早朝より忙しい一日だった。


そういう時は食事をする時間ももったいない。


私は、食べることが好きではない。


おいしい、白米があれば、いいと思う。


しかし、疲れている時は、甘い物がほしくなる。


アイスクリームを二個食べた。


できれば、何も食べなくても、行きていけるのがいいのだが、もちろん、何も食べなくて生きていけるはずはない。


生きるために、食べる。


食べることを楽しむために生きる。






『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を再読した

村上春樹の、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を再読した。


再読して、ふと、思うのは、村上春樹は、もう64歳で、実の父も死亡しているということ。


父は、僧侶。


小説の中では、彼の実の父を思わせる人物が登場する。


多崎つくるの父は、幼くして、両親をなくして、父方の僧侶の叔父の家で育てられたことになっている。


僧侶の叔父とは、村上春樹の父親のことではないのか。



春樹と、実の父の関係はあまり、よくなかった。


しかし、父が死亡して、春樹は、父とはもっと対話するべきではなかったと、思うとろもあるのではないか。


そういう、追悼感も、この小説には、漂う。


宗教的な匂いがするのは、父の死も何か影響があるのではないかと思う。


春樹も、真剣に、自分の健康のことを考える年になっている。


不治の病にかかってもおかしくはない。


現実の死のイメージが、春樹に付きまとい始めている。


この小説では、『クロ』が陶芸家になっているが、そのことで、あることをふと思い出した。


ある人に、私の前世を透視してもらったところ、私の前世は陶芸家だったらしい。


父も陶芸家で、父は旅に出て家には戻らず、父を捜す旅に出た私は、山の崖から落ちて死亡したらしい。


私の遺体は誰にも発見されずにその場所にあるらしい。