「モンテ・クリスト伯(岩波文庫全7巻)」アレクサンドル・デュマ
★★★★★
アレクサンドル・デュマの代表作。
1844年から1846年にかけてデバ紙(新聞)にて連載された小説で、日本では「岩窟王」というタイトルで親しまれていた。
いやー、とにかくめちゃくちゃおもしろかったですよこの小説。
デュマの小説は「三銃士」以来だったんですけど、「三銃士」も凄くおもしろかったんだけど、「モンテ・クリスト伯」はそれを上回る壮大なスケールとエンターテイメントですっかり夢中になってしまいました。
今回は「モンテ・クリスト伯」の感想を述べる前に、作者であるアレクサンドル・デュマに関して色々と書いてみたいと思います。
この人はまさに小説王と言ってもいいくらいの作家でして、生涯で出版した本は600冊!改版を入れると1000冊を超えるとか。
凄い数の本ですな。
そればかりか、自ら発行発売元になって8種類の新聞や雑誌を創刊したって言うんだから凄い行動力。
とにかく印税で儲けに設けまくったらしいんですけど、使い方も豪快でとにかく使いまくったらしいですね。
今の価格で10億円の豪邸を建てて、その城に”モンテ・クリスト城”なんて名前を付けたらしいですよ。
金遣いも豪快だし、女性関係もかなり豪快だった様子。
愛人は名前がわかってるだけで30人以上いたそうです。
とにかく、恋をしていないと書けない人だったとか。
いやはや豪快な人ですな。
デュマには4分の1黒人の血が入っているとのこと。
この血の問題というのは彼の作品にも大きな影響を与えているような気がします。
父親のトマが生きたのはまさにフランス革命のただ中。
トマは国王の軍隊に所属していたそうで、その隊というのが王妃マリー・アントワンットを守る連隊で、その名も
王妃竜騎兵隊!!
マンガですか!?
まるで「ベルバラ」の世界ですが、実際にそこに所属していたそうです。
しかし、事態は革命派優勢に傾いていくのであります。
トマはどさくさにまぎれて義勇軍に参加。
義勇軍に小柄な男がいて、その男はたちまち連隊長にのし上がり、トマはその男の連隊に所属していたそうです。
その男は恐ろしいほどの指導力を発揮したといいます。
その男の名前を
ナポレオン・ボナパルト
といったそう。
いやー、デュマの父親のことを語るだけで1冊小説が書けそうですよね。
この父の生涯もデュマの作品に大きな影響を与えたのは間違いなさそうです。
デュマの少年時代は「ロビンソン・クルーソー」や「千夜一夜物語」や「ギリシャ神話」「ローマ神話」に夢中だったそう。
15歳の時に「ハムレット」の舞台を見て感激し、劇作家を目指すことになる。
仕事はひとまず、秘書室の事務の職にありつくのですが、この秘書室というのがオルレアン公の秘書室だったそうです。
あのオルレアン公です。
この仕事をしつつも劇作家になろうと決意します。
人脈も少しずつ広がっていき、同い年のヴィクトル・ユゴーなんかと知り合う。
そして、1829年ついに劇作家としてデビュー。
その後も次々と作品を発表しヒットを飛ばす。
さらに小説を書き始め、中でも長編「騎士アルマンタン」は好評を博す。
その後、新聞連載がスタートするのだけれど、その作品が「三銃士」だった。
これが記録的な大ヒット。
そして、いよいよ「モンテ・クリスト伯」の連載が始まるわけです。
ということで、本日はここまで。
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