集団的自衛権行使容認を大きく勘違いしている人々が多い。集団的自衛権行使容認=戦争???その飛躍解釈はちょっとお話にならない論法だ。国連加盟193ヶ国中、集団的自衛権行使を拒否している国は我が日本のみです。その論法ならば、世界はどこもかしこも戦争だらけの火の海です。国際秩序を守らない数カ国に対し個別自衛権だけでは最早、自国を守れないために作られた平和を維持する為の国際ルールです。憲法を盾にいわば、ルール違反をお金とアメリカの核の傘の下でごまかしてきました。しかし時代は経ちました。今日、中国が日本の主権を侵略し続けてきています。今、日本政府は待ったなしの状態です。会話や対話が到底通用する相手ではありません。そこで世界の協力が必要なのです。その最低条件は今まで拒否し続けてきた集団的自衛権行使なのです。信頼を得るために。過去の教訓として北朝鮮による拉致被害者問題があります。この背景には国際紛争として何も手出しできない日本の立場を悪用し、国民を危険に晒した最悪の事例である。もう繰り返してはならないのです。外交は戦争にならない為の知恵を結集させる平和の礎です。見守りましょう。夜中のひとりごと。
「そばもん」ビッグコミックに連載の漫画。6/9(月)までの限定公開。
「そばもん」と「美味しんぼ」の何が決定的に違うのか?
「そばもん」は、蕎麦を元に福島県産農産物の現状と農家の苦悩、消費者の動向を客観的DATAに基づき語られる。「美味しんぼ」は人々の不安や恐怖を招き福島県を汚染した政府や東電は何も責任をとっていないというスタンス。私が思うに悪をしたてあげても物事は何も解決はしない。もはやそれは法廷闘争の段階だ。「そばもん」の作者も作品中で述べているように政府や原発行政の対応は疑問も怒りもある。しかし、福島県においてはもう起きてしまった後、どのようにその影響を最小限にとどめ、生活をしていくべきかが克明に綴られている。そしてそ こには真実という文言や除染の無意味性や住めないやら、故郷を出る勇気やら、イメージを誘発する独断的なメッセージは見当たらない。自分はどうあるべきか今一度考えて行動すべきであり、一人一人がそれを見極め、それを尊重し、その不安要因を排除する為に汗を流してくれている人々に感謝をする。それが今、福島県に必要だと言うことだと教えてくれています。6/9(月)までの限定公開です。ぜひ。
http://img1.shogakukan.co.jp/eximages/comic-soon/sobamon/cmsn-sobamon-ep134.pdf
「そばもん」と「美味しんぼ」の何が決定的に違うのか?
「そばもん」は、蕎麦を元に福島県産農産物の現状と農家の苦悩、消費者の動向を客観的DATAに基づき語られる。「美味しんぼ」は人々の不安や恐怖を招き福島県を汚染した政府や東電は何も責任をとっていないというスタンス。私が思うに悪をしたてあげても物事は何も解決はしない。もはやそれは法廷闘争の段階だ。「そばもん」の作者も作品中で述べているように政府や原発行政の対応は疑問も怒りもある。しかし、福島県においてはもう起きてしまった後、どのようにその影響を最小限にとどめ、生活をしていくべきかが克明に綴られている。そしてそ こには真実という文言や除染の無意味性や住めないやら、故郷を出る勇気やら、イメージを誘発する独断的なメッセージは見当たらない。自分はどうあるべきか今一度考えて行動すべきであり、一人一人がそれを見極め、それを尊重し、その不安要因を排除する為に汗を流してくれている人々に感謝をする。それが今、福島県に必要だと言うことだと教えてくれています。6/9(月)までの限定公開です。ぜひ。
http://img1.shogakukan.co.jp/eximages/comic-soon/sobamon/cmsn-sobamon-ep134.pdf
音楽や絵画や漫画や小説などで、テーマとして、自然破壊への警鐘、差別の撲滅、争いのない世界を、と訴えることは素晴らしいことだ。そして大きな力を生む可能性を秘めている。しかし、反原発、捕鯨反対、憲法9条など、具体的事案や思想的思惑がそこに見えた途端に、ものすごく胡散臭いものに見えてくる。
本来、音楽や絵画や漫画や小説 などは見る者聴く者の解釈に自由を与え、その共感によって支えられている。イメージや感情の部分に大きく依存する分野なのである。なので受け手の自由を奪った必要以上な具体的事案へのアプローチは大いに危険をはらむ。表現者は常にそこに気を配らなければならない。夜中のひとり言。
本来、音楽や絵画や漫画や小説 などは見る者聴く者の解釈に自由を与え、その共感によって支えられている。イメージや感情の部分に大きく依存する分野なのである。なので受け手の自由を奪った必要以上な具体的事案へのアプローチは大いに危険をはらむ。表現者は常にそこに気を配らなければならない。夜中のひとり言。