
こんばんは、今日の題名は禅の話から来ているのですが・・・
『どこが一滴なんだ、貴様の目は節穴か!!』
と言う怒号が飛びそうですね、今の私にはこれが精一杯
これからも精進してまいります、
それではまた。
・・・
と言う訳には行きませんよね、
まぁ、自分の写真ですのでこれでもなんとなくお気に入りな訳ですね。
そしてなぜ禅か、それはアメリカの方でもZENなどと言って嗜む人が増えているそうです
そこで今日出た話題が、
日本人の譲り合い、思いやりの精神はSacrificeの精神なのかと問われた時に
とっさに出てきたのが『一滴水』の話し、しかもうろ覚えでした。
一滴水の話は検索していただければ出てきます、
きっと、とんだ屁理屈だと思いますが、
私の解釈としては、『全てに意味がある』『情けは人のためならず』
と言うことだと思っているわけです。
まぁ、つまり、無造作にぶちまけた水にケチを付けた曹源も自分の矛盾に気付いて無いのでは
と思ったりするわけです。
それはさておき、
つまり一滴の水にすら無駄にするようなことはせずに何か意味の在る事に考えて使え
と言うことなのですが、結局全て万事は巡り行き巡り来る事、
誰かのために自分が犠牲になるのではなく、
いずれ誰かの行為として還って来るような社会への一歩として
まず自らが行うこと、これが思いやり譲り合いだと、そう話したのです。
皆納得してくれたのですがそこに至るまでは本当に大変でした
何しろ、精神的な話をする時、
どうしても日本人独特のニュアンスや空気感を説明しなければいけないのですが
これを英語にするのが難しくて、通訳役の香港人ともう一人の日本人で
悩みながら話しましたね。
話しにすると上の記事の程度の話をなんと3時間も掛けてしまいましたよ。
これで結構英語の語彙をつかめたかな?
と言う満足感はあるのですが、改めて活字に起こすと
なんと無駄に長い時間を掛けたことかと、
軽く落ち込みましたね。
やはり精進が必要なようです。
それではまた。



