離脱! | Plan B -腎がん罹患後の記録-

Plan B -腎がん罹患後の記録-

発覚から手術までの体験とその後の人生再設計を記録していきます。

・告知を受けてからも1カ月ほど出勤していたことになるが、いよいよ職場離脱。期間は最大1カ月程度の予定。職場だけでなく、普通の日常からも暫し離れることになる。

 

・業務特性から社内関係者はそれなりに多く、自身の病気については部長級だけで最低4人が知ることになった。各部で4-50人程度の所帯とすると、200人程度は何らかの異変に気付いていることになる。

 

・当然といえば当然のことだが、今でも誰がどこまで知っているのか正確には把握できていない。相手が知っているということであれば放っておけば良いのだが、案外困るのは「あ、そこまでは知らなかったのね」というケースだ。

 

・多くの場合、「大病とは思っていたけどまさか癌とは、、」という反応になる。そのたびに、癌であったことを意識し、「大丈夫ですよ!」とテンションを上げなければならなくなる。早い話が、疲れるのだ。

 

・チームのライン上の上司同僚は流石に事情を理解している。告知から手術まで精神的に不安定になっていたと思うが、普段通りに接してくれたのが有難かった。自身もいつも通りに明るく振舞っていたつもりだが、実際のところどのように映っていたのかはわからない。

 

・逆の立場だった場合に、上手に対応できていなのかも甚だ自信がない。職場にもさまざまな病気やけがをされた方がいるが、「癌は手術しても終わりではない」という点で、周囲の方にとっても厄介な病気だと思う。

 

・仕事の繁閑は、実は暇だったりする。3月末までに予定していた出張3件をキャンセルしたため、これに伴う事前準備やら事後処理が不要になってしまった。もちろん、出張の代替策は可能な限り尽くすのだが先方も社内も「先ずは手術が終わってから」ということで話は進まない。一方、時間があるときにこそすべき半年先を見据えた仕事には自分自身のやる気が全く湧いてこない。

 

・代わりと言ってはなんだが、当時気をつけていたのは兎にも角にも体調管理。手術前に熱でも出してしまったら延期になるかもしれない。その場合、手術室は埋まっているだろうから「二、三日後に落ち着いてからにしましょう」というわけにはいかないだろう。仕事は暇で周りも無理するなという雰囲気なので19時前には退社するようにしていた。

 

・それでも手術一週間前から微熱が続いていた。疲れっぽく、また着込んでも着込んでも冷えを感じる。当時の心境をWordに殴り書きしていたのだが、それこそ明日にでも死ぬんじゃあないかというトーンで精神的に相当参っていたことがわかる(お恥ずかしい、、)。「病は気から」だが、明らかに体が悪い方に反応してしまっていたようだ。

 

・日常生活では、煙草はすっぱりと辞めた。お酒は「適度な量であれば構わない(主治医)」とのことなので晩酌は欠かさなかった。むしろ、飲めるうちに飲んでおこうと高めのお酒から空けていった、笑。

 

・食事面では肉類を控え、自家製人参りんごレモンジュースを飲むようになった。個人的にはエビデンスのない治療・療法は信じないようにしているが、それでもコストがさほどかからず周りにも迷惑をかけないということであれば、おまじない替わりに何かをやりたくなるのが人情というものだろう。また、癌になる前は好んで肉を食し、逆に生レモンなんて一口も口にしなかった。なんとなく、逆のことをやりたくなったのだ。

 

・帰宅後はなるべく子どもとの時間を大切に過ごした。当時も今も、頭の中にあるのは自分の余命。5年は大丈夫だろうが、10年後はどういう状態にあるのかわからない。そもそも20年後だってまだ56歳。日本人の平均寿命はその遥か先にあるのだ。

 

・今は当時ほど深刻には考えていないが、すでに人生観はがらりと変わってしまっている。生きる意味みたいなのを考えたとき最後に残ったのは、自分にとってはやっぱり子供のことだけだった。それ以外は、瑣末なことに違いない。

 

・ところで、手術日は健康診断の結果を受領してから約7週間後、現在の病院に転院してからは約5週間後で決まっていた。比較は難しいが、まずまず順調に、ほぼ最短距離で手術日の確定に至ったと思う。因みに、かかりつけの病院では疾患別の大まかな治療待ち日数がウェブにアップされている。腎臓癌の場合は診察に1週間、手術には8週間。その他の癌の手術は即日から2-3週間程度が目立ち、腎臓癌を含む泌尿器系はどちらかというと悠長な部類に属している。

 

・一般に、腎臓癌は進行が遅いとされている。手術できる医師や設備などのキャパの問題だろうが、腎がんであればそもそも急ぐ必要はないという考えが背景にあるのかもしれない。患者としては癌が見つかったらすぐにでも取り除いて欲しいところだが、自分の手術日を早めるということは他の人を蹴落とすという事態になりかねない。多分に倫理的問題を孕んでいるのである。