片方だけ | 末永慎のブログ

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危険や問題のある人、物事、仕事があるが、キッパリと縁をきれず、辞めれず、削れず、潰せないとする。

 

すると、これらが蓄積しつづける。これではいずれ、隠せなくなる段階で、つまり増えて、おおきくなれば表にでる。

 

イエスマンがまわりにいると、危険や問題が小さいうちはみえない。かれらが本人に届くのをとめる。いわば壁や障害になる。

 

金や権力がある人が、危険や問題を知ると不愉快になり、機嫌がわるくなる。すると、自分に被害がくると思い、危険や問題を本人に伝えたくない。

 

また、なまじ危険や問題を伝え、「なら、おまえが対処し解決しろ」といわれるかも。すると、自分が苦労する。

 

たとえ苦労し解決しても、うまく解決・処理ができないと、自分のせいにされ、責任をとらされることもある。

 

こうなるとイエスマンは、都合がわるくて不愉快で、嫌になること、つまり悪い出来事、危険や問題を隠したい。

 

また「たいしたことない」と、過少にいったり、「解決した」とウソをつく。

 

このイエスマンを排除しようとしても、不可能にちかい。金や権力があれば、かならずこのタイプの人があつまる。

 

また、いまのイエスマンを排除しも、すぐあたらしい人がくる。もっといえば、いまはイエスマンではない人が、おおきな金や権力の影響で、イエスマンにかわってしまう。

 

誰でも、たくさんの金や権力がある人には気をつかう。だから、「相手を怒らせず、不愉快にさせないように」と配慮をしだす。でないと、自分が嫌われ、ひどい目に遭う可能性がたかまる。

 

プラスとマイナス、長所と短所は、一枚のコインの裏表で切れない。おなじく金・権力と、茶坊主・イエスマンも、一枚のコインの裏表で切れないかも。

 

つごうよく、「片方だけを手にいれる」ということはできそうにない。