危険や問題のある人、物事、仕事があるが、キッパリと縁をきれず、辞めれず、削れず、潰せないとする。
すると、これらが蓄積しつづける。これではいずれ、隠せなくなる段階で、つまり増えて、おおきくなれば表にでる。
イエスマンがまわりにいると、危険や問題が小さいうちはみえない。かれらが本人に届くのをとめる。いわば壁や障害になる。
金や権力がある人が、危険や問題を知ると不愉快になり、機嫌がわるくなる。すると、自分に被害がくると思い、危険や問題を本人に伝えたくない。
また、なまじ危険や問題を伝え、「なら、おまえが対処し解決しろ」といわれるかも。すると、自分が苦労する。
たとえ苦労し解決しても、うまく解決・処理ができないと、自分のせいにされ、責任をとらされることもある。
こうなるとイエスマンは、都合がわるくて不愉快で、嫌になること、つまり悪い出来事、危険や問題を隠したい。
また「たいしたことない」と、過少にいったり、「解決した」とウソをつく。
このイエスマンを排除しようとしても、不可能にちかい。金や権力があれば、かならずこのタイプの人があつまる。
また、いまのイエスマンを排除しも、すぐあたらしい人がくる。もっといえば、いまはイエスマンではない人が、おおきな金や権力の影響で、イエスマンにかわってしまう。
誰でも、たくさんの金や権力がある人には気をつかう。だから、「相手を怒らせず、不愉快にさせないように」と配慮をしだす。でないと、自分が嫌われ、ひどい目に遭う可能性がたかまる。
プラスとマイナス、長所と短所は、一枚のコインの裏表で切れない。おなじく金・権力と、茶坊主・イエスマンも、一枚のコインの裏表で切れないかも。
つごうよく、「片方だけを手にいれる」ということはできそうにない。