Ⅰ.サヌキとアワについて
サヌキは男性的な性質、アワは女性的な性質のことを指します。何かの目標、目的に向かう時の努力の組み重ね、工夫をすること、試行錯誤を繰り返すことがサヌキになります。そして、飛びぬけて大きな成果を得ることであるとか、現状を大きく変えるような力のことです。サヌキが発生するためにはアワの状態がなくてはなりません。アワとは漢字で(感じて)書けば「泡」。あの丸くて、軽くて、浮き上がる、儚い、なんともいえない状態のことです。サヌキが継続する力だとしたら、アワは出ている力を緩めたり、いなしたり、落ち着かせたりするような力のことです。力を抑えることが力を支えることにつながります。ペース配分を守ったり、行き過ぎた状態を休ませたり、濃い心の状態を薄くしたり、模様をぼやかしたりして、出来るだけ真っ白にすること。カタカムナの図ではサヌキとアワの働きを八つの小円の積み重ねとひとつの大きな円の循環で表わしています。

カタカムナ(ヤタノカガミ)の図
大きな目標はありますが、まずは到達可能な目的を決め、それにむかって突き進む。達成できたら、次の目的に。そうして、最終的には、目標を達成する。目的と目標は数詞になっており、古神道の祝詞でいう、「ヒフミヨイムナヤコト」の音の響きで表わされます。

図における数詞の位置
「ヒ」から始まり「ヤ」までの経過は目的を決めて積み重ねることですが、「コ」にくると、それはもう、9番目の段階ということで、今までの「ヒフミヨイムナヤ」の目的達成の成果をまとめ、ひとつにすることになります。

カタカムナの数詞 「コ」の図
(1と8の目的を合わせて9なので
最初と最後の状態を見比べることにもなります)
実は成果をまとめる力もアワになります。もしアワがないと、目的は達成できたけど、それを目標にまで高めていき、現状を変えるような状態にしていくことが出来なくなります。会社でいえば、実務担当とか現場担当とか技術職がサヌキにあたり、それらの報告の成果をまとめて世間に発表するのがアワになります。よくやり方を教えてとか、ノウハウとか、コツは何かと問うことはサヌキを力を高めています。これに対して、どうしてそれをするの? とか 今は何をやってるの? とか これからどうしていきたいの? と問うことがアワです。サヌキの発生の前にはアワがあります。アワで大きな目標を決め、サヌキで目標までの段階を決め、積み重ねていくこと。このようなサヌキとアワの共同作業はしなやかで折れない丈夫な幹のように見えます。嵐にふかれても、風にはなびくけれど、しっかりと地面に根(ネ)を張って、離れません。地面から栄養を吸収し、育っていきます。
Ⅱ.「ネ」という音の響きについて

カタカムナの「ネ」の図
このカタカムナの「ネ(根)」の図は「ケ」と「セ」から成ります。「ケ」と「セ」は向かい合うような心情をかもしだします。そしてサヌキとアワの共同作業を生み出していくのです。向かい合う関わりにおいて「ケ」である側からは「セ」を見ており、「セ」である側からは「ケ」を見ています。「セ」は支えること、アワの性質です。「ケ」は気配を読むこと、手短な目的を察知すること、サヌキの性質です。

カタカムナの「ケ」の図

カタカムナの「セ」の図
この両方の性質が合わさって「ネ」になります。いわば「ケ」は合わそうとしたけど相手がいないよ、「セ」についても受け入れようとしたけど相手はいないよ、という心情です。小さな円が抜けているのは、そういうことを表わしています。わたしは会話の中で「~だね」というふうに「ネ」を使うことがクセですが、どうも女子の間では暗黙の了解だとか、誰かをのけものにする村八分をつくるような文化にも寄与してきました。そうして、気配を察知し、受け入れるものを見極めるのです。
Ⅲ.カタカムナという図のつくりについてまとめ
日本語はカタカムナの図が発祥と研究者の間では言われております。ただ図は簡略化した絵であり、絵になる前には心情とか、心情の醸し出す雰囲氣があります。つい上げてしまう唸り声、イントネーション、独特の雰囲氣が人格をつくります。そうして、そういう人格は、文章ではなかなか表現しづらいものがあります。(それをうまく表現したものを「文学」というが、現実は難しい) 男性的な性質がサヌキ、女性的な性質がアワであるということ、サヌキとアワの共同作業が人格をつくること、これを覚えておいてください。