忘れていた感覚のスイッチに触れた | 毎日少しずつ変化していく自分を見つめています

毎日少しずつ変化していく自分を見つめています

日常の自分をみつめ、気付いたことを気の向くままに書いていきます。

朝何気につけたテレビの番組に見入ってしまいました。

和尚禅タロットのカードの世界観に触れるような内容でした。


番組を見ながら心に響いた言葉をメモったので、私の感じ方が入ってしまっていますが響いた言葉を書き並べてみました。


現実で受取った感覚を内側で空想して、それを磨いて作品にする。


人間として最後に見たいものが手付かずの自然の中にある。


ただ自然の中に浸っていれば自ずと描きたいものが浮かんでくる。


挫折したとき山に入ってただ目の前の自然に入り込んで夢中に描くと、最初は暗い何でもないただの山の景色の中に水の流れや光のある場所を見つけた。

山を降りる時は生まれ変わった感じがして、絵を描く忍耐力を身に着けたように感じた。


写実と心象を織り交ぜた絵。


マンネリ化した時にそれを見抜かれてドキッとする。


木に魂があるのならば、誰も起きていない見ていない深夜の瞬間に出会えそうな気がする。


屋久島 美穂の杉


最初見たときは怪物に見えた。物凄いエネルギーを持った生き物に見えた。


きれいだな、なんて深い緑なんだと見ていると手が勝手に動いてる。


小さいことに落ち込んだりする弱い人間だと思う自分を木を描くことで全部出せるし、自然に全部見られている気がして理由の分からない涙が出る。


そんな自分を自然が全部受け止めてくれるような気がする。


弱いほんとに弱いなと思い知らされる。


弱いっていいことです。


夜の月明かりに照らされた木を見て、深い感動と興奮で夢中になっている。


まだこんな自分がいたのか。


私は夜の木を知ったつもりで描いていた。


無垢な存在を醜い人間が描く時の最初の1本の線に自分が全部出る。


その後は五感を使って感じるまま手が動く。そうしないといられない。


昼間見ていた木は夜にはほとんど見えないが、段々と目が慣れてきて見えていないところが光って見えてくる感じがする。木との深い交流。ただそこにいて何回も繰り返してきたものに触れると、自然の成り立ち、宇宙観を感じてそれを描きたくて手が止まらなくなる。


それを感じると至福で涙が溢れる。





私が今朝みた番組のリンクを貼らさせていただきます。NHKプラスで見ることができます。


日曜美術館“描く”という祈り 日本画家・西田俊英

https://plus.nhk.jp/watch/st/e1_2023102919495?playlist_id=315f151f-ac05-4a18-8edb-e099968b3e9f