相棒がお世話になったホスピスが資金集めのために運営しているチャリティショップで週1回、土曜日にボランティアをさせてもらっています。

とてもよく面倒をみてもらったので、お礼の気持ちもあるし・・・

 

そしてこれがちょっとちゃっかり。

仕事探しをするためのトレーニングにもなるから。

 

渡英依頼、お給料を頂いて仕事をする ということがなかった私。

結局イギリスでは職務履歴が皆無なので、履歴書を送っても送っても応募しても応募しても全滅なわけです。

まあね、外国人で働いた経験がないので前職場に情報を聞く、ということもできない私はあんまり雇いたくないでしょうね・・。

だって何かちょっとあっただけで「差別された」とか「外国人の私に対して配慮がない」とか騒ぐ地雷かもしれないんだし。

 

チャリティショップでボランティアとはいえ なにか社会活動をした 経験がある となれば雇う側も安心・・なはず??

 

実は葬儀会社にお葬式の手配をした帰り道、あ、ここホスピスのチャリティショップ??と偶然みつけて飛び込みでお願いしました。

地元にあるの、知らなかったけど結構以前からあったんですって。

土曜の午後に出られます、というと「週末要員が欲しかったの」とすぐにOKしてくれました。

 

で、先々週から始めたけど初日からレジ係で・・って私すぐにお金触ってもいいんですかね?

レジの機械操作自体はそれほど難しくありませんが、目の前にお客さんがいてって本当に緊張します。

長いこと引きこもりみたいなもんだったし相棒は父親というか過保護とでもいうくらい守ってくれてましたから。

 

それでもいろんな知らない人と話をし、いろんな人に会ったことはとても面白かったです。

おかげで?ネタもできたし、ぼちぼちと書こうと思います。

チャリティショップ、お宝ハンターみたいな人たちのお狩り場でもあるんですよ??

 

こんなことなら相棒が元気なうちからやってみればもっと笑い話できたのにな、とかちょっぴり後悔です。

 

日々修行中です。

 

水曜日にはやっと書類が揃って相棒の火葬が行われるという週の月曜、宅配業者から配達のお知らせが届きました。

なんだろうと思って調べると相棒が何か注文していた様子。

しかもお届け日はちょうど火葬の当日。

 

彼のメールアカウントで確認すると1年前に刺繍枠を注文していたのでした。

私はちょうどクロスステッチに夢中でイギリスの鳥のリアルなデザインの作品をいろいろと楽しんでいました。

「自分がこの国で見た鳥を全部刺繍する」とか言ってました。

 

ところが「お、これやってみたい」と思った白鳥やカナダガンのデザインは大型で自分の持っている刺繍枠にははまりません。

相棒は「じゃあ俺様が作ってあげる」といろいろと調べていたようなのですが。

結局「材料を揃えて作業する時間を考えたら買ったほうがいいわ」ということになったのです。

博物館の展示品である刺繍の修復もする、という人のユーチューブを熱心に見てその人オススメの刺繍枠を注文してくれました。

 

今思えばそのあたりから自分にどれだけ時間が残っているかを考えていたのかもしれません。

遺品を整理していたら集めていた刺繍枠の参考資料・材料について・デザイン画などを書き溜めたノートが出てきました。

刺繍枠、といっても普通に丸い枠ではなく大型作品を作るためのかなり凝った物でした。

 

彼が注文したけど1年待ちやって、来年の誕生日頃になるなと笑っていたのを思い出しました。

彼の最後の日に届くなんて、と思っていたらCちゃんから電話がかかってきました。

 

私達はお葬式をせず、火葬後に遺灰を引き取ってお食事会をしようということにしていたので当日火葬場に行くことはできません。

(火葬場と斎場が併設のところです)

相棒の棺を見ることはできない契約ですが、それでは可哀想とCちゃんが火葬場に電話してくれてみたのでした。

すると相棒は当日朝8時には施設に到着すること。

その日朝一番の葬儀がキャンセルになったので、30分ほど時間があるためにチャペルでお別れをしてもいいこと。

がわかったのです。

 

それなら行きたい、と宅配は翌日配達の手配をして当日は急遽、施設に向かいました。

係の人は親切で、チャペルに入れてくれて「故人のお好きな音楽があったら流しましょうか」と言ってくれました。

結局、施設のリストには見つからなかったのでCちゃんが携帯で検索してそのまま流してくれました。

相棒の棺もチャペルに移動してくれて、本当なら見られなかったのに触れて最後のお別れを言うことができました。

相棒の名前・没年月日・満年齢の刻印されたプレートが取り付けられてありました。

触れてまだ早かったね、と思いました。

 

一緒に来てくれたのはCちゃん・R君・F君と親戚のお姉さん。

短いお別れ集会のあと、みんなで簡単にお茶してから帰宅しました。

 

グレムリンのケージの掃除をしてから一息ついているとまた電話。

レンタルしていた介護用ベッドの引取に来ます、との連絡でした。

これ、2週間前に連絡して7営業日以内に引き取りますと言われていたものの誰も来なかった件です。

それが突然「今日来ます。」って。

また電話しないとあかんのかなあと思っていたから相棒が片付けてくれたのか、なんて考えてしまいました。

来てくれたおじさんにお礼としてビスケット1箱を進呈、とても喜んでもらいました。

 

相棒からの最後の誕生日プレゼントの刺繍枠は翌日無事に受け取りました。

手作りの新しい木の香りのする立派なものでした。

木工品が好きで自らも船舶設計技師・船大工でもあった相棒、さぞかし見たかったでしょうね。

いろいろな思いがあって今はクロスステッチをすることができなくなっています。

作業中のジェイもそのまま。

でもボチボチでも仕上げて大型のカナダガンのキットを購入しよう・・・と考え始めてます。

いつになるかな。

 

刺繍枠、遺灰を引き取ってお仏壇代わりの祭壇コーナーを作ったら見せびらかしのためにお供えしてあげようと思います。

 

 

 

 

 

相棒が逝ってしまいました。

 

昨年11月・お薬を変えながら1年続いた化学療法の効果が見られず、がんを抑制することができなかったのです。

もうここからは緩和ケア、終末医療ということになると告げられ、それでも骨に転移したがんを抑える治療の紹介を受けました。

 

ただ、1年の化学療法によるダメージは大きかったようです。

11月の時点で少しでも早い転移がん抑制が望まれると言われてすぐに次の放射線治療科に連絡をとったものの2ヶ月間何も音沙汰なしだったのです。

この治療は放射線照射ではなく、液体状態にした薬物を直接注射するもので「治療」というよりは骨転移による痛み対策というものでした。

医師からも「治療ではありません、痛みを軽減できるための措置です。」と言われていました。

でももともと相棒は化学療法よりも放射線のほうが反応がよかったので、期待していたのです。

これで痛みが軽減され、動きやすくなれば体力もあがるし免疫力もつけられる、と思っていたのですが。

 

病院からはなんの連絡もありませんでしたが、結局11月の時点でもう手がつけられないという感じだったようです。

後に入所したホスピスの医師からそう言われました。

相棒の医療記録を見てどの医師も「こんなに壮絶なのは見たことがない」というほど重かったようです。

 

きっとものすごい痛みに耐えていたのでしょう。

私にも痛いとは言ってましたが、痛み止めを服用したりマッサージしてあげると「楽になった、ありがとう」と笑っていたのです。

何も察してあげられなかった。

気分が悪くて機嫌が悪い時、つい私にも当たり気味になってしまったらカッとして怒り返したりしてました。

ものすごく我慢してくれていたのに。

 

11月にはちょうど結婚記念日もあり、お祝いとしてエタニティリングを買ってくれました。

「よくやってくれてるからご褒美」とか言って。

 

在宅介護を選択したものの結局プロの介護士さんが一日に2回来てくれていました。

プロから見るとやっぱり何か感じるものがあったのかある日医師が来てその日にホスピス入所が決まりました。

救急車で運ばれる時、大泣きする私に「必ず帰ってきてアイリッシュコーヒーを作ってあげる」と言ってました。

でも帰ってこなかった。

 

ホスピスは自宅から車で1時間ちょっとかかる場所にあり環境のとても良いところでした。

入所は少し前から医師から打診があったものの、交通の便が悪いので私が通うのは難しいからと相棒は入所を断っていたのです。

「少しでも二人一緒にいたいから」と。

 

Cちゃんや彼女のパートナーのRくん、いつものFくんが代わる代わる送迎してくれてほぼ毎日通うことができました。

2週間で帰る、と笑っていたものの日々弱って行く様子は怖かった。

1週間目になる朝、起きて身支度している時に何か胸騒ぎがして。

30分くらいしてホスピスから電話、今日明日にも亡くなるかもしれませんと言われました。

すぐにみんなに誰か送って、とお願い、結局CちゃんとRくんに送ってもらってその日は私もホスピスに泊まりました。

もう安らかに終われるようにときつい痛み止めを処方され、もう意識もない相棒でしたがずっと手を握って眠りました。

 

その日は保ち、Cちゃんたちが様子を見に来てくれた時も「心臓が強いからもう少し一緒にいられるかな」と言っていたのですが。

その日2月25日の13時25分頃、だんだん浅くなる呼吸が怖くて固く彼の手を握る私に合図するように

ギュッギュッと2回、閉じたままだった目をさらに固く閉じて静かになってしまいました。

 

「君にはすごく辛い思いをさせて可哀想だけれど、最後の時は一緒にいてほしい」と言われていたから約束が果たせてよかった。

でも願わくば、意識のあるうちに泊まりに行ってもう少し一緒におしゃべりしたかったです。

 

いつも冗談で「本当にタフガイは私のほう」なんて言ってたのですが。

やっぱり私の愛した相棒は本当に本当のタフガイでした。

 

こういうことは私的なのでブログにするようなことではないと思いました。

でも自分の記録のため、たまらない気持ちを吐き出したくて書いております。

ごめんなさい。