“ Midsummer Night's Dream ” (1880年)
  

 (New York E. P. Dutton & Company Cica 1880)

 初版は“ Ernest Nister,London,1880 ”です。
 アーネスト・ニスター (Ernest Nister 1842-1909) は、19世紀末に活躍した仕掛け絵本作家二大巨匠のひとりです。ドイツからイギリスへ移住し、ロンドンに出版会社を設立して仕掛け絵本を中心に数多くの美しい絵本を製作しました。仕掛け絵本を含めその挿絵のほぼすべてが多色刷り石版画によっています。

THE LAND OF LONG AGO - A VISIT TO FAIRYLAND WITH HUMPTY DUMPTY (仕掛け絵本)

  

 

  

 (Ernest Nister, E.P. Dutton & Co. 1898)
 
 今回取り上げるのは彼が得意とした「仕掛け絵本」ではなく、見事な多色刷り石版画(クロモリトグラフ)によって飾られた「Midsummer Night's Dream」です。
 表紙は白の皮にエンボス加工が施してあり、その凸部には金彩が塗られています。額装状に飾られた表紙の絵は絹に刷られて挟み込まれており、贅沢を極めた作りと言えるでしょう。
 僕が持っているものは米国版 Dutton社で刊行されたものです。英国で刊行された初版とまったく同じ装丁で作られています。

 

 

  

 

  収録されている版画は表紙を含めて7枚です。そのほかにセピアで描かれたカットがほぼ全頁に描かれています。
画家の名前は記載されていません。画上にもサインなどはありませんので詳細は不明です。ただ元になった絵はあります。それは18世紀末から19世紀初頭のイギリス人画家ジョン・ホップナーや新古典主義画家(アングルなど)の神話絵画から着想を得ているようです。
 

  

 

  木版画や手彩色にはない石版画の顔料のもつ独特の光沢が油彩画のような艶やかさを与え、表面を滑らかに保つため写真のようにも見えます。
人の肌の色、光の射し込みや叢、木陰の陰影などその再現性は同年代の挿絵本のなかでも飛びぬけたものがあります。
仕掛け絵本の挿絵はニスター自身が描いたものが多く、その原版の大部分の制作も彼自身の手で行っています。この「Midsummer Night's Dream 」も彼がデザインしたものかもしれません。確たる根拠はありませんが。

 

  

 

  「Midsummer Night's Dream 」については数えきれないほどの書籍が出版されています。V・フィンレイ、W・H・ロビンソン、A・ラッカムなどもそれぞれ特徴のある絵で名作を残していますが、「どれか一冊、美しい挿絵の本を」と言われたら僕は「Ernest Nister」を薦めると思います。
 

 

 

 挿絵本はぽつぽつと書き足していくことにします。テーマとかは何も決めずにその時、手に取った本を取り上げてみようかと思います。

 

 

 

KATE GREENAWAY(1846-1901)

 クレインのところで参考に挙げましたケイト・グリーナウェイ“ MELCOMB MANOR A Family Chronicle ”の「すべての挿絵を載せて欲しい」とか、「初期の絵を見たい」とのリクエストがありましたので、補足として「AUNT LOUISA'S NURSERY FAVOURITE」とを併せてご紹介しておきます。

 両方ともグリーナウェイの本では稀観本に含まれるものです。これらの本で見られる彼女の絵は、後年のものとは顕かに異なっています。「Under The Window」以後に慣れている人には違和感が感じられるかもしれません。
 特に「AUNT LOUISA'S NURSERY FAVOURITE」の中の「Diamonds and Toads」の挿絵、これは最初期の彼女の彩色挿絵となります。全体的に線も表情も硬く感じられ、むしろ後年にはないダイナミックさが際立っています。しかし、この時点ではまだ彼女独自の画風といったものは確立されていないように見受けられます。

 “ AUNT LOUISA'S NURSERY FAVOURITE ”(1870年)
  

 (London Frederick Warne, 1870)

 「AUNT LOUISA'S NURSERY FAVOURITE 」には、「Dick Whittington」「 Lily Sweetbriar and Uncle's Farm Yard」など伝承物語や韻律詩(叙事詩)が収録されており、それぞれ異なる挿絵画家により全24枚のクロモリトグラフが入っています。グリーナウェイが手がけた「Diamonds and Toads」の挿絵は6枚です。いずれもサインは入っていません。
 

  

 

 この「Diamonds and Toads」ですが出版後に非常に高い評価を得て、この翌年1871年に単独で絵本として発刊されています。写真は1875年頃の再版のものです。
 

 (New York : McLoughlin Bros)

 “ MELCOMB MANOR A Family Chronicle ”(1875年)

 

  

 (London. BelfastMarcus Ward & Co. Royal Ulster Works)

 「MELCOMB MANOR A Family Chronicle」はギフトブックとして非常に豪華な作りになっています。挿絵には金銀がふんだんに使われ、背景の金色の部分にはスクリプションが織り込まれています。
 

  

 

 「AUNT LOUISA'S NURSERY FAVOURITE 」の5年後の出版となるわけですが、この頃の絵には輪郭に柔らかさが出てきて、人物の所作にも優雅さが感じられるようになります。
 

   

 

  僕の個人的な感想ですが「Under The Window」以後のグリーナウェイよりも「PUCK AND BLOSSOM」(Marcus Ward, London 1874)、同時期に出版された「CRUISE IN THE ACORN」(London: Marcus Ward ,1875)、「Fairy Gifts or a Wallet of Wonders」(Griffith and Farran, UK,1875)や、以前取り上げた「The Quiver of Love」(Marcus Ward, London,1876)などの頃の方が好きです。
 

  

 

  しかしながら、これらの絵を見ていると構図や人物の描き方などで、クレインが「私に似せた…」と揶揄したのも何となくわかる気がします。
彼女は一時期、他者との差別化について悩み、絵が描けなくなったことがあります。そして、その結果、「Under The Window」に見られた画風をもっと極端に表現することを選択しました。それは当時において目新しさを提供しポピュラリティの獲得に大いに役立ちました。そして、今日においてもその人気は衰えず支持されているのも事実です。しかし、広まり過ぎたため食傷気味になる傾向があることもまた否めないと思います。

 

  

  Mother Goose (London: George Routledge and Sons,1881)


もう少し体調が回復したら、その他のリクエストにも(全部は無理ですが一部でも)お応えできればと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

Walter Crane (1845 - 1915)


 ウオルター・クレインは1845年8月15日、イギリスのリヴァプールで生まれました。
 肖像画家であり、すぐれたミニアチュール画家でもあった父、トーマスから絵や版画について手ほどきを受けました。
 1859年から1962年までの間、彼は木版彫刻家のウィリアム・J・リントンの工房に徒弟として入ります。ここでダンテ・G・ロセッティやジョン・E・ミレーの作品の彫版に携わり、その美術デザインのセンスや技法を実践を通して学びました。クレインはここでの3年間について「デザイン、素材、製作法との必然的な関係について理解し修得することができた」と後述しています。
 1864年から1876年にかけはエドムンド・エヴァンズとルートリッジ&サンと組んでトイ・ブックスを刊行し大きな成功を収めます。この時期の彼の絵には、「カエルの王子さま」(1874年)に見られるように、その平面構成やデフォルメの仕方には浮世絵の影響が強く現れています。
 その後、社会主義運動に関わり、さらに美術家同盟(Art Workers Guild)やクレインが設立したアーツ・アンド・クラフツ展示協会のために精力的に活動しました。
 クレインは「装飾芸術家はできるだけ自然から離れて、自身の経験によって選び抜かれた形態を学ぶべきだ」とフランス的なアール・ヌーヴォに対する批判を踏まえた主張と実践をし、1889年には王立芸術大学の学長に就任しています。

 「カエルの王子様」や「The First of May: A Fairy Masque 」については後日ご紹介することにして、今回は「PAN-PIPES」と「A Flower Wedding」「Flowers From Shakespeare's Garden」を取り上げます。

 “PAN-PIPES. A book of old songs” (1883年)
 (George Routledge and Sons, 1883)
  

 

 初版は1880年に発行されています。
大判のこの本の中には52枚のカラー挿絵で飾られた楽譜があり、装飾的に非常に凝ったものになっています。
1877年に出版された子供向け音楽譜集「Baby's Opera」のやや大人向けにあたります。
 

  

 

  クレインは楽譜を装飾の中に織り込むことでまるでタペスリーの様に仕上げています。

 

 

 

 

 “A Flower wedding” (1905年)
 (Cassell & Company, London, 1905)
  

 

  「A Flower wedding」には、口絵を含む40枚のカラー挿絵が入っています。
これは1888年の「Flower Feast」以来、クレインが取り組んできたデザイン構成の一連の作品のひとつです。
花の3部作というと「Flower Feast」、「Queen Summer」(1889)、「Flowers From Shakespeare's Garden」が挙げられ,、見落とされがちになりますが、もう少し注目されても良い作品だと思います。

 

  

 

 

 ここではトイブック・シリーズや「PAN-PIPES」で見られたような装飾は控えられて極めて簡素になり、言葉少なに語るような構成になっています。添えられたキャプションもクレインによるごく短い言葉のみで、後は読者側の歴史や文学などの知識と関心、それから想像力に委ねられた感があります。

 

  

 

 ところで、アール・ヌーヴォと言えばフランスやユーゲントシュティールに代表されるオーストリアやチェコなどがあげられますが、その発祥はイギリスの新芸術の思想にありました。
クレインにとってアール・ヌーヴォとは何だったのでしょう。なぜ、クレインはフランス的アール・ヌーヴォを批判したのでしょうか?
 その答えの一部はこの作品の中に垣間見られます。
アール・ヌーヴォは自然の曲線や自然物を取り入れることで装飾における自然回帰を促し、絵画や建築などを席巻した芸術運動ですが、イギリスにとってのアール・ヌーヴォの思想の原点は平面上の装飾、二次元の芸術ではなく、立体、特に建築を主眼に置いた三次元の芸術でした。
 フランス的アール・ヌーヴォに見られる無理に取り入れられた不自然な曲線は華麗にも見え目新しさを提供はしましたが、基本的な安定性に欠けていたのです。
 またクレインの目指す実践的な装飾芸術とは、美術としてばかりではなく実用性と耐用性をも具備していなくてはならないものでした。ですから絵本においても、文字、装飾を含めるのは当然として、そこに読者をも有機的に関連付けられるものでなくてはならなかったのだろうと思います。それ故の単純化、簡素化でした。
 そしてそのクレインの狙いは「Flowers From Shakespeare's Garden」で一応の集約を見たと言えます。

 

  “Flowers From Shakespeare's Garden” (1906年)
 (Cassell & Company, London, 1906)
  
 

 「Flowers From Shakespeare's Garden」は次の献辞で始まっています。
「ワーウィック侯爵夫人に捧げる。夫人の美しいイーストン・ロッジのイングリッシュ・ガーデンで、この本の想像力に満ちた構想が生まれたことに感謝を込めて。」

 

  

 

  登場する花々の妖精は直接にはシェークスピアの物語に登場するわけではありません。
シェークスピアの戯曲の中に隠喩として使用された花(或いは、花言葉)を重ね合わせることでクレインは独自の花の妖精の世界を創り上げました。
本の構成も一連のストーリーがあってのものではなく、15の戯曲の場面をオムニバスで取り上げています。
 たとえば一番最初の絵は「ペルセポネの略奪」です。これは「冬物語」のワンシーン。
19頁は「ハムレット」から、髪を乱して花に包まれたオフィーリアです。

 

  

 

 

  31頁に描かれているのは麦撫子。「恋の骨折り損」第4幕第3場からとなっています。キャプションは「さあ、行きましょう!麦撫子を撒いても麦は収穫できません。」
36頁は「ヘンリー五世」から「苺はイラクサの下で良く育つ。上等な果実は下等なものと植えると良く育ち、実も熟す。」
37頁は「ヘンリー六世」、最後の40頁目は「トロイダスとクレシダ」です。

 これら一連のクレインの作品と表現は、チャールズ・H・ロビンソン、カイ・ニールセン、ウィルビーク・ル・メールなどに大きな影響を与えました。その影響は今日まで続いていると言っても決して過言ではありません。

 すみません、体調が悪く、かなりあっさりした回になってしまいました。
とりあえずここで19世紀末の挿絵には区切りをつけます。クレインについては別の本を取り上げるときに改めて補足したいと思います。

 2006年にマール社から刊行された「シェイクスピアの花園」は原本の魅力を損なわない配慮がなされていて良い本だと思います。巻末に収録されている作品解説やクレインに関する説明も非常にわかりやすいです。