ジョージア映画祭「デデの愛」Dede(2017)を見て 旅の思い出2015 | ・・・   旅と映画とB級グルメ と ちょっと本 のブログ

・・・   旅と映画とB級グルメ と ちょっと本 のブログ

 ...........   旅と映画とB級グルメ とちょっと本 を紹介しています
 ...........    旅の 思い出と 東欧 トルコの映画 の紹介と本の紹介

ジョージア映画祭「デデの愛」Dede(2017)を見て 旅の思い出2015
マリアム・ハチヴァニ監督
ナティア・ヴィブリアニ、ギオルギ・バブルアニ
1992年、コーカサスの峻険な山々に囲まれた村で、デデの挙式が行われようとしていた。しかし彼女は夫となる男の親友と愛しあっていた。村の定めた結婚に抗い、彼女は愛を貫くことを決心する。雄大な自然のなか、因習(家族の首長同士の取り決めにより婚約や結婚を取り決める)(伝統的にコーカサスでは略奪婚も行われてきた歴史もある)と闘う女性を描く感動の物語。

საქართველოს კინოფესტივალი "სიყვარულისა და დედის" მოგზაურობის მეხსიერება Dede (2017) 2015 წლისთვის
რეჟისორი მარიამ ჰაჩიბანი
ნათია ვიბრიანი, გიორგი · Bubble Ani
1992 წელს, კავკასიის ციცაბო მთაში გარშემორტყმული სოფელში, დედის ქორწილი შესრულდა. მაგრამ უყვარდა ქმარი საუკეთესო მეგობარი. ის ეწინააღმდეგება სოფელ ქორწინებას, იგი გადაწყვეტს გაიაროს სიყვარული. დიდებული ბუნებიდან, ემოციური სიუჟეტი, რომელიც ასახავს ქალს, რომელიც ებრძვის ტრადიციას (მოლაპარაკება და ქორწინება მოლაპარაკების გზით ოჯახის უფროსებს შორის) (ტრადიციულად არსებობს ასევე ქორწინების გაძარცვის ისტორია).

 


武装している兄弟2人が戦争からコーカサス山脈の村に戻ります。 それは1992年ですが、過去何世紀もの伝統と迷信が揺れ動くこの遠隔地にはまだ時間があります。 デビッド(Nukri Khatchvani)はすぐに彼に約束したDina(Vibliani)と結婚し、Gegi(Babluani)は一瞬で彼の心を盗んだ人を見つけようとしている。 彼らは同じ女性と恋をする運命にある。 悲惨な死、結婚、そして別の死は、今や若い未亡人の母親であるディナが、別の男が彼女を頼むか、彼女を連れて行くまで、彼女の父親の財産である過酷な習慣の慈悲で放置されると、力。 最初のディレクターKhatchvaniは、山の景観の険しい美しさによって形作られた文化の中で古代の慣行に浸っている鋭い物語に活気のある人生を吹き込むために、家族の歴史を呼びました。
ディナとゲギはお互いが戦争前に偶然に出会っていて、お互いに魅かれ合っていた。
ディナは亡父の兄弟である祖父が決めたダヴィッドとの結婚は、自分もダヴィットも不幸になるだけだと思い、祖父にもダヴィドにも「ダヴィットとは結婚しない」という。そしてダヴィッドはディナが心に決めった相手を知って驚き、怒り、ゲギを狩りに連れ出して後ろから撃とうとするが、結局は自分を傷つける道、自殺を選ぶ。
ゲギと結婚し男の子も授かり幸せなディナ。
しかしゲギの心は晴れない。ある日ダヴィッドとの件の因縁で呼び出しに応じ、撃たれて死んでしまう。
ゲギとの愛に生きるディナは喪服を着たままで、略奪同然に連れてゆかれ、そのうえだ自分に愛を打ち明けて結婚を迫る男にも決して心を許さない。
しかしある時、引きはがされた息子が高熱を出し、駆け付けたディナは不眠不休で看護するが、回復には町に出て薬を手に入れないといけない、とわかる。
しかし大雪で唯一の除雪車も故障してしまって町への交通手段はなくなった。
デデとは「母」を意味する、と先に述べた。
略奪同然に同棲した男が、自分の命の危険を顧みずディナの子供の、ゲギとの忘れ形見である男の子の命を助けてくれたことで、その感謝の気持ちから男の愛を受け入れる決心をする。
そう男のもとに行く前に、ゲギの墓前で
「いつまでもあなたを愛している、ゲギ許して」
と言ってその男の懐に抱かれる。
このように綴ると、ディナのゲギに対する「純愛」と
ゲギとの間にできた男の子に対する「母親としての愛情」から、違う男の愛を受け入れた物語、に終わってしまうのであるが、それでは物語の襞に隠れた苦しみや哀しみが取り残される。
コーカサス山脈の山間にある村々は、厳しい自然に阻まれて、農業や酪農の生産性も低く生活は極めて貧しい。村の有力者、経済的に豊かで社会的に地位の高い一家に嫁がせることは、自家の安定や社会的体面=面子が上がり、よって許嫁婚は「贈与ー互酬」的性格を持っている。一方、娘が都会に出て行ってしまうと村はどうなるか。結婚できない男が増え、自分たちの老後の面倒を見る嫁も居なくなり、結局男も都会に出て村は崩壊してしまう。 村の母親たちが許嫁婚を積極的に推進するのもそこに理由がある。
ゲギは納屋でディナに再会して、彼女が戦友ダヴィッドの許嫁であると知ったとき、「自分達が会ったとき、君はダヴィッドと婚約していたのか」と問う。
ディナは「ええ。でもダヴィッドを愛していなかった」と答える。
ゲギは「それは、問題じゃない」と返す。
つまりゲギも 村の許嫁婚の慣習が、村社会を維持していくために不可欠であることを認識しており、ディナと家庭を持ち子をなしながら、なお心に晴れないものと村社会に負い目を感じているのだ。
女子が教育を受け、精神的自立や人間としての尊厳に目覚める時、「女」を「贈与ー互酬」交換の対象とする制度は崩壊する。
だから今なお厳しい自然ー経済的環境下にある地方では「許嫁婚」しかも性教育を受けないままの子供を結婚させることが横行している。。
この映画監督マリアム・八チヴァ二はスヴァネティ地方の出身で、32歳。
実の祖母の実話をもとに製作したらしい。資料の中で同監督は、
この地方の伝統や因習は、女性に悲劇をもたらしてきました。私は常に自由を妨げるものに反対していますが、これからは人々にこのようなことがあってはならないと言いたかったのです。(中略)しかし今日では状況が少し変わり、観光で地域が発展して、人々がこれまでとは違う考えを持ち始め、(中略)許嫁婚などの人権を傷つける慣行は廃止されるべきだと思いますが、愛と友情を示す儀式は維持されるべきだと思います。

 2015年この映画の舞台のスヴァネティ地方ウシュグリへ旅をしました。
険しいコーカサスの山麓の沿って、海抜2.000m地帯に多くの村があります。グルジアのシェハラ(Shkhara)という最高峰(5.068m)の麓にあるウシュグリ(Ushguli)村はヨーロッパで標高が最も高いところに位置する定住地です。
 何世紀にも亘りグルジアの宝物は、最も美しい峰々に囲まれた西グルジアのスヴァネティ(Svaneti)という山岳地帯で保管されてきました。その宝物の多くは、今日も素晴らしい壁画で飾られた教会や美術館にあります。遠い昔グルジア王侯貴族達は、敵の侵入から宝物を守るためにそれらを踏破しがたい山岳高知のスヴァネティに送りました。この宝物数々の保管は今でも各スヴァン族の神聖な義務とされ残っています。
 塔や村の砦(要塞)は、グルジアの美しい高山風景として欠かすことが出来ません。それらの多くは中世後期に造られましたが一部はもっと古いものもあります。
コーカサス山麓に構築された山岳地居住者の村は常に敵にとっては近づき難く制服することが困難でした。
グルジア国王でさえもと落ちすることが難しかったと言われています。 険しいコーカサスの山麓の沿って、海抜2.000m地帯に多くの村があります。グルジアのシェハラ(Shkhara)という最高峰(5.068m)の麓にあるウシュグリ(Ushguli)村はヨーロッパで標高が最も高いところに位置する定住地です。

 何世紀にも亘りグルジアの宝物は、最も美しい峰々に囲まれた西グルジアのスヴァネティ(Svaneti)という山岳地帯で保管されてきました。その宝物の多くは、今日も素晴らしい壁画で飾られた教会や美術館にあります。遠い昔グルジア王侯貴族達は、敵の侵入から宝物を守るためにそれらを踏破しがたい山岳高知のスヴァネティに送りました。この宝物数々の保管は今でも各スヴァン族の神聖な義務とされ残っています。

 塔や村の砦(要塞)は、グルジアの美しい高山風景として欠かすことが出来ません。それらの多くは中世後期に造られましたが一部はもっと古いものもあります。
コーカサス山麓に構築された山岳地居住者の村は常に敵にとっては近づき難く制服することが困難でした。
Ushguliラマリア教会が9-10th世紀に建てられました。 地元住民は、女王タマルが埋葬されたこの教会の下にあったと信じています。
村にはスヴァンの塔Svan Towersが現在37塔あるそうです。戦争や盗賊が多いこの地方では一族を守るために建てられた塔が多くみられますが、何故お城はないのでしょうか?不思議ですね
映画でイコンにキスして誓い立てるシーンがあります。キリスト教で独自の伝統を持っているようです。
映画で会合で取り決めを行うときに乾杯をするシーンがありますが、タマダ 伝統的乾杯
スプラという伝統的な乾杯をするときは、タマダ(tamada)とういう乾杯の音頭をとり、全体を仕切る人が重要な役割を果たします。タマダをする人はには敬意をもって接します。タマダは宴会の雰囲気を作って乾杯し、色々な話題をつくり、詩を歌います。ユーモアセンスを持ち、伝統的な乾杯を守るのが良いタマダと言われます。
スプラはジョージアの生活のすべての鍵となるイベントであり、ジョージアの「おもてなし」が理解できる最も典型的なものです。タマダは過去と現在そして未来のギャップを埋め、参加しているメンバーの気持ちを1つにします。そしてタマダの音頭で乾杯するとき「我々の勝利に!」を意味するジョージア語「ガウマルジョス(Gaumarjos)!」という言葉を言ってください。最初に神様、そして女性、平和、客人に対する乾杯をします。

3000 m級から5000 m級の山々に囲まれているスヴァネティは、ヨーロッパの定住地域では最も海抜標高が高い。コーカサス山脈の最高10峰のうち4つがこの地方に存在している。また、ジョージア最高峰のシュハラ山(標高5201 m)もこの地方にある。他の突出した峰としては、 Tetnuldi(標高4,974m)、Shota Rustaveli(標高4,960m.)、Mt. Ushba(標高4,710m.)、Ailama (標高4,525m.)などがある。