いわき演劇まつり いわき総合高校演劇部「あひる月13」見て 感動!
2012年、いわき演劇まつり『北校舎、はっぴーせっと』を去年のいわき演劇祭で見て感動。
去年は原発為にから避難地区の学校から転向してきた生徒といわき市内住む生徒の原発事故に対する生徒個々の抱える悩みの温度差を訴える物語でした。
今年の「あひる月13」
脚本 構成 いしいみちこ
「福島のいまを伝えたい 高校生が描く絶望と希望の物語」
福島県立は、震災と原発事故で自分たちが抱える悩みや葛藤を舞台で表現しています。避難区域となった故郷の記憶が失われていく怖さ、被災の程度の違いから生じた友人との溝。震災とどう向き合い何を伝えるのか、福島の高校生の姿を見つめます。
2013年9月11日、朝 福島県立いわき総合高校の3年1組。
教室へ。3年1組の人間関係。いくつかの仲良しグループ別れている
一人ぼっちになりたくないから一緒に居るグループがあって、グループがトップから最下位層までランク付けされている。
グループにはいじられキャラもおりいじめの対象になっている。
ジュースを買い。
お弁当を一緒にたべる。
夕べみたテレビの歌番組の話題でもりあがる。
涼 「これから家からいわき総合高校、3年1組のこの席までの話をします。」
私はいつも草野駅までお父さんに車で送ってもらいます。
ぎりぎりに電車に飛び乗りイライラ通学。内郷駅の駅員さんの挨拶をガン無視して通り過ぎる。 学校へ到着。
震災の被害で北校舎は取り壊され。南校舎と仮説校舎で生活している。
「仮説校舎はいつでもどかどかうるさいし、臭いし700人がぎゅっつと箱にとじこめてられる感じとか、 息苦しいっていうかなんていうか、スゴクいらいらしてやっぱり仮説校舎は嫌い。
マナ 「これから家からいわき総合高校、3年1組のこの席までの話をします。」
いってきます。私がよく遊んだ公園があった場所があって、ここは震災で遊具が全部なくなって今は更地になっている。どんな遊具があったか、思いだせない。
でもここにはベンチがあったのは覚えているなんでかっていうと、あたしは中学の時学校にいくのがイヤでこのベンチでいつもさぼろうかどうか迷っていたから
思い出すとマジむかつく 私は中学3年間いじめられていた。
アタシはほんとうにつらかったのに
だから私はもう二度といじめられたくなくて、だから高校になったら気の強い自分を無理やり作ってクラスでとにかく楽しく生きていこうと思った。
おはよー
私はクラスの前でテンションを上げてドアをあける
智恵理 明日休みだっけ
マナ え なんで?
智恵理 ホールボディカウンター(内部被ばく検査)
マアヤ 「これから家からいわき総合高校、3年1組のこの席までの話をします。」
あたしとすみれは元中が一緒で、同じアパートに住んでいて、あたしたちの住んでいた古臭いアパートはあの大きな地震で傾いてしまって、すみれの住んでいた1階まで川の水が上がってきて水没して、すみれはあの震災のあったときに実際に川が上がってくるのを見ていて、怖くなって高台の中学に避難したそうです。あのアパートはすめなくなってしまったので、あたしはおばちゃんの家から通うようになりました。あたしは毎朝5時に起きて、準備万端しているのに、おばあちゃんに「早く支度しなさい」って急がされるから、イライラしながら家を出る。お兄ちゃんとキャッチボールしたりしたおばあちゃんの家の庭がこの間の除染作業があって温かかった茶色の土は冷たい灰色の土にになった除染をしなきゃいけないのはわかる、わかるんだけど、わたしはまだこの庭には納得がいかないから、こうやって土に制裁を加えて家を出る。
ここの十字路を左に曲がると津波で流された商店街が見える通りがある。
あそこは、・・・屋、ここが監督の家で、あそこが家具とかを置いているカタクラさん、ここが和菓子のおいしいお店だっただけど、名前が思いだせない、
今年の夏休みぐらいから雑草が勢いよく伸びだして、前まで町があった場所をどんどん覆い隠して、まるで津波もあの地震も何もなかったように黄色い野原になって、セイタカアワダチ草
イライラして電車に乗る。
流れていく海の風景を見ながら 内郷につく 内郷も好きじゃない、橋を渡って、マルトを通り過ぎると学校へ着く、
スミレはプールに入らず、評価点ゼロ、一緒に入らないと決めていたマアヤは、最後に水着をかりて入りプールに入る。
ナツミ 今は歩道橋からあるいて1分のマンションに住んでいる
いってきます
前に住んでいたところは立ち入り禁止になった富岡の夜ノ森というところで、・・・・・。
夜桜、胸が締め付けられるくらいきれいだった。
あの、ソフトクリームを出すお店の名前はなんだったけ、看板に書いてあった名前、看板が真っ黒になって、どんなに頑張っても思い出せない、
15年いたのに、あの町に15年もいたににな、
町の記憶も 本当の、本当の家も、私がいたことも消えちゃうのかな。
飛知和 今から家から学校に来てここで写真を撮るまでの話をします。
震災前まで旅館の駐車場だった。
今はその駐車場に大きなプレハブが建って、原発作業員の宿舎、
窓のカーテンはずっと閉まっている。もともとこの街にはスナックは多かったけど
最近特にスナックは増えて、
街には活気はないんだけどスナックの活気はあふれている。
俺はこの街があまり好きじゃないで
嫌いといったからって元に戻るわけじゃないし
俺はもうすぐこの街を離れて東京に行くから
きっと俺は忘れる
忘れてしまうんだろうな
ナツミ あ、おやよう、
「これから家からいわき総合高校、3年1組のこの席までの話をします。」
2013年9月11日、朝、8時35分、
福島県立、いわき総合高校、3年1組、教室にみんな
教室の喧騒
繰り返される「今日」始まる
テンポよく繰り返し芝居は練習されていていると思う、未来についての明るい話がないのがつらいね。
あの震災から3年が過ぎ、4度目の春がやってこようとしています。
目に見えるものがどんどん整備されていく傍ら、目に見えないものが置き去りにされないよう。
今年もこの地で、演劇で、まつりをします。
震災といく個別の経験は共有できなくても、芸術を通して、私たちの願いが共有できると信じて。
I Play Fes 実行委員会代表の いしいみち さんのあいさつより。




