渋谷PARCO劇場で『ラビット・ホール』を観てきました。
湖の底にいるような、シーンとした、透き通った、ほのかに光の注ぐお芝居でした。
アメリカの中流家庭のダイニングキッチンとリビングが舞台です。中央におしゃれな階段があって、二階の子ども部屋が見えています。
登場するのは、幼い息子を交通事故で失くしたばかりの若い夫婦(宮澤エマと成河)、妻の母親(シルビア・グラブ)と妹(土井ケイト)、事故を起こした高校生(阿部顕嵐)の5人です。
彼らが抱えている悲しみは、それぞれ形も色合いも異なっており、お互いに掛け合う慰めの言葉は、誰の心にも届きません。
それでも、人は、毎日を生きていかねばなりません。
料理をしたり、洗濯物をたたんだり、買い物にも行きます。
少しずつ、少しずつ、時間が進みます。
それだけのお芝居なんです。
劇的なことは、何も起こりません。
日常に交わされる会話、ちょっとした口喧嘩、突然の沈黙、それらが積み重なって、ある日、少しだけ変化が訪れます。冬の終わりごろ、つぼみのふくらみに気づくように…。
やさしい明かりのなか、夫婦は手をつなぎます。
それだけ……。もう、泣きましたよーーー
喪失による悲しみは、いつまでも消えない、と母親が語ります。
最初は押し潰されそうだったのが、少しだけ持ち上げて、その隙間から出られるようになり、だんだん小さくなって、ポケットに入れて持ち歩けるくらいになる。
ときには、忘れてることもある。
でもね、好きという感情ではないのだけれど、ポケットに手を入れて、自分から触れてみることもあるのよ…。