前回、バックパッカー関連の記事を投稿したついでに、旅人ネタの小咄を再録させて頂きます。
※
ここにおりました一人の男、アジアのあちこちを旅している内にインドに住みとうなって、小さな日本食レストランを開いたという日本人でございます。知り合いのインド人に名義を借りて、ビザの関係で日本とインドを往復する結構な暮らしなんですが、どういうわけかやってまいります客にややこしい奴が多い。大体がバックパッカーの中にはどんだけ長いこと旅してるかとか、少ない荷物や所持金で旅してるかとか、つまらんことを自慢するやからが多いんやそうですが、近頃はまあ、昔のことを思たらごく普通の若者がアジアを旅するようになってまいりました、それでもまだまだこの世界にはくせもんが多いようでして。
客A「こんにちは」
店主「いらっしゃい、何しましょ?」
客A「うん、ちょっとメニュー見せてんか。うん、わしも長いこと旅してるやろ。自分から日本人らしさ、いうもんがどんどん消えて行くねんなあ、これが」
店主「長いって、どれくらい旅行してはるんですか?」
客A「旅行やないねんなあ、これが。旅やねん。わしはツーリストやのうて、トラベラーやねんから、一緒にせんとってほしいねんなあ、これが」
店主「へえへえ、ほんでお宅はどれくらい旅してはるんですか?」
客A「かれこれ3ヶ月になるかなあ、中国からチベットからみな越えて来たやろ? 陸路でチベットからネパールへ抜けた時いうたら、そらもう…」
店主「なんや、たったの3ヶ月かいな、もう我慢でけへん、お客さん、そんなしょうもない話どうでもええさかい、はよメニュー選んどくなはれ!」
客A「こら、客に向かって何ちゅう言い種や、それでもあんた日本人か!」
店主「なんや、話に一貫性がないやっちゃで、出て行け、どあほ! 塩撒いたろ、塩。あれ、また誰か来たで。今度の日本人は自転車に乗って来たで」
客B「こんにちは、ぼく、コルカタから自転車で来たんで今日泊めてくださいね」
店主「何です? ここは食堂で宿泊設備はおまへんねん」
客B「しゃあけど、ぼく、自転車なんですよ」
店主「いや、自転車やろうがスケボーやろうが、泊まられへんもんはしょうがおまへん」
客B「あかんねんなあ、日本人は。ぜったい日本人的感覚、捨てられへんねんなあ。タイの商社マンとかもみんなそうやったからなあ。インド人は自転車で巡ってるいうたら、どこでもめちゃめちゃ親切やったのになあ」
店主「こいつも塩撒いた方が良さそうやな。出て行け出て行け。人のお情けに頼らな旅でけへんねんやったら、自転車でアジア旅行なんかすなっちゅうねん」
客C「すんません、開いてますか?」
店主「あれ、ちょっとまともな奴が来たかいな。はい、いらっしゃい」
客C「このカツとじ定食ください。へえ、チキンカツの卵とじですか。焼きシイタケが添えたある。コルカタの中華街で干しシイタケが売ってますのん? おいしいなあ。おいしいけど、今日はもうここを出ていかなあかんねんなあ」
店主「出ていかなあかんって、あんた、一体どないしはったんですか?」
客C「いやね、そこに仏教のお寺があるでしょ? 私、境内で煙草吸うてたインド人に、こんなとこで煙草吸うなって、下手な英語で注意したんですわ。そしたらその男、ここはわしのおやじが毎日掃除しとる、わしらの国のことを日本人がえらそうに言うなって言い返して来たんです。野次馬はいっぱい来るし、怖なってここまで来たんです。でもね、その中でインド人の乞食のおじさんがね、私の顔見て何とも言えんやさしい顔で笑ったんです。きっとお前は正しい、わしはわかってるって言ってくれたと思うとそれだけが救いで…」
店主「いやあ、たぶん馬鹿にされてただけで…あ、あかん、この人、目に涙ためてはる…しゃあから境内で煙草吸うのがええか悪いかよりも、あんたが自分の行動を思い出して、格好よかったなって思えるか、格好悪かったなって何べん思い出してもイィーってなるか、いうだけのことで…」
客C「そうなんですよね。それなんですよね。あの乞食のおじさん、それが言いたかったんですよね。それがわかっただけでもインドに来た甲斐がありましたよね。おつりはいりません。ありがとうございました。さよなら」
店主「あーあ、行ってまいよった。いっこもわかっとらんようやな。あれ、あそこ通るのん、日本のお坊さんやな、お坊さん、どうぞお茶でも」
坊主「いやあ、お宅も大変ですな、いや、のどは渇いてませんので、どうも、おおきに」
店主「いや、お代はいりません、まあどうぞ、あ、それともお宅もインドに来たら日本食は絶対食わんというバックパッカーの奴らみたいに…」
坊主「いやいや、遣唐使 後は茶漬けを 恋しがり、いう川柳があるぐらいでっさかい、日本の食べもんが日本人の口に合うのは当然ですわ。ふうー、おいしいお茶で。ほな、私はこれで」
店主「あ、ちょっと待っとくなはれ。いや、お坊さんやからええ人ばっかりやないのはわかってます。団体でも個人でも日本の坊さんはやっぱり日本人でんな。こないだもここに日本の坊主が短パンにTシャツで訪ねて来て、ああ君はぼくがこんな格好やから坊さんやと信じられへんのやな、って言うから、そんな格好してるのが日本の坊主やという何よりの証拠やって言うたったら、その坊さん、筆ペンで紙にくるっと丸描いて、これを壁に貼っとき、君にもいつかわかるやろって言うて帰りましたが、どないですやろ?」
坊主「ああ、これですか、わしはまた子供の落書きかと思った。そうですな、禅坊主 無ゥーと言うては 丸を書き、いう川柳があるぐらいで、丸なら字が下手な坊主でも描けますさかいに、まあ、その前の子ヤギに食わしてやりなはれ、ちょっとはその紙も世の中のお役に立ちますやろ」
店主「そうでっか、あ、ほんまにむしゃむしゃとよう食いよる。何や晴れ晴れしてきたな。いやね、私も元はバックパッカーやから皆の気持ちはわかるんですが、日本人にしろ、外国人にしろ、ええ人はええ人やし、悪い人は悪い人やと思いつつも、つくづく日本人はぱっとせん民族やなあと…あ、もう行くんでっか、お代はよろしい言うのに、ああ、行ってしまわはった」
このお坊さん、店主から見えん物陰まで来たと思ったら途端にため息ついて、
坊主「ふうー、やれやれ、今日は日本人に話しかけられたん、これで3人目や。ほんに日本人いうのは、うるそうてかなん」
※2007年11月1日投稿分の再録です。
※「旅行人」2006年春号に掲載して頂いた「バックパッカーのためのアジアお坊さん入門」を大幅加筆し、2019年に全面的にリニューアルした「ホームページ アジアのお坊さん 本編」も是非ご覧ください。