幻獣マカラと鯱(しゃちほこ)の話 | アジアのお坊さん 番外編

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旅とアジアと仏教の三題噺

       ※「インド神話伝説辞典」(東京堂出版)より

 

海洋生物界の頂点に立つシャチの生態についての番組を、最近のテレビで放映していたそうだ。海に住む哺乳類のシャチと天守閣などの装飾で有名な鯱(シャチホコ)は、同じシャチでも形状がずいぶん違うけれど、鯱(シャチ)というのは本来、インドの幻獣マカラを基とする想像上の生き物であり、実在生物のオルカ(killer whale)の訳語として、「シャチ」という言葉が東洋で当てはめられたという訳だ。

 

こういう例は他にも多く、ライオンには「獅子」という訳語が、ジラフには「麒麟」という文字が当てられたが、実際にライオンを見たことのない人がライオンのことを初めて見たり聞いたりしたら、唐獅子を連想してもおかしくないし、ジラフは麒麟、コモドドラゴンは龍、犀は一角獣が実体化したように感じられたことだろうと思う。地理学や博物学が正確でなかった頃に成立した中国の「山海経」に見える生き物や人種が、遠い異国に実在した何らかの文物や存在に基づいて記述されていたのだとしたら、とても楽しい。

 

日本に目を向けると、平家物語に見える鵺(ぬえ)も異国の珍獣だったかも知れず、鵺が退治された後に疫病が流行ったというのも、熱帯の生き物が伝染病に罹っていたことがその理由かも知れない(鵺については荻野慎諧氏が「古生物学者、妖怪を掘る」(NHK出版新書)の中で、レッサーパンダ説を提出しておられる)。

 

人魚の正体をジュゴンとする説があるが、人魚には人面魚型と西洋お伽噺ふうのマーメイド型との2種類があって、「山海経」には両方の種類が見えているけれど、ジュゴンやマナティーに比定されるのは人面魚型の方だ。日本の八百比丘尼伝説に見える人魚の肉は美味だったと伝えられているが、現に海牛類の肉は大変、美味しいらしい。

 

魚類には年を経て巨大化するものがあり、日本を始め、世界中で時折、巨大魚捕獲のニュースが伝えられているから、日本の昔話や伝説にしばしば出て来る、川や沼に住む「ヌシ」もまた、実在の存在だったに違いないと私は思う。

 

 

※改めてマカラのこと

 

インド神話に出てくる海獣マカラは、仏典などに摩竭魚(まかつぎょ)と音写され、日本の寺院の彫り物などにも使われている。

マカラはインドのガンガー女神の乗り物とされ、ワニ、サメ、イルカなどの姿を取るというが、インドの絵図などにはワニそのもの、或いはイルカやジュゴンそのものとして描かれている場合もある。

「インド神話伝説辞典」(東京堂出版)の挿し絵にあるように架空の怪獣として認識されていたマカラだが、結局、その正体はワニなのではなかろうか

マカラはインドから東南アジア、日本などの宗教美術や宗教建築にもたくさん登場するが、立川武蔵氏は「聖なる幻獣」(集英社ビジュアル新書)の第2章でマカラとシャチホコの関係についても触れておられる。

 

ちなみに観音経(法華経観世音菩薩品)の中に「龍魚諸鬼難」という言葉が出てくるが、「龍魚」のサンスクリット原語は蛇神ナーガと海獣マカラのことだから、実は大乗仏教徒にとってもマカラはお馴染みの幻獣だ。

 

         

 

                     おしまい。

 

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