絶品にして神品たる珠玉の短編ミステリ | アジアのお坊さん 番外編

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アガサ・クリスティーの「火曜クラブ」を改めて読み直してみたら、思っていた以上に心に染みる面白さだ。宮部みゆき氏が創元推理文庫のアンケートで、「火曜クラブ(創元推理文庫版なので「ミス・マープルと13の謎」表記)とチェスタトンの「ブラウン神父の童心」の二つの短編集を、自身の創元推理文庫ベスト5作品の中に挙げておられるが、正にこの2作はミステリ史上、比類のない珠玉の短編集だ。

 

ドイルの「シャーロック・ホームズの冒険」も「赤毛連盟」「唇のねじれた男」「まだらの紐」といった錚々たる作品を含む短編集だと仰る方もあるだろうけれど、私は子供の頃からホームズ譚が好きになれず、「ホームズの冒険」に「珠玉の」とは冠したくない気分だ。

 

むしろ、ルブランの「怪盗紳士リュパン」の方が、1作1作に趣向が凝らされていて大好きだ。創元の石川湧訳が、その訳された時代にも関わらず、私には読みやすくて心地よい。同様に「火曜クラブ」もハヤカワの中村妙子訳が、「ブラウン神父の童心」も創元の中村保男訳が、原作の筆致を彷彿させて好ましい。

 

ちなみにブラウン神父シリーズ全5作に含まれない未収録作品として「ドニントン事件」と「ミダスの仮面」があり、前者の邦訳は「ブラウン神父最後の事件」と銘打たれているのだが、これはおかしいと思う。編集の新保博久氏が解説に、これこれの理由で「最後の事件」と銘打ったことは間違いとは言えなかろうと書かれているのだが、新保氏は例えば講談社文芸文庫の「明智小五郎全集」の解説にも、これこれの理由で「短編集」ではなく「全集」と銘打ったが羊頭狗肉とは言えなかろうなどと書いておられる。日本ミステリ界であなたに文句を言う人はいないだろうけれど、ちょっと強引なのではないかいな?

 

それはともかく、「火曜クラブ」と「ブラウン神父の童心」双方の、文章や筋のちょっとした運びの心にくさは絶品だ。哲学と逆説に満ちたチェスタトン作品と、ごく普通日常の世間を描いて追随を許さないクリスティーという一見真逆の二人の世界に私がいつも共通点を覚えるのは、人間性や社会に対する独自の観察を、底辺にしっかりとにじませて物語を紡ぐからだと思う。

 

クリスティーの全作品を論じた「アガサクリスティー完全攻略」の著者のご意見は、いつも私の思いと違うのだけれど、「攻略」の著者が言うような、「火曜クラブ」の各短編の毎度同じような単調な展開こそが、むしろ繰り返しの心地よさであり、今度はこう来たかというじわじわした喜びが心に沸き起こって来る、その部分こそがこの短編集の醍醐味であって、以前にはそれほど印象に残らなかった「聖ペテロの指の痕」や「青いゼラニュウム」までもが今回読んでみたら、とても素晴らしく、きっと私は「火曜クラブ」と「ブラウン神父の童心」を、死ぬまでにまだまだ何度も読み直すことだろう。

 

 

※ 拙ブログ 「ブラウン神父の本当の秘密」

 

※ 拙ブログ 「アガサクリスティー 五匹の子豚」

※ 拙ブログ 「アガサクリスティー 複数の時計」

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