「宝塚映画祭」に関する切り抜きが私の手元にいくつかあって、その内の2005年付のものに「幻のキネマ再発見!」というタイトルで、「黄金の弾丸」他2本が上映されることが記されている。
「黄金の弾丸」は東亜キネマ甲陽園撮影所制作の無声映画で、神戸や阪神間の街並みを探偵や怪盗が駆け抜ける探偵映画だとのことなのだが、私はこの記事を読んだ時、これは稲垣足穂の「弥勒」の冒頭に出て来る「真鍮の砲弾」という映画と同じものだと思い込んでいた。
ひと月くらい前に、たまたまこの切り抜きを見直していた時に、あれ? ちょっとおかしいなと思って、足穂の本を読み直してみたが、今一つよく分からなくて、書店や図書館で四方田犬彦氏の「日本映画100年史」(集英社新書)「署名はカリガリ」(新潮社)、西川昭幸氏の「日本映画一〇〇年史 明治・大正・昭和編」(ごま書房新社)といった、日本の古い映画に関する本を調べたけれど、「黄金の弾丸」のことがどこにも載っておらず、仕方なく、手当たり次第に日本映画や古い探偵映画に関する本を調べ続ける羽目と相成った。
ちなみに自分の手持ちの本の中では、先の稲垣足穂に関しては新潮文庫版「一千一秒物語」の中の「弥勒」に「真鍮の砲弾」と「カリガリ博士」、「天体嗜好症」に「月世界旅行」についての記述がある。
中公文庫「潤一郎ラビリンスⅪ 銀幕の彼方」は、谷崎潤一郎の映画に関する短編小説や随筆を集めた巻で、映画テーマにした有名な小説「人面疽」や映画評「カリガリ博士を見る」も含まれている。なお、上記の「署名はカリガリ」の中で四方田犬彦氏は、谷崎の「人面疽」について一章を割いておられる。
光文社文庫版の江戸川乱歩全集の内、「悪人志願」という随筆集には映画に関する記載が多い。表題の「悪人志願」には、「ジゴマ」「ファントマ」「プロテア」といった乱歩の小説でもよく言及される探偵映画の他、「カリガリ博士」についての記述もある。その他の随筆の中には戦後、ヒッチコックが来日した時の歓迎会の模様などが記されている。それにしても、谷崎、乱歩、足穂といった錚々たる顔ぶれが絶賛する「カリガリ博士」ではあるが、やはり「署名はカリガリ」の中で四方田氏が、この映画についての論考を加えておられる。
ちなみに四方田氏は衣笠貞之助監督の「狂った一頁」についても論じておられるが、乱歩の「探偵小説四十年」には「狂った一頁」の衣笠監督が、次回作として乱歩の「踊る一寸法師」を映画化する話があったが、それが頓挫したので残念だという旨の記述がある。
好事家にして博覧強記の現代作家である芦辺拓氏の創元推理文庫版「明智小五郎対金田一耕助」には「探偵映画の夜」という短編が収められているが、こちらについては貴重な情報が多すぎるので、是非全文を参照して頂ければと思う。
さて肝心の「黄金の弾丸」については上に挙げた資料のどこにも記述がなく、唯一、手元にあった「大阪人 通巻56号 大阪映画伝説」(2002年6月号)に、大阪のプラネット映画資料図書館が所蔵している資料の一つとして、「黄金の弾丸」の名前が書いてあった。これが先の新聞記事以外に私が見た唯一の「黄金の弾丸」に関する記述で、インターネットでこの映画のことを検索しても、ごく僅かしか情報が出て来ない(監督である印南弘についてのwikipediaはあるが、「黄金の弾丸」に関する情報はごく僅かだ)。
「真鍮の砲弾」をインターネットで検索すると、大正ロマン的探偵映画風の作品を監督されることの多い林海象氏が映画化した、足穂の「弥勒」の事しか出て来ない。そこで原作の「弥勒」に出て来る「The Brass Bullet」という英語タイトルで検索するとこの映画のことがいくつか出て来て、こちらは1918年のアメリカ映画であることが分かったので、ようやくこの「真鍮の砲弾」と、1927年製作の日本映画である「黄金の弾丸」は、別の映画であることが分かった。
私の手元の切り抜きの中には、大阪で初の映画興行を手掛けた稲畑勝太郎がリュミエール兄弟に送った手紙が発見されたという最近の記事(2019年2月1日付読売新聞)もあるのだが、今回、日本映画草創期に関する本を色々見ていたら、どの本にも稲畑の名前は必ず出て来たし、こうした調べ物をし始めてから、先日、京マチ子が亡くなって、衣笠貞之助監督の名前を新聞紙面で何度も目にしたりしたのも何かの縁で、この度は日本映画について随分と勉強させて頂きました。
おしまい。