故郷の家の近くに峠があって、狼にまつわる昔話があったので、私も10代の頃、こんなお伽噺を考えた。
…故郷を出て、偉いお坊さんになった私は、諸国行脚の最中に、この狼峠にたどり着いた。その時、故郷に何十年も変わらず住まう、私の昔の級友たちが私の姿を認め、なんだ、お前は誰それじゃないか、どうした、その悟りすました顔つきは、お前なんて昔はあんな風でこんな風でと囃し立てる。その途端、いくばくかの修行を積んで、どうにか培ってきた私の心の平安はたちまちに崩れ、私の身体はみるみる内に狼と化し、悲しい雄叫びを上げて、峠の奥に駆け込んでしまう。
…確か、そんな物語だった、10代の頃に考えたのは。まさか思いもしなかった、あれから長い年月がたち、私が本当にお坊さんになって、この狼峠を通ることになろうとは。偉いお坊さんになどなってはいないが、なにがしかの心の平安は得て、もはや私の身体が狼になることもあるまい。
そう思った瞬間だった。峠の上から級友たちが坂道を降りてきた。その彼らが私の顔を認めて口々に囃し立てる。その途端、いくばくかの修行を経て得た、なにがしかの私の心の均衡はたちまちの内に…いや、その心の均衡は崩れない。もう、私の心は揺るがない。私は真っ直ぐに前を見据え、一歩一歩着実に、狼峠の坂を登るのだ。
おしまい。
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