ネパールで座布団を踏んだ話 | アジアのお坊さん 番外編

アジアのお坊さん 番外編

旅とアジアと仏教の三題噺

 皆さんは座布団の向きって、気にされますか?
 
 私はお寺に入った時に、座布団については厳しく叩き込まれまして、ええ、もちろん、生まれ育った家は一般在家なものですから、そんなこと、気にしたこともなかったのですが、お寺では、縫い付けてある座布団の向きはこう、カバー入りならこう、そして重ねて積み上げる時も同じ向きで、それから座布団を踏み付けるなんてもっての外だと、うるさく躾けられました。
 
 そう思って見ていると、知っていなければならないはずの職種の方が、平気で座布団を踏んでいたり、他宗のお坊さま方を接待した後に、部屋を片付けようとすると、気さくでざっくばらんそうだったお坊さま方が、座布団の向きはやはりぴっちり揃えて重ねて帰られていて、さすがだなあと思ったりと、いろいろ気づくことがありました。
 
 さて、インドの帰りにネパールに寄った時のこと、パタンという町のゴールデン・テンプルという大きなお寺で、若いリンポチェ(チベット仏教の転生者)を招いての法要に、偶然出くわしました。
 
 異国の僧侶に興味を示した若いリンポチェの意向で、急遽、法要に随喜させて頂くことになりましたが、法要の参列者たちの、こいつ誰やねん的な、不審な眼差しが、無きにしも非ずなのは否めませんでした。
 
 その後のお斎(おとき・食事供養)にも預かりましたが、好奇心と共に熱心に私に語りかけて来るリンポチェをよそに、信者総代的なネパール人のおじさんが、なんでこの偉大な方を招いてのハレの日に、見ず知らずの風来坊を同列に扱わねばならんのかと、言わんばかりの応対でした。
 
 はい、その時です、私が通りがてらにリンポチェの席の座布団を踏んでしまったのは。ああ、ああ、やってくれたね、だから言わんこっちゃないとばかり、これ見よがしにおじさんは、その座布団をはたいて形を整え直しました。
 
 で、お約束の、一切の後悔は不要、その時、自分には、それだけの機縁しか熟していなかったのだから、という訳なのですが、でもこの件に関して言えば、日本のお寺でそれまでに、十分に座布団に関する躾けも受けていたのに、やっぱり慣れない状況で緊張して気づきを見失っていたのでしょうから、後悔はしなくてもいいけれど、反省して、今後の糧にはしなければいけません。そんな所で座布団を踏み付けたら、信心深いおじさんに嫌がられるのは当然ですね。
 
 今、日本で座布団を揃える時には、いつでもあのネパールのお寺を思い浮かべるのですから、やっぱりあの出来事は、私にとっての、良き縁ではあったのでしょうか。
                                                      おしまい。
 
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