あるお寺での話です。そのお寺では、落し物を見つけたら日付をメモして一定期間、保管する決まりになっていたのですが、ある時、一人の人が、財布や車のカギは別としても、ハンカチだとか小物の落し物なんて、誰かが取りに来たためしがないんだから、すぐに処分してもいいんじゃないですかと言い出しました。
上方落語に「千両みかん」という噺があります。ある大店の若旦那が真夏にみかんが食べたいと言って、悩んだ挙げ句、病いになりました。冷蔵庫のない時代の噺です。
番頭さんがみかんを求めて天満の問屋に行くと、一軒だけ蔵の中に冬の間に大量のみかんを囲っているお店がありました。
万に一つ、無事なみかんがあって、こうして真夏に求めてくるお客さんが喜んでくれればと、大量のみかんを、無駄を承知で囲うところが、商人の心意気です。
めったにちっぽけな落し物を取りに来る人は、いまどき少ないかも知れません。けれど、万に一つ、ああ、失くし物が見つかって良かったと言って、取りに戻って来る人があるかも知れないということを、私たちは忘れないようにしたいものです。