子どもの頃、奇術師になりたいと思っていて、中学生になった時、思い切ってお年玉で奇術の百科全書、「ターベル・コース・イン・マジック」全7巻の内の第1巻を購入した。当時の価格が第1巻だけで5500円、大人にすら、ずいぶん高い本を買うんだねと驚かれたものだ。
ところが第1巻の第1章は奇術の歴史から始まり、読んでも読んでもなかなか手品の種明かしや演じ方にたどり着かない。歴史と言っても、カップと玉やインドのロープ魔術といった、面白おかしい読み物ではなく、旧約聖書における魔術の例だとか、ゾロアスター教の「マギ」が「マジック」の語源で、イエス・キリスト生誕時にベツレヘムの星を追って来た「東方の三賢人」とは、この「マギ」のことだなどということが、何ページにも渡って書いてある。
先日、この本を見直してみたら、奇術の歴史を述べた第1章も含めて、幼い頃の私がアンダーラインを引いた跡がそこかしこにあって、我ながらちょっと愛おしくなった。
1926年の発刊当初は手品の通信講座として出版されたこの本を、アフリカやバリ島の呪術師までが注文したと序文にあるが、当時の私はその後、自分がタイでお坊さんの修行をして、黄色い衣を着たままバリ島を巡礼することになるなんて、思いもしていない。
或いはお坊さんになってインドに渡り、パーシーと呼ばれるゾロアスター教徒たちを目の当たりにすることになるなんていうことも、もちろん想像だにしていない。
ただ、聖書って何だろう、ゾロアスター教って何だろうなどと思いながらこの本を読んだことが、後年、宗教に興味を持つ、遠い要因になっていなくもないとは思う。