修行のためにタイへ向かった時、最初は日本のお坊さんのねずみ色の作務衣に雪駄と足袋を履いて出かけたが、現地で上座部僧として得度した後は、黄色い衣に着替え、足元はサンダル履きになった。
上座部(テラワーダ)僧には、雪駄のような正式な履物はなく、「如法に」、即ち正式な作法となると、足元は裸足だ。托鉢時のみ、足は裸足と決まっているお寺があったりと色々だが、普段はそこらへんで売っている、普通のビーチサンダルを履くのが一般的。
日本に帰る時、それは2月の寒い時だったのだが、私は日本の作務衣に着替え、足は裸足にサンダルといういでたちで帰った。
インドのブッダガヤにある日本寺へは、大乗仏教僧として赴任したので、正式な場では日本の衣を着けていたが、普段は現地で作った黄色い作務衣で過ごした。インドに赴任して日本の宗派の衣体を無視して、勝手にテラワーダの衣を着けたりする日本のお坊さんがいるが、それは重大な戒律違反だから、私は黄色い生地で、日本の作務衣と同じ形の物を作って着ていた。
さて、日本に帰る時、その黄色い作務衣を着て、足は裸足にチャッパル(インドの革サンダル)、荷物は小さいリュック一つという格好で飛行機に乗ったら、日本の空港のイミグレを通った後に税関で手荷物を長々と開けられ、あちらではいろんなおクスリも簡単に手に入るんでしょうねえ、お坊さんですか? ご修行? 大変ですね? どうぞ、じゃあ、行って下さい、あれあれ、お坊さん、パスポート、パスポート、忘れてますよ、持ってって下さいよ、と渡された。
実はこのパスポートをわざと渡さずに、後から呼び止めるという手を、私は他の空港でもインドから同じようないでたちで帰って来た時に喰らっている。単なる私の思い過ごしなのか、税関の意地悪マニュアルなのかは知らないが、同じ手に何度も引っかかる私の方が間抜けなのであって、今度同じことをされたなら、「行って下さいったって、キミ、パスポートを返してくれなきゃ行けないじゃないの、いつもこの手だねえ、キミらは」とでも言ってみたいなと思ってるのだけれど、残念ながら、その後、同じ目に会ったことはない。
他の方の旅ブログに、不必要に荷物を少なくしない、身なりを整える、団体旅行だと申告する、家族で税関を通る、などの方法で、税関で引き止められることがなくなったと書いてあったが、まったくその通りで、その後、自分がきちんとした身なりをしていたら、荷物をを開けられるどころか、有難うございましたとまで言われることに驚いたものだ。わざわざ怪しまれることが分かっていて、インド帰りの自称貧乏旅行者のように変に意気込んで、少ない荷物や汚い格好で飛行機に乗る必要はない。
何年も日本に帰っていないのに、少ない荷物と汚い格好で帰って来たら、怪しまれて当然。ましてや、真冬に裸足でサンダル履きなんて、我ながらもう、もってのほか。